ライムスター宇多丸がお送りする、カルチャーキュレーション番組、TBSラジオ「アフター6ジャンクション」。月~金曜18時より3時間の生放送。

『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。
今週評論した映画は、『KCIA南山の部長たち 』(2021年1月22日公開)です。

宇多丸、『KCIA南山の部長たち』を語る!【映画評書き起こし...の画像はこちら >>

宇多丸:
さあ、ここからは私宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、1月22日から公開されているこの作品、『KCIA南山の部長たち 』。

(曲が流れる)

1979年に韓国のパク・チョンヒ(朴正煕)大統領が、大統領直属の機関・韓国中央情報部(通称:KCIA)の部長に暗殺された、実際の事件を元にしたサスペンス。ある程度年齢が上の方は、ご記憶にある方もいるんじゃないですかね? 大統領の側近の1人である男が、なぜ、大統領を暗殺したのか、映画独自の目線で描く。イ・ビョンホンがKCIA部長のキムを熱演。監督は『インサイダーズ 内部者たち』などのウ・ミンホ、ということでございます。

ということで、この『KCIA 南山の部長たち』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「多め」。

ああ、そうですか。非常に注目度が高いのかしらね? 賛否の比率は、「褒め」の意見が8割、残りが「普通」「まあまあよかった」という意見。全面的にけなすような意見はゼロ。やはり非常に風格ある作りですからね。

主な褒める意見としては、「史実をベースにしてはいるが、描かれているドラマは普遍的で、背景を知らずとも楽しめる」「ほとんどラブストーリーに見える濃厚な人間ドラマ」「ポリティカルで風格のあるエンタメ大作が出てくる韓国映画界、恐るべし」「イ・ビョンホン、やっぱりすごい」などがございました。また、批判的な意見はほとんどないものの、「前半が少し退屈だった」という意見も……ちょっとどこに向かっているか、わかりづらいっていうところがあるかもしれないね。また、「歴史的背景を知らないで見たので名前や立場があまり理解できなかった」という声もチラホラとございました。皆さん、鑑賞後にパンフレットやネットで調べた、というようで。僕も実際、この映画を見て調べるまでは、全然わかっていなかったですからね。

■「ヤクザ映画における『盃を交わした親分と兄貴分の間で引き裂かれてく1チンピラの物語』のようでもあり」(byリスナー)
ということで代表的なところをご紹介しましょう。ラジオネーム「ブリジット林田(リンダ)」さん。「『KCIA 南山の部長たち』、1月26日、立川シネマシティにて鑑賞しました。

ポリティカルサスペンスにも関わらず、暗殺前40日間に絞り、それ以前の政治的背景があまり具体的に説明されないためか、主人公キム部長の非常に私的な映画に感じられるところがユニークでした。

自分には、イ・ビョンホン演じるキム部長が権力者とはあまり感じられず、ただただ共にクーデターを戦い、友情と忠誠を誓った2人の男……現大統領と前情報部長を支え、従ってきた1人の男、としての印象が強く、それはヤクザ映画における「盃を交わした親分と兄貴分の間で引き裂かれてく1チンピラの物語」のようでもあり。次期大統領候補と目される男による暗殺が、クーデターを起こすための行為だったとはとても思えない描き方をされているのも一因かもしれません。

その後、チョン・ドファン(全斗煥)が大統領になり、1988年までより苛烈な圧政が続くことになりますが、暗殺に成功したキム部長が大統領になっていれば、韓国の民主化はもっと早く実現していたのでしょうか?」というようなメール。ただね、やっぱりキム部長は正直、そこまでの絵は書いてなかったと思われる、っていうところですよね。僕がやっぱり、いろいろ読んでみた限りは。

一方、ちょっと苦言を呈しているメール。ラジオネーム「空港」さん。「結論から言えば、悪くはないけど……ぐらいの感じです。撮影の演技もクールでよかったですが。あまり同意を得られないかもですが、主人公であるイ・ビョンホンが起こす最後の大統領暗殺の動機が『守るべき韓国の民主主義の、そして守るべき自国民のため』という点があまり感じられなかったからです。

