「正直言って、ビッグウィークだし、ビッグイヤーだったし、ビッグな31年だ。これで引退するつもり。
【写真】ディラン・アルコット全豪2022クアード決勝写真館(写真15点)
【動画】ディラン・アルコット全豪2022クアード決勝ハイライトをチェック
1月27日、全豪オープン車いすテニスクアードクラス*決勝がロッド・レーバー・アリーナで行われ、地元ファンが見守る中、第1シードとして第2シードのサム・シュローダー(オランダ/同3位)と対戦したものの、5-7、0-6で敗れて準優勝。だが、“そんなことはたいしたことではないんだ”とアルコットは笑う。
その名前を、昨年の東京パラリンピックで覚えている人もいるだろう。彼は同大会で金メダルを獲得。史上初の年間ゴールデンスラムを達成した選手である。
*=四肢(両腕・両脚)の内の三肢以上に障害のある選手のために用意されたクラス
2015年の全豪オープンで初めてグランドスラムタイトルを手にしたアルコットは、昨年まで7連覇し、単複合わせてグランドスラム通算23勝、3度のパラリンピック金メダルを獲得。史上最高の選手として活躍してきた。
興味深いのは、アルコットの活躍がコートの中に留まらないということ。自国の障害者のための慈善団体を設立し、オーストラリアの障害を持つ若者を支援する募金活動を行う一方、ラジオDJや音楽フェスティバルを運営したりとさまざまな活躍をしている。またキャリアの途中、車いすバスケ選手に転向し、2008年の北京パラで金メダル、2012年のロンドンパラでは銀メダルを獲得している(2014年から車いすテニスに復帰)。
記者会見では、全豪オープン初出場となった2014年のことを「そこにいたのは、父と母、兄と仲間数人の5人くらいだった」と振り返っている。8年後、センターコートで多くの観客の声援を受けながら、プレーすることになる。「今日何が起こったと思う?100万人がテレビで見て、スタジアムが満員になったんだ。でも、恐ろしいことに、もう慣れてしまったよ。5人の観客に見守られていた男が、あれが普通になってしまったんだ。考えてみれば、バカバカしい話だよ(笑) 感謝しかない。私のキャリアを支えてくれたすべての人に、私は永遠に感謝する。
「スポーツはもういい。俳優をやって脚本を書きたい」
常に枠に囚われない活躍をしてきた彼が、今後ということで語ったのは俳優になる、そして脚本を書くことだ。
「スポーツはもういい。俳優をやってビールを飲む、パートナーのシャンテルと一緒にいる、自分の人生を生きるんだ」と語ると、「脚本を書きたい。ドキュメンタリーも今、進行中だ」と次へのステップはすでに始まっているという。
「私は冗談も言うが、いつかオスカーを取りたいんだ。本気だよ。昔、グランドスラムで勝ちたいと言った。それも本気だった。あなたはバカだなと思うかもしれないが、10年後なんて誰にもわからないのに。なぜみんな、そうしないのかわからないよ(笑)」、アルコットならば、オスカー受賞もなしえるかもしれない。
常に明るく、冗談ばかり言うイメージのアルコット。だが、それは内に秘めた真摯な一面を隠したいものなのかもしれない。彼は、大会期間中の1月25日に、毎年選定されるオーストラリアン・オブ・ザ・イヤー(国民栄誉賞)を受賞するという栄誉を得ている。その際のスピーチでは、障害者について熱く意見を述べている。
「私は自分の障害を愛しています。私の身に起こった最高の出来事です。このような人生を送ることができ、本当に感謝しています。この国には450万人の障害者がいます。彼らが外に出て、自分の障害に誇りを持ち、なりたい自分になