毎週金曜、朝8時30分からお送りしている金曜ボイスログ(TBSラジオ)。
パーソナリティ、シンガーソングライター臼井ミトンの音楽コラム。
伝説のドラマー。スティーヴ・ガッドに迫る
スタジオミュージシャンというと、歌手のバックで演奏する人たちのことを思い浮かべると思います。まさにその通りで、レコーディングスタジオで楽曲を録音する際に楽器を演奏する職人さんたちのことをスタジオミュージシャンというんです。
作曲家とか編曲家の人たちの頭の中にしかまだ存在していない楽曲が、彼らに演奏されることによって初めて実際に音楽としてこの世界で鳴り始めるという、非常にロマン溢れる仕事です。
この作曲家だったり編曲家だったりが用意した、あらかじめ準備しておいた譜面の通りに演奏するっていう場合ももちろんありますけど、ロックとかポップスの世界ではミュージシャンがその場に集まって即興でジャムりながらアレンジを固めて行くって言うパターンも結構あるんですよ。なので、そのミュージシャン達がスタジオに入って音を出し始めるまで、その曲がどんな風に仕上がるか、どんなテンポで、どんなアレンジになるかっていうのが分からないケースも実はたくさんあって。そういうアレンジの仕方を「ヘッド・アレンジ」っていうんです。スタジオミュージシャンって、楽器を上手に演奏出来るのは当然。で、プラスαで臨機応変にプロデューサーやディレクターの要望にも応えながら楽曲にそれぞれの個性的な彩りを加えられるかどうかが、売れっ子のスタジオミュージシャンになるための必須条件だったりするんですよね。

同じドラムを叩く、ギターを弾くでも、演奏する人によって全然アプローチが変わってくるわけです。なので、ミュージシャン、誰に演奏を頼むかっていうことでアレンジが変わってくるっていう世界なんですけれども。
今日はまずそのバンドの屋台骨になるドラムという楽器について話していこうと思います。
素晴らしいドラマーは世界中、長い音楽の歴史の中でたくさんいますけど、今現在「ドラムの神様」と呼ばれてる人がいます。
ジャズの世界でもポップスの世界でも数え切れないほどの名盤に数々の名演を残してきているレジェンド中のレジェンド。
名前をスティーヴ・ガッドと言います。ジャズの世界だと、チック・コリアとかミシェル・ペトルチアーニ、アル・ジャロウ、そしてロックの世界だとクラプトンとかポール・マッカートニー、ポール・サイモンなど、名前を挙げだしたらキリがない、名盤の数々で印象的な演奏を残している人なんですけれども。アメリカのニューヨーク州出身のドラマーです。
ニューヨークっていうと大都会のマンハッタンみたいなものを思い浮かべるじゃないですか。ただニューヨークって言ってもすごく広くて、スティーヴ・ガッドが生まれたのはそのニューヨーク州の一番北、カナダとの国境の辺りで、アメリカの五大湖のひとつ、オンタリオ湖のほとりにあるロチェスターっていう町の出身です。
この町はメガネのメーカーのボシュロムとかイーストマン・コダックとかゼロックスとか世界的な光学系の精密機器メーカーの創業の地として知られているんです。
多分すごく良質な水があって大都市にも近いっていう地理的な要因がきっとあるんだろうなと思うんですけど。

僕、スティーヴ・ガッドというドラマーが大好き過ぎて、20代の頃ずっと追っかけをしてたんですよ。アルバイト代をほとんど全部スティーヴ・ガッドのライブ見に行くのに使っていて。
本当に風光明媚という言葉がピッタリの大自然。国立公園もあって。またそのオンタリオ湖に繋がる運河なんかがあって、町がとにかく美しいんですよ。こんな美しい街で育つからあんなに美しいドラムになるんだな、なんて勝手に自分の中で結びつけながら街を見て回ったりして。
で、この街にイーストマン音楽院っていう世界的な音楽の名門校があって、スティーヴ・ガッドっていうのはこの学校出身なんです。そもそも彼は、ちっちゃい頃からドラムとタップダンスの神童みたいな感じで有名だったんですよ。アメリカの「ミッキーマウス・クラブ」っていうバラエティ番組、才能ある子供を紹介するような番組で、ブリトニー・スピアーズなんかもちっちゃい頃出てたりするんですけれども、スティーヴ・ガッドは11歳くらいの時に天才ドラマーとして出演しちゃったりするくらい幼少期から既に有名だった。さらに名門の音大も卒業してるから、早い話がバカテクなわけです。
で、そのスティーヴ・ガッド、当然音大を卒業したらすぐにプロとしてじゃんじゃん活躍し始めるのかなと思いきや・・・これがね、ちょっと面白い話があって、当時まだベトナム戦争が終わってなかったんでアメリカは徴兵制があったんですよ。抽選みたいな感じで選ばれちゃうと軍隊に行かなきゃいけない。で、まんまとガッドは選ばれてしまいまして、兵隊さんにならなきゃいけなかったんです。
日本の自衛隊の音楽隊なんかもそうなんですけど、軍隊の楽団って本当に上手なんですよ。各国の要人なんかをお迎えする式典とかでも演奏するじゃないですか。ホント、エリート中のエリートしか入れない楽団なわけで、スティーヴ・ガッドはそこでさらに磨かれてしまう、と。ただでさえ神童で、超名門音大卒で、そしたら徴兵されちゃって、アメリカ最高のUSアーミー・バンドで、またマーチングの技術をさらに磨かれるという、「激レアさんを連れてきた」みたいなストーリーになってきちゃいました笑

そうやって若い頃からテクニックを磨いていったスティーヴなんですけど、兵役が終わってニューヨークの街中に出てセッション仕事を始めると、当然ニューヨークの街には、今をときめく、なんて言うか完全に死語だけど「ナウい」人たち、感性の鋭い、今をときめくアーティストとかミュージシャンがたくさんいて、そういった人たちと色んな出会いがあるわけです。
例えばジャズピアニストのチックコリアとは出会ってすぐに、「お前のドラムがめちゃくちゃ上手いのはわかるけど、そのスタイルはちょっと古いよ。今はこういうのが流行ってんだよ」とかって、早速ダメ出しされちゃったりとか。
あるいはソウル、リズム・アンド・ブルースとかロックの世界で活躍している他のミュージシャンからは「バカみたいにたくさん叩かないで、シンプルに8ビートを刻んで、いいグルーヴ(=リズム)を作ることが大切なんだよ」っていうことを学んでゆくんです。リック・マロッタっていう、同じくニューヨーク州出身のドラマーから特にそういう影響を受けて。
そういった素晴らしいミュージシャン達との出会いで、テクニックだけじゃないんだっていうことにも早い段階で気づいてしまうわけなんですよ。
ただでさえすごいテクニックを持った人がシンプルさの美徳みたいなのに気づいてしまってそれを探求し始めると、これはもう本物の芸ですよね。究極の芸と言うか。
以来、今に至るまで、70年代頭から2020年の今に至るまで本当に常に第一線で活躍しているドラマーなんです。今でもね、クラプトンの武道館公演とかで来日すると毎朝、皇居の周りをジョギングしてるんですよ。75歳ですよ!
向上心の塊っていう感じ笑
これだけキャリアの長いレジェンドミュージシャンなんで、1曲だけ選んでかけるっていうのは相当難易度が高いんですけど、冒頭で言ったように、スタジオミュージシャンっていうのはただ演奏が上手いだけじゃダメ。その楽曲のカラーを決定づけるような特徴的で印象的なフレーズを、生み出せるかっていう才能。スティーブ・ガッドは、まさに、この点でも特に長けていたんですよね。そんな一面が一番よくわかる曲なんじゃないかなと思います。
ロック・ミュージックの歴史に残るドラム・イントロの曲!
Paul Simon で”50 Ways to Leave Your Lover”
◆11月13日放送分より 番組名:「金曜ボイスログ」
◆http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20201113083000