もちろん全く描かれていないわけではないし、そこを強調しすぎるとウェットになるしで、なかなか難しいバランスだとは思うのですが。

どうも主人公がこの権力ゲームのプレイヤーではあるけども、ゲームそのものを終わらせるために戦っている感がないというか……」ということで、いろいろと書いていただいて。

「近年の韓国映画『1987』や『タクシー運転手』などは、“この国の未来のために”というバックボーンがあったのでめちゃくちゃ感動したのですが、期待しすぎたんですかね?」……まあ、やっぱり時代が光州事件より後になると、グッと民主化に寄ってきますけど。やっぱりキムさん自身の動機がじゃあ、どこにあったのか? この、たぶん「いい」って言ってる人と、「ダメ」って言ってる人と、言ってることは同じで。そこを明確にというか、絞り切らない作りではあるんですよね。はい。まあ、ちょっと私もどう見たか、お話をしていきたいと思います。皆さん、メールありがとうございます。

■実際の事件を題材にした映画化、その参考資料に使ったのは……
『KCIA 南山の部長たち』、私も『週刊文春エンタ!』の星取表で昨年、一足早く拝見しておりまして。プラス、シネマート新宿に行ってまいりました。昼の回にも関わらず結構、このご時世のわりには、中高年男性を中心に入っていた感じでございました。行ってみましょう。先ほどから言っているように、実際の事件を元にした映画化です。

僕、正直全く詳しくなかったので、このタイミングで、本を2冊ほど読みました。1冊目は、本作の原作となったキム・チュンシクさんの『実録KCIA―「南山と呼ばれた男たち』。これ、講談社から出てる本ですね。

「南山」というのは、そのKCIAという、CIA×日本のかつての特高警察とか、ナチス・ドイツのゲシュタポみたいな、拷問とかそういうのもやったりするような組織だという。で、その南山っていうのは、KCIAという組織がある土地なんだけど、まあ日本の警察を「桜田門」っていう風に呼ぶような感じですね。

『実録KCIA―「南山と呼ばれた男たち』、講談社から出てる本を、中古しかなかったので、それを読んだりとか。これは韓国では92年に出た本なんですけども。あとはもう1冊、2005年に韓国で出た、『朴正煕、最後の一日』という、これは草思社から出てる本で。これはかなりパク・チョンヒ大統領寄りというか、パク・チョンヒ大統領の人物を礼賛するスタンスの本なんだけど、暗殺事件の経緯に関しては、ものすごく詳しく……今回の映画に出てくる様々なディテールも含めて、さっき(番組オープニングトーク)のね、飴の話であるとかも含めて、書いてあって。

とにかくこの2冊を読んでみたわけです。それでようやく勉強したんですけど。遅まきながら。

あと、資料として一番参考になったのは、これ、ネットでも読めるやつですよね。『サイゾーウーマン』にチェ・ソンウクさんという方が書かれていた記事。これが、映画で描かれたこと、あるいは映画で描かれていないことを、事実に照らして分かりやすく整理して書かれていて。これが一番ありがたかったです。これ、すごい参考になりました。『サイゾーウーマン』の記事、ぜひこちらを皆さん、参照していただきたいんですが。

特にいろいろ読んでいて興味深かったのは、今回の映画に描かれていない部分で。韓国の前大統領であるパク・クネ(朴槿恵)さん。今年の1月に、ついに判決が完全に確定しましたけど。まあ弾劾・罷免されてね、判決が出ましたけども。パク・チョンヒの娘さんなんですね。で、彼女がその政治介入させていた、親友のチェ・スンシルさんという方がいて。

