TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。

3月30日(土)放送のゲストコーナー「今週のスポットライト」では、東京都心の桜を撮影しているフォトグラファー・小野寺宏友(おのでら・ひろとも)さんをお迎えしました。

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レンズを向けるのは上野公園のような花見の名所ではなく、ビルの谷間や線路脇でひっそりと1本だけ佇んでいる桜。そんな桜を小野寺さんは「野良桜(のらざくら)」と名付けて、毎年撮り続けています。

「野良桜」明日だれかの役に立つのを待つモノたちのポートレート

小野寺さんは1960年、東京都生まれ。本業は「ブツ撮り」と呼ばれる商業写真のフォトグラファー。1982年に武蔵野美術短期大学を卒業し、看板のデザインを手がける会社に勤務する一方で、模型雑誌「ホビージャパン」で特撮デビュー。25歳で独立し、リカちゃん人形のパッケージ写真や学習教材の表紙の写真を20年以上撮ってきました。

幅広い層に小野寺さんの写真が知られたのは2007年。東京スカイツリーを着工前から毎月撮影して、タワーが空に向かって徐々に成長していく姿をブログで公開すると、2009年の完成まで新聞やテレビで数多く取り上げられました。2012年には公認写真集『東京634』として出版され、スカイツリー土産として当時大いに話題になったので、ご記憶の方も多いのではないでしょうか。

そんな小野寺さんが2013年からライフワークとして続けているのが「野良桜」です。

「野良桜」明日だれかの役に立つのを待つモノたちのポートレート

東京23区には上野公園のほかにも目黒川、千鳥ヶ淵、新宿御苑など大勢の花見客で賑わう名所がたくさんありますが、小野寺さんが被写体に選んでいるのは誰にも気づかれもしないようなところでぽつんと1本だけ咲いている桜ばかり。そしてそれぞれにユニークな〝学名〟を付けて、ご自身のサイトで公開しています。

例えば…
「ジンドウキョウワキテツロミオロシホゾンジュ」

「テイボウキワキワリッパオオイエザクラ」

「ハタゴノキサキカリオキ」

「野良桜」明日だれかの役に立つのを待つモノたちのポートレート

「生き物の名前って、カタカナでやたらと長いものがありますよね。例えば『オガサワラチビヒョウタンヒゲナガゾウムシ』とか。どこで区切るのか分からない。でもよく読んでみると、小笠原にすんでいるチビでひょうたんの形をした、ヒゲの長いゾウムシなんだって分かります。地名とか姿かたちの特徴をどんどん長くつなげていくのが生き物の名前なので、野良桜もこんなふうに長い名前を付けて、見る人々を惑わせてやろうと(笑)」(小野寺さん)

「野良桜」明日だれかの役に立つのを待つモノたちのポートレート

小野寺さんの解説を聞くと、その野良桜のプロフィールや佇んでいる場所の様子が改めて伝わってきます。人道橋の脇に生えていて線路を見下ろすように咲いているから「ジンドウキョウワキテツロミオロシホゾンジュ」。堤防のすぐそばにある立派な桜で大きな家の敷地で咲いているから「テイボウキワキワリッパオオイエザクラ」。古い旅館の軒先で植木鉢(仮置き)に植えられているので「ハタゴノキサキカリオキ」。

ほかにも、神社やお寺など真正な敷地の中に生えているものは「ケッカイザクラ系」、道路わきにあるなら「ツジザクラ系」、何かに囲われているものは「カコワレザクラ系」。面白いのは、駐車場や新しいマンションの敷地になぜか1本残っている桜。これは元々その敷地に大きなお屋敷があって、何らかの理由でそれが駐車場やマンションに変わってしまったけれど、桜だけは残された…のではないかということで「モトヤシキザクラ系」。こんなふうに町のプロフィールにまで想像を膨らませてもらおうというのも、野良桜のねらいだそうです。

ちなみに小野寺さんが最初に撮影した野良桜は、台東区・浅草にある「アサクサノラザクラ」。これは日本野良桜学会が定める「野良桜1号記念樹」となっています(「学会」というのは小野寺さんのユーモアですよ、念のため!)。

「野良桜」明日だれかの役に立つのを待つモノたちのポートレート

「花見の名所の桜は、言ってみれば『AKB48』。たくさんの女の子たちが集まって、たくさんのファンに応援されているアイドル。それに対して野良桜は、売れない地元のアイドル。夜になると秋葉原でひとり、自前の衣装とカラオケで歌って、聞いているのは数人だけで、それでも健気に歌って、昼間はコンビニでバイトしてます…みたいな地元アイドル。だけど、ファンは少なくたってその桜だってきれいなんです。桜の名所に行って花も見ないで酒を飲んで騒いでいるけど、あなたのすぐ近所にもっときれいな桜があるじゃないって。そういう桜も愛でましょうよと思って撮っています」(小野寺さん)

