TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。
1月5日(土)、2019年最初のゲストコーナー「今週のスポットライト」では、「変形菌」という不思議な生物をもう10年以上も研究している現役高校生・増井真那(ますい・まな)さんをお迎えしました。
変形菌はアメーバの仲間で、自在に形を変えて伸び縮みする単細胞生物です。「粘菌」(ねんきん)とも呼ばれていて、あの南方熊楠も研究しました。そんな生きものは初めて聞いたという方も多いと思いますが、世界で見つかっている変形菌(800~1000種)のうちおよそ半分(400~500種)が日本にいます。実は日本は変形菌大国なんですね。

増井くんの話しぶりからは「変形菌、大好き! たくさんの人に知ってほしい」という思いがあふれて伝わってきます。2017年11月に出版した『世界は変形菌でいっぱいだ』(朝日出版社)は、世間一般には名前が知られていない普通の高校生が書いた本にもかかわらず、自然科学分野では異例の売れ行きとなっています。近年は学会での研究発表に加え、講演、一般の人も対象とした観察会やワークショップ、大学との共同研究、出版サイン会など忙しく活動していいて、「一日中、変形菌を見ていられた昔が懐かしい!」と思っているそうです(まるで遠い過去を振り返るようなセリフですが、まだ17歳!)。

増井くんは2001年、東京都生まれ。都内の中高一貫校に通う17歳。5歳のときにテレビの「プラネットアース」(イギリスBBCの自然ドキュメンタリーシリーズ)でほんの数秒映った変形菌を見て、いっぺんに虜(とりこ)になりました。スライム状の見たこともない不思議な生き物がブワッブワッ!と波打つように広がっていくのです。すぐにお母さんと近所の公園に探しに出かけましたが、これがなかなか見つかりません。
それでもなかなかあきらめない5歳の増井くんに何度も何度もせがまれて困ったのがお父さんとお母さん。2人とも元々はインドア派で、当時は自然にはほとんど関心がなかったのです。そこでお母さんがインターネットで手掛かりを探し、「日本変形菌研究会」という集まりがあることを知ります。増井くんは研究会の観察会に参加するようになりました。

「増井くんの本の中で1行、見逃せない文章があって。両親が生きもの好きでなくてよかったって」(久米さん)
(『世界は変形菌でいっぱいだ』16ページ、「両親が生きものに詳しくなかったのはラッキーでした」)
「これは、両親が生きものを研究していなくて〝生きものファン〟ぐらいだと、専門的な知識がないままパパッと教えてくれちゃって、それでぼくも満足しちゃったかもしれないんです。そうすると今みたいに研究を続けていなかったかもしれない。両親が生きものに興味がなかったおかげですぐに変形菌研究会のプロの方々のところにぼくを連れて行ってくれて、本物の研究者たちから知識を教えてもらえました。そういう意味で、両親が生きもの好きでなくてよかったということなんです」(増井くん)
ここで改めて変形菌とはどういうものか、増井くんが小学5年生のときに自然科学観察コンクールの小学生部門で文部科学大臣賞を受賞した文章から引用して、ご紹介します。

〝「変形菌」とは動物でも植物でもなく、「菌」と言っても菌類でもない、アメーバ類の仲間だ。ねばねばで動き回る単細胞の「変形体」が、たくさんの「子実体」(しじつたい)に変身して、子実体から「胞子」(ほうし)を飛ばして増える。変形体にとって暮らしにくい環境になると、自分を守るために「菌核」(きんかく)という、固まって眠っている状態になる。変形菌は腐った木や枯れ葉にいることが多く、森や林だけでなく住宅地など、身の回りにもたくさん隠れている〟
(「変形菌の研究2008~2012年 変形体の『自分と他人』を見分ける力」より)

日本変形菌研究会のベテラン研究者たちから教えられているうちに、増井くんは自分でも変形菌を見つけることができるようになりました。増井くんは、変形菌は「不思議で、きれいで、かわいい」と言います。ほとんど動かないように見える変形菌も増井くんの目には、ペットの犬や猫のように元気に動き回っているように見えるそうです。
そして増井くんは6歳のときから野外で変形菌を採取して自宅で飼育し始めました。…と、何気なく書きましたが、実はこれが変形菌の研究ではすごく画期的なことなのです! というのもそれまで専門家の間では、変形菌は研究室の中で培養するものであって、野生種の変形菌(野外で採取したもの)を家で飼育することは無理だと言われていたのです。野生の変形菌がどういう湿度・温度を好むのか、容れものは何がいいのか、中に何を敷いたらいいのか、エサはどうすればいいのか、そういうことは増井くんが7歳で変形菌を飼い始めるまで、どの研究者・専門家も知らなかったそうです。おそるべし増井くん!