それが大問題になりましたけど。そのお父さんがそもそも、宗教団体のこの牧師チェ・テミンさんという方で。

その不正行為を、キムKCIA部長、今回の映画ではイ・ビョンホンが演じているKCIAの部長は、大統領に「あいつ、不正行為をしているし、ロクなやつじゃないから。あいつはちょっと外した方がいいですよ」って、報告、進言していたんですね。なんだけど、まあパク・クネさんはやっぱり、その当時からそっちのチェさんを擁護して。逆にそのキム部長が恥をかく羽目になった、なんてことが『実録KCIA』には書いてあるし。逆に、こっちの『朴正煕、最後の一日』、パク・チョンヒ寄りに書かれた本の方では、パク・クネはKCIA部長のキム・ジェギュを排除するようにお父さんに進言していた、なんてことがこちらには書かれていて、という。

なので、これは先ほど言った『サイゾーウーマン』の記事で、後にそのパク・クネがどう失脚していったかというか、意のままに操られて……っていうようなことを考えれば、KCIA部長のキム・ジェギュの判断の方が正しかったと言えるだろう、って書いてあって。これはなかなか味わい深い。今回の映画にはそのへんの描写は入っていない、パク・クネは出てこないんだけども、大統領を殺害したキム・ジェギュ側にこういう理があった、というのを際立たせるような時勢ではあったのかな、という風には思いますね。

■歴史の闇に埋もれて見えない部分をどう「解釈」したかが面白い
ちなみにこのパク・チョンヒ暗殺事件を、過去に映画化した作品。映画で扱われることはちょいちょいあるんですけれども。完全に描かれているもので言うと、2005年のイム・サンス脚本・監督作品、日本タイトルは『ユゴ 大統領有故』という、ハン・ソッキュとかが出ているやつがあって。こちらは全体に、すごくシニカルな、ダークコメディ的ですらあるような、非常に突き放した姿勢が今回の『南山の部長たち』とは非常に対照的でありつつ……その暗殺当日に絞った群像劇である分、たとえばそのキム部長に協力した部下たちとか、さらにその部下たちに命令されて動いた人たちなどの動きも、細かく追っていて。これはこれですごく面白いので、ぜひ皆さん、機会があったら『ユゴ』も見てみてください。

あと、暗殺シーンの段取り……つまりその、キャラクターの感情描写としてはほとんど正反対な『ユゴ』と『南山の部長たち』なんだけど、暗殺シーンの段取り、やってること自体は、やはりこれ、どちらも事実に基づいているから、同じなんですよ。なので、同じことをやっていても、醸し出されるものが全然違う、正反対っていうところを比べる意味でも……見比べてもめちゃめちゃ面白かったので、ぜひ皆さんも、興味がある方、やってみてくださいね。

さて今回の、2020年、改めてその題材を映画化した『KCIA 南山の部長たち』。脚本・監督は、ウ・ミンホさんという方ですね。このコーナー初登場なので改めて説明しておくと、2010年の長編デビュー作『破壊された男』……これは、言っちゃえば少女誘拐版『チェイサー』って感じですかね。その作品でデビューして。続く2012年、これは対照的に、基本ベタベタのコメディタッチながら、北朝鮮から韓国に潜入して普通に暮らしているスパイたち、という、言っちゃえば社会派エンターテイメントの領域にちょっと初めて足を踏み入れた、『スパイな奴ら』というのがあって。

それを経て、決定打はやはり、2015年の『インサイダーズ 内部者たち』。政治とメディアの腐敗しきった結託に、イ・ビョンホンが珍しく風格ゼロで演じるドチンピラが、一矢報いようとしていく、という。一見話は複雑に見えるけど、実はすごく分かりやすい面白さに満ちた、社会派エンターテインメント作品、これが大ヒットして。これで一気にちょっと、格が上がった、っていう感じですかね。

