2012年の日本ダービーを制したディープブリランテがけい養先の北海道新冠郡のパカパカファームで病気のため、天国へ旅立ったことが10月23日までに分かった。17歳だった。

 同馬は2011年10月にデビューV後、東京スポーツ杯2歳Sを連勝。その後は惜敗が続いたが、翌春のダービーでは鼻差の接戦を制し、ダービー馬に輝いた。矢作調教師、鞍上の岩田康誠騎手にとって、ともにダービー初制覇だった。その後は英国へ遠征し、「キングジョージ」に出走するも8着。帰国後に右前脚の屈けん炎が判明し、3歳10月に引退を余儀なくされた。種牡馬となってからは今年のしらさぎSなど重賞3勝を挙げるエルトンバローズなどを出した。2023年限りで種牡馬を引退した後は生まれ故郷のパカパカファームで余生を送っていた。

 矢作調教師は亡くなる前日に、偶然にも北海道のパカパカファームを訪れていたという。会うことはできなかったが、「虫の知らせだったのかな」と口にする。「やっぱり、俺を男にしてくれた馬だからね。キングジョージも体験させてくれた。ちょっと早いですよね。

本当に残念。感謝しかありません」とダービートレーナーへ導いてくれた愛馬をいたみ、肩を落としていた。

 電話取材に応じたパカパカファームは「亡くなったと聞いた時は10年以上も前になる日本ダービーで、ディープブリランテが交わした瞬間の光景や興奮が鮮明によみがえってきました。悲しく、ショックな気持ちはありますが、牧場としてディープブリランテのような新しいスターを出さないと、という思いがより強くなりました」とコメントした。

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