「あなたは、タッパーの中に湿ったペーパータオルを敷いて、オートミールをあげながら飼っている。最初は何匹ぐらいから…、何匹って言っていいの? 何頭?」(久米さん)
「匹でいいです。本当は1個体、2個体と数えるらしいんですけど、ぼくはもうずっと一緒に暮らしているしかわいいってこともあって、どうしても何匹って数えちゃいます」(増井くん)
増井くんは試行錯誤を重ねながら変形菌を飼う方法を確立していきました。

〝変形菌は「自分」と「他者」を見分けているのだろうか?〟

「最初、名前を付けていたんだって?」(久米さん)
「そうです。最初は名前を付けていたんですけど、彼らって我々人間とは違って元は1匹だったものが2匹に分かれたり、2匹になったものがまた1匹になったり、2匹が4匹になってそれがまた1匹になったりというようなことがものすごく容易にできる生きものなんです。名前って個人々々、個体々々に付ける名前ものなので、そういうものが変化している彼らに名前を付けるのはちょっと違うんじゃないかということで、今は名前はつけてないです」(増井くん)
「今の話が、小学3年生ぐらいのときからの研究テーマなんですよね」(久米さん)
「そうなんです」(増井くん)
「一緒になったり、ならなかったり。
「はい、そうです。変形菌にも『自己』と『非自己』、『自分』と『自分じゃないもの』があって、くっつく相手が誰かというのを見分けたりしている。変形菌の『自他』というものについて研究しています」(増井くん)
「単細胞なんだけど連中には『自分』というものがあると、あなたは思います?」(久米さん)
「はい。自分とか他人とか、くっつくとかくっつかないということに関しては、ぼくがやる以前に先行研究がされていて、遺伝的に異なるものとはくっつけない、遺伝的に合うものとだけくっつくと言われいるんですけど、実際にそれを変形菌たちがどうやって見分けているのかは分かっていなかったので、ぼくは変形菌の行動を観察して、改めて変形菌にはちゃんと『自分』というものがあるということを確認していったり、どういう動きでどういう相手とならくっつくのかということも確認してきました」(増井くん)
「変形菌は粘液鞘(ねんえきしょう)というねばねばした液を少し出しておいて、相手も出していて、粘液鞘が触れるか触れないかぐらいで、この『他者』は『自分』になれるということを認識している。…というのは、あなたが見つけ出したんですか?」(久米さん)
「そうなんです」(増井くん)

実はこれが今まで世界のどの研究者も知らなかったことで、増井くんの大発見なんです! 17歳にしてこの快挙。この研究は世界で最も権威のある学術誌のひとつ「Journal of Physics D: Applied Physics」(ジャーナル・オブ・フィジックス D:アプライド・フィジックス)」に認められ、2018年6月に論文が掲載されて研究者たちを驚かせました。変形菌にとって「自他」とは何か? すごく哲学的なテーマでもあります。

「そこがいちばん面白いんです。体から出している粘液には変形菌たちの自分の情報が詰まっていて、その粘液に相手が触れるとその中の情報を見て、その相手とはくっつけるのかとか、くっついたほうがいいのかということをじっくり考えて。その結果、お互い離れていったり、くっつこうとして近づいて行ったりというのが、観察できるんです」(増井くん)
「単細胞どうしが一緒になると、また単細胞になる。だから人間が結婚するのとは全然違って、同じものになるってことですよね」(久米さん)
「そうです。
増井くんの将来の大きな目標は「生物にとって『自分』とは何か」という謎を解き明かすことだそうです。
増井真那くんのご感想
元々話すのは好きなんですけど、面白い話をしてくださって楽しかったです。久米さんが変形菌のことをいろいろ知ってくださっていたのが嬉しかったです。それとぼくの研究テーマである「自己と非自己」にも興味を持って聞いてくださったこともすごく嬉しかったです。
久米さんとは話がすごく弾むので30分が一瞬のようでした。またじっくりお話ししたいなと思いました。ありがとうございました!
◆1月5日放送分より 番組名:「久米宏 ラジオなんですけど」
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