で、続くソン・ガンホ主演の2018年『麻薬王』。これは今回の『KCIA』と同じく実話ベースです。韓国版の『ブロウ』×『スカーフェイス』、みたいな感じの楽しい作品なんですけども。日本ではNetflixで見れますけど、どうやら韓国では劇場公開されて、興行的に大コケしてしまったようで。今回の劇場で売っているパンプのインタビューでもですね、イ・ビョンホンさんとかウ・ミンホさんが、自らネタにしているという。「『麻薬王』がコケちゃったんで……」みたいな(笑)。それを繰り返しネタにしているぐらいで。

ちなみに、その次のこの作品『KCIA』は、無事に大ヒットして。アメリカ・アカデミー賞国際長編映画部門の韓国代表作品に選ばれたぐらいなんで。よかったよかった、っていうことなんですけど。で、実際に前作『麻薬法』でも、このパク大統領暗殺という件は時代背景として出てくるし。あと、『スパイな奴ら』でも、パク政権時代の話とかが出てきたりして。そもそも『インサイダーズ』より前にこの事件の映画化を考えていた、ということで、まあウ・ミンホさんにとって念願の、気合の入った題材なのは間違いないと思います。

事実この、今までのウ・ミンホさんの作品の中では、本当にいろいろ格が1個上がった作品というか……僕は最高傑作だという風に思いますけども。ポイントはやはり、基本的な事実関係、たとえばさっき言ったような暗殺の段取りそのものとかこそ明らかになっているものの、その先の「なぜ?」という感情とか動機の部分であるとか、あるいは本当に歴史の闇に埋もれてしまって、新事実とか新証言でもない限りはわかんない部分……だから意外とわかんない部分が多い事件でもあるんですね。

この事件をですね、要は新たに作る作品として、どう「解釈」するか?っていう。ここの部分がやっぱり見どころなわけですよ。そして本作、その『南山の部長たち』はですね、まさにその独自解釈の部分。かなりの部分で事実をベースにしつつ、完全創作の要素も混ぜ込んで……という、これがですね、やっぱり非常に面白いんです。解釈の仕方が面白い。

■一見難解だが、実はヤクザ映画の面白さに近い構造を持つ
ちなみに、先ほどから言っている『サイゾーウーマン』の記事がわかりやすく整理してくれてますが、この作品、最初と最後にね、ニュース映像と解説パートが付くんですけど、そこ以外はですね、基本全ての人物が、実名ではなく別の名前に置き換えられています。「パク大統領」というのだけはそうなんだけど、そのパク・チョンヒというフルネームでは言われない、みたいなバランス。やはりこれ、「あくまでもこれは、この映画のためのオリジナル解釈ですよ」ということですね。

さっき『インサイダーズ』紹介の時にも言いましたけども、この『KCIA』もそうで、一見複雑だけど、実はすごくわかりやすい面白さの構造を持っている。さっきのメールにもありましたけどね、「ヤクザ映画みたい」っていうね。もちろん本来、本当に複雑な事実を基盤にはしているし……本作はそれを大幅に単純化して、あるいは大幅に省略してはいるけども、元が複雑ではあるし、あと、ここがミソなんですけど、登場人物が本当のことを言っていない、言っていることとやっていることが正反対、みたいなことが、やっぱりこれ、政治劇、パワーバランス劇ですから、頻出するわけですよ。

これはもう『アウトレイジ』とかもそうですけどね。なので、ボーッと見てると迷子になりやすいのは間違いないと思う。「あれっ? さっきこう言ってなかったっけ?」「だからそれは嘘なんだって!」っていう。なので、一応ざっくりと整理しておきますと、主軸となるのはその、イ・ビョンホン演じるKCIA部長、本物はキム・ジェギュさんという方ですけど、今回の役名はキム・ギュピョンさん、そのパク大統領への深い信頼、親愛の情が裏切られていく……まあ単純に言えば、子分が親分に裏切られ、怒りを爆発させる、という。本当にヤクザ映画、ギャング映画的な話ですよね。まあ『インサイダーズ』もそういう話でしたけどね。

