女優・山村紅葉(65)は今年、特に忙しい。6月には小説「祇園の秘密 血のすり替え」(双葉社)で作家デビュー。

11月3日からは京都・南座公演「三婆」(有吉佐和子原作)で新境地の役に臨む。演技だけでなく文才、トーク力でも注目を集める。「日本ミステリー界の女王」といわれた山村美紗さん(96年没、享年65)を母に持ち、どんな子供時代を送ったのか。女優を始めた時、「親のコネ」の指摘におびえていたのが、今では「コネがいとおしい」と思えるまでに変わったという。(内野 小百美)

 目の覚めるようなピンクのいでたち。「三婆」で演じる役をイメージしたそう。衣装を人任せでなく「これは全て自前。既製品ですけど、それをアレンジして襟を寄せたりしました。帽子は別で見つけました」。ハキハキした口調で説明する。少し高音のかわいらしい声の持ち主だ。

 その人の親子関係を知ることで違う素顔が見えることがある。

母親は「日本のアガサ・クリスティー」ともいわれた。紅葉は、幼稚園の頃の母との思い出を懐かしむ。「私が『お姫さまが寝ているベッドが欲しい』と言えば天井からレースのカーテンを付けて天蓋付きのものを作ってくれて。『滑り台が欲しい』と言えばタンスに板を渡した手づくりの滑り台が幼稚園から帰るとできていたり」。しかし、小学校に入ると母は執筆で忙しくなっていく。机に向かって没頭して書く姿を日常の光景として見て育った。

 京都教育大付属の小・中・高から早大政経へ。成績は良かった。「付属でものんびりした空気はなく、熾烈(しれつ)で。親がお医者さん、教授、経営者が多く。勉強するのは当たり前。私も子供の時は学者になりたい、と思ってました。

パズルやクイズを解く感覚で勉強をしてましたね」。実は東大を落ちている。「それがやっぱり、めちゃショックで。いまだに私のトラウマなんです」と正直だ。

 両親ともに元教師。一度も「勉強しろ」と言われたことはない。しかも、「朝5時まで勉強していたら、ブレーカーを落とされたんですよ。母は『そんな、体壊してまで大学に行くことない』と。その時は、ええっー!? どういうこと!?でしたけどね」

 進路で重要な高3の三者面談にも親は来なかった。「母は、娘が人間として何か、してはいけないことをしたら、伺います。でも大学に受かろうと落ちようと本人に任せてますから。本人と話してください、という考えでした」。

驚くようなエピソードだが、筋は通っている。

 自分のことなのに理解できないことがあるという。「皆さん、びっくりされますが、昔はすごくおとなしかった。指名されれば答えるけれど、自ら発言は一切しない。必要なことしか話さない子でした」。母は小学校の先生に尋ねる。「どうしてでしょう。私はこんなにしゃべるのに」と。しかし、その先生から返ってきたのは「お母さんがしゃべり過ぎるから、話す隙間がないんですよ」という言葉だった。

 それが今、別人のようだ。「しょっちゅう同窓会するんですけど友達にも『一体どこで変わったの?』と言われます。『今はいらないことばっかりしゃべってるね』とつっこまれたり。

私も一体どこでこんなに変わったのか不思議なんです」

 女優業を本格化させる過程での恩人に大村崑(94)を挙げる。美紗さん原作の「赤い霊柩(れいきゅう)車シリーズ」での共演でおなじみだ。大村に言われた。「『個性が大事。喜劇をやりなさい』と。『あんたはしゃべってたら面白いし、目も鼻も口も大きい。声もでかい。喜劇に向いてる』『笑わせるのは一番難しい。でも笑わせられたら、泣かせることも、普通の芝居もできる』と。この言葉を信じてやってきました」

 芸能の仕事を始めて約45年の年月。「撮影のために崖から崖に移動するような時期もありましたね」とサスペンスドラマを回想するように、500本以上の2時間ドラマに出演してきた。

 今でこそ感慨深げに話せる。

しかし、最初は大物作家の母親の縁故、コネで使ってもらっている、という偏見に苦しんだ。まだ一人部屋の楽屋を用意してもらえなかった頃。

 「楽屋の前に着くと中から『こね、こね、こね…』と他の女優さんたちの話し声が聞こえて。浴衣に着替えたいのに絶対、私の話してるんだと思って。入るのもバツが悪いし。どうしよう、と困って待っていたら、子猫が生まれた話だったんですよ。それくらい、当時はちょっとノイローゼ気味になってましたね」

 今年は特別な年だ。母が旅立った年齢(65歳)で作家デビューを果たした。さらに知らない自分を感じたという。「出版社の人からもお母さん似で書くのが早いですね、と言われて。母はインク交換の時間も惜しんでマジックで書いていた。私は消せるボールペンの一番太いので書き殴っていく感じでしたね」

 表現したいことを文字でつづる経験は、雲間から光が差し込むようでもあった。

「私はやっぱり本当に母の子供だったんだということ」。なぜ当たり前のことを言っているのか一瞬、意味が分からなかった。「ずーっと、本当にちょっと疑ってたんです。昔は変な冗談が関西ではやってて。母は私を鴨川で拾ってきたとか、メコン川、最後はインダス川で拾ってきたとか言い出して。父親まで『拾ってきた時はかわいかったんやけどなぁ~』と乗って話す始末でしたから」

 しかし美紗さんは晩年、周囲に漏らしていた。「あの子は私のコネで女優をしている。娘のために作品をたくさん書き残しておかなければ」と。「今はもう完全に吹っ切れて、すっきりしています。コネという言葉がたまらなく、いとおしく思えるくらいに…」。紅葉の季節。「山村紅葉」も美しく鮮やかに色合いを深めていく。

11月は「大好きな」南座で「三婆」出演

 ○…出演する舞台「三婆」(11月25日まで)は、ある金融会社社長が亡くなったことから物語は展開。本妻(高橋惠子)、社長の妹(紅葉)、愛人(川中美幸)がバトル状態の険悪ムードからどう変化していくかが見どころ。紅葉は「南座は京都出身なので小さい時からよくお芝居を見に来た大好きな劇場」といい、「共演の高橋さん、川中さんはともに大スター。最初は緊張しましたが、気さくで楽しい方々。劇中で大げんかできそう。ワクワクしている」と意気込んでいる。

「祇園の秘密―」映像化は「妥協したくない」

 ○…27日に66歳になる。近い将来、実現させたいこととして「祇園の秘密 血のすり替え」の映像、舞台化を挙げた。「結構、登場人物が多く、時系列的に3世代にわたっている。コンパクトにするのも難しいし、配役も欲張ると予算も大変だし」と冷静。「でもせっかく書きましたので。せかされて妥協したりしたくない。この小説を大事に育てたい。70歳くらいまでにできれば」とプランを描いている。

リアル「マルサの女」経年 宮本信子に感謝

 ○…紅葉が国税局勤務時代に「マルサ」をしていたのは有名な話。宮本信子主演の映画「マルサの女」(87年、伊丹十三監督)でこの世界が注目される前のこと。「宮本さんとは同じ事務所なので、この仕事が日の目を見て良かった、という話をしました」と懐かしげ。26歳時に専業主婦に憧れ、退職。しかし、家庭に入って自分を見つめ直し、「本当にやりたいこと」を自問自答するうち、女優復帰。演技で表現する世界に魅了されていった。

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