「野良桜」明日だれかの役に立つのを待つモノたちのポートレート

だから小野寺さんは野良桜を「風景写真」としてではなく、最高に美しい「ポートレート」として撮ることにこだわっています。昼間に撮ると桜が町の景色の一部として写ってしまうので、深夜になって人影も明かりもなくなるのを待って撮影しています。そうすることで桜が「主役」になるのです。そして、いちばんこだわっていることは、桜の花びら1枚たりともブレたり、ピントが甘くならないように撮ること。

そのために小野寺さんは、1本の桜の木を上中下と3枚に分けて撮影しています。まず空(写真上部)と地面(写真下部)を撮っておいて、真ん中の桜の木は風がやむのを待ち、その瞬間が来たらシャッターを押します。光の乏しい夜間ですから15秒ほどシャッターを開けたままにするのですが、もしその間に花や枝が風で少しでも揺れればやり直し。桜の時期になると深夜1時、2時頃から明け方近くまでこうした撮影を続けているそうです。

ところで、小野寺さんはどうして野良桜を撮るようになったのでしょうか。

「野良桜」明日だれかの役に立つのを待つモノたちのポートレート

小野寺さんはブツ撮りの仕事で多忙を極めていた30代半ばに、体調を崩して2週間入院。すると仕事をどんどん切られて精神的にも大きなダメージを受けました。生きる活力も失ったなかでロシアのトイカメラと出会い、その面白さにハマります。その流れで旧東ドイツ製のカメラを購入し、夜中に東京の町を歩いていろいろなものを撮り始めました。誰もいない児童公園の遊具、工事現場に置かれた重機、建築途中の住宅、誰も乗っていない観覧車…。

「野良桜」明日だれかの役に立つのを待つモノたちのポートレート

「野良桜」明日だれかの役に立つのを待つモノたちのポートレート

「野良桜」明日だれかの役に立つのを待つモノたちのポートレート

「その写真を並べてみたときに、オレはなんでこういうモノを撮ってるのかな?って考えたんです。そして気が付いたのが、これはみんな『明日だれかの役に立つのを待っているモノたち』なんだってことなんです。

夜中の公園の滑り台は『坊主、滑っていいぞ』って明日また子供たちが来るのを待っている。工事現場のユンボも、明日になったら工事のおじさんたちが来てまた雪を掘りたいなあ…って待っている姿なんです。それをポートレートとして撮っていたんだと。そしてそこに自分自身を投影していたんだと。仕事がどんどんなくなっていたけど、オレだってまだできるんだって希望みたいなものを感じていたんです。この写真は『シンヤノハイカイ』シリーズっていうんですけど、これは夜景じゃないんです。ポートレートなんです」(小野寺さん)。

40代で撮った東京スカイツリーの記録写真も、50代になって始めた野良桜も、みんな「明日だれかの役に立つのを待っているモノたち」なのです。小野寺さんの話を伺っていると、今まで「風景」として目に映っていたものが違って見えてきますね。みなさんの周りにも、普段、通勤や通学で歩きなれた道なのにほとんど気にしたことがない野良桜があるかもしれません。

小野寺宏友さんのご感想
「野良桜」明日だれかの役に立つのを待つモノたちのポートレート

久米さんはよく私の人生の最初の部分、なぜフォトグラファーになったのかというところから20年分ぐらいの話を聞いてくださって。うまく話を振ってくださるので、本当によく調べていらっしゃるなと思いながら、でも時計を見たらもう20分ぐらい過ぎていて。

まだ本題(野良桜の話)に入らないなあとドキドキして、実は時計を視野に入れながら話してました(笑)。

野良桜に興味が出てきたら、桜のシーズンってあっという間に過ぎてしまうので、冬のうちから探しておくといいですよ。冬場のほうが枝振りがよく分かりますから。近所だけど行ったことがないところにあるかもしれません。みなさんももし野良桜をみつけたら、写真を撮って「#野良桜」でTwitter(ツイッター)かInstagram(インスタグラム)に投稿してください。日本野良桜学会がその写真を検索して、学名を付けます!

30分では話しきれないので、来年度は2回に分けて読んでいただければ(笑)。ありがとうございました。

◆3月30日放送分より 番組名:「久米宏 ラジオなんですけど」
◆http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20190330130000

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