もちろんその、警護室長のチャ・ジチョル、役名はクァク・サンチョンとの対立という、これ、史実的にも最も大きな動機のひとつとされてます。この警護室長との対立というのがこじれたせいだ、という風にされているんですが、少なくとも本作での扱いは、まあ「ボスに取り入っただけのカス」ってぐらいの軽さなので。やっぱりメインはボスとの関係。ちなみにこの警護室長との、ふたり銃を突きつけあっての、本当にしょうもないやりとり、みたいなのもちょっと笑えたりするんですけど。はい。

あれですね。『アイリッシュマン』でのあの子供っぽいヤクザの喧嘩、みたいのにも近いものがありますけども。とにかくその主人公・キム部長はですね、信頼し尊敬していた親分パク閣下にですね、「閣下!」っつってね、ほだされては裏切られ、ほだされては裏切られ……この「ほだされ」というところで、さっきオープニングで山本さんとお話をした、酒を飲む、というくだりが来る。ほだされては裏切られ、ほだされては裏切られ、ついに堪忍袋の緒が切れるまでの話、と言えるということだと思いますね。ちなみに実際のキム・ジェギュさん、ちょっと元々、怒りをコントロールできない面があった、とも言われておりますが。

■作品独自の映画的な解釈、見せ場で盛り上げる
で、とにかくその怒りを爆発させる、そこに至る節目として、この作品、この映画ではですね、いわゆる「コリアゲート」事件となっていく、元KCIA部長キム・ヒョンウクさん、役名はパク・ヨンガクとなっていますが、この告発というものが置かれている。これ、ちなみにこの、彼の告発を書いた本の内容をリークした日本の雑誌、映画では『サンデー毎日』となっていますが、実際には『創』です。それはいいんだけど。

まあ、彼がとうとう始末されてしまうまで……これ、現在ではキム部長の指図によるもの、ということが明らかになっていますね。それを、物語中の前半から中盤までの、大きな山場に持ってきてるわけです。で、ここでこの作品オリジナルのアレンジ、解釈がすごく効いていて。まず、その告発をした元KCIA部長。これ、クァク・ドウォンが演じているんですけど。彼はこういう、権力を笠に着た人物、あるいは権力に振り回される人物っていうのが本当にハマる!というクァク・ドウォン。

とにかく彼が演じるパク・ヨンガクとキム部長が、要するに共に、パク・チョンヒと一緒に1961年の軍事クーデターを戦った、いわば「革命の同志」、古くからの友人同士、というオリジナル設定を入れている。これによって、友を親分のために殺すことになった子分、キム部長のつらさっていうのも際立つし、それをものすごく遠回し、かつ、でもはっきり伝わる言い方でやらせておいて、自分は責任取らない……どころか、こっちを事後的に責めてくる! という親分、パク大統領の卑怯さ、非情さというのが、非常に際立ってもいる。

具体的には「私はいつもそばにいるよ。好きにやりなさい」というこの暗黙の命令。最初はこれ、パク・ヨンガクの回想として、2度目はキム部長が直接言われる言葉として、そして3度目は……という。これ、彼らが酒を酌み交わすのも3度目。そしてこの言葉を聞くのも3度目。これがポイントなんですね。後述する、やはりオリジナルのある場面で繰り返され、これがやっぱり、キム部長が完全にブチギレるポイントとなるという、そういう、非常にわかりやすい作りになってるわけです。

で、とにかくですね、「あのベラベラしゃべる裏切り者を消せ」と暗に命令されたキム部長はですね、パリで作戦を準備する。でも同時にこの、イラつく邪魔者であるクァク警護室長チームも、同じターゲットを狙って着々と駒を進めつつある、という。このですね、パク大統領を挟んだ両者の攻防を、まさに子供たちのステージを鑑賞している3人、というこの構図。それとパリでのターゲット争奪戦の、同時進行……要するに、子供たちのステージを見ている、すごくいい人ぶっているところと、人殺しの場面っていうものを、同時進行で、カットバックで見せていく。これ、やはりこの作品独自の映画的な見せ場を作っている。盛り上げ方をしている。

言ってみれば『ゴッドファーザー』クライマックス、的なことでもありますし。あと、森の木立の中を、殺されようとしている男が逃げていく、あの恐ろしくも美麗なスローショットはですね、ちょっと『ミラーズ・クロッシング』とかね、あのあたりのテイストがあるかな、なんて思いましたけど。

■本作の白眉は、晩餐会のある屋敷に忍び込んで目撃した大統領のその表情
それで、何より味わい深いのがですね、これは人っ子ひとりいないパリ郊外の街というか村というか、そこで立ち尽くすパクKCIA元部長が、足元をふっと見ると……という。この、死を目前にした人物の心理の流れみたいなものを、とても印象深く繊細に描いてるこのくだりも、本当によかったですよね。

ともあれ、この告発者が消されるまで、が前半部なわけです。で、後半部は、そうやって友を殺してまで忠誠を誓ったその親分の、あまりといえばあまりの仕打ちに、子分のキム部長が不信感と怒りを募らせて、最終的に殺意を抱くに至るまで、っていうことなんですけど。まずやはり、このパク・ヨンガク殺害を報告してみたら、パク大統領から返ってきた、意外な反応。それに対する激しい失望。これ、劇中、さっきの室長との喧嘩以外で、本当の気持ちが現れるところ……初めてと言っていいぐらい感情をあらわにして、しかし背後のボスには悟られないよう、必死でそれを押し殺す。イ・ビョンホンの、抑えつつも熱い、この表情の演技。ここがまず、グッと来ます。

そして僕はですね、これ、『週刊文春エンタ!』でもここをこそ特筆しましたけども、僕が考えるこの本作の、白眉です。大統領のその夕食、晩餐会からハブられたキム部長は、大雨の中、屋敷に忍び込んで、壁越しにその酒席を、盗聴しようとする。これはもちろん、本作の創作シーン、オリジナルのシーンです。現実じゃないですよ。ここでですね、その太鼓持ちであるクァク警護室長が一瞬、席を外した時に、パク大統領が不意に見せる、素の表情。これ、音だけで聞こえるんですけども、僕はこの『南山の部長たち』最大の味わい、ここにあると思います。

たとえばね、これはさっき言った『ユゴ 大統領有故』っていうその同じ事件を描いた作品だとーーそういう風に描くことも全然できる人なんだけどーー要は「好色で横暴な独裁者」っていう描き方、もっと単色の描き方も、全然できちゃう人なんですね、パク大統領っていうのは。で、もちろんこの映画でも、横暴で狡猾、道を誤ってしまった人物であることには間違いないんだけど。どこかこの映画のパク大統領は、権力に対する、倦怠を漂わせているんですよ。

「俺、もうこの立場、嫌だな」っていうのもちょっと……あと、どうにもならない孤独感。これを漂わせている。哀愁が漂ってるんですよ、すでに最初から。そこが本当になんというか、「ああ、実際にこうだったのかもな」っていう説得力と、豊かな風味が非常に満ちているくだりだと思うんですよね。そしてですね、壁越しにそれを聞いているキム部長も、堪らない気持ちになったところでの、「あっ!」っていう、このサスペンスフルな展開。プラス、これはサスペンスだけじゃなくて、一瞬その大統領が、「曲者!」って言うだけじゃない、「お前、なのか……?」っていうような、一瞬の感情の交錯も重なって。ものすごく味わい甲斐がある、本当にこれ、いい場面です。名シーンと言っていいと思います。

ともあれ、このくだりを境に、完全に一線を越えたキム部長の鬱憤。これがまさに1979年10月26日の酒席で、ついに表に出てしまうわけですね。これ、このくだりはやっぱり、動機のメイン解釈としては、革命の理想がダメになってしまった失望、そして、今後の韓国の民主化のために……という大義が一応、その現実よりも強調された作りにはなっています。要は後にキム部長がした陳述、後から言った陳述に寄せている、っていう感じですね。

細かいことを言うとね、ここで使われたピストル。ワルサーPPK、これは合っているんですけども。先ほど言った『朴正煕、最後の一日』の冒頭に載っている写真によればですね、フィンガーチャンネルがないタイプのマガジンでした、本当は……細かいね(笑)。後ね、この本は面白くて、2発撃った後の作動不良は、たぶん誤ってセーフティー(安全装置)をおろしてしまったからであろう、っていう。面白いね。

■イ・ビョンホンが表情の演技で見せる、キム部長という人物のある種の「限界」
ここもひとつ、見どころを挙げておくと、いろいろと不測の事態が起こって、しかし結局、やはりとどめを刺しに戻ってきたキム部長を演じるイ・ビョンホンをですね、カメラはずっと、表に出て車に乗る手前まで、ワンカットで追っていくんですけども。特にその、暗殺の舞台となったそのお座敷部屋から出ようとする、その手前の瞬間で、先ほど(金曜パートナー山本匠晃さんが)言ってましたけどね、「すってんころりん」ってね。イ・ビョンホンに、あるアクシデント……すってんころりん、ってなるわけですよ。血で滑る、っていう。

これ、アドリブなのか、計算なのか。いずれにせよ、キム部長のただ事ではない動転ぶりを示す、すごく映画ならではの奇跡的瞬間がおさえられている。これ、長いワンカットの中(で起こること)のひとつだから、すごく効いているんですよね。本当っぽいわけです。で、さらにこれ、車に乗ってからの流れも、最高に味わい深いですね。靴を履かずに来てしまった件。やおら飴を口に入れ、他の人にも勧める件。いずれも事実からの微妙なアレンジですけど、本当ではある。

特にやはり、イ・ビョンホンの抑えた顔の演技。KCIA本部に行くか、陸軍に行くか……実際ここでの判断が、彼の命運を決めたとも言えるんですけども。イ・ビョンホンの演技はどことなく……「陸軍に行きます? どうしますか? 決めてください」って言われた時に、ちょっと「諦めた」ような表情になるわけです。つまり、そもそも事後のクーデター的な政治処理、俺はちょっともうこの先は無理かな、俺そこまでやりたくないわ、もういいや、って感じの表情に……つまり、キム部長という人物のある種の「限界」を、あの表情で、物を言わず示しているわけですよ。人物像を。

本当にイ・ビョンホン、見事なこの、車の中の演技でございました。そしてですね、これね、この映画は、幕の引き方が超かっこよくて。次にトップの座につく「あの人」……ずっとナンバー3的なところ、本当はもっと順位ね、下の人なんだけど、ナンバー3的なところにいるように、クールにいるように見せかけて、彼がその部屋を出ようとする時に、振り返って、そこで終わる、っていう。はーっ! 歴史的経緯を知っていればこれ、本当にスマートです。

これ、「光秀と秀吉」的なことですね。本当にスマートな幕の引き方だと思います。はい。ということで暗殺者のキム部長を、ことさらに英雄視することでもなく、そして『ユゴ 大統領有故』のように狂人的に描くでもなく、1人の人間の、その感情の流れごと真正面から、しかしクールな距離を保って描かれた本作。その、ある種の「あとは皆さん、どう思いますか?」っていうところも含めて……このクールなスタンスを含めて、実録社会派エンターテイメントとして、非常に高いレベルに達している作品だと思います。ウ・ミンホさんの作品としても、最高傑作だという風に思います。ということで、今日はてらさわホークさんのフレーズを借りて終わろうかと思います。「マジで本当にいいので、見よう!」(笑)

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『花束みたいな恋をした』です)

宇多丸、『KCIA南山の部長たち』を語る!【映画評書き起こし】

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

◆1月29日放送分より 番組名:「アフター6ジャンクション」
◆http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20210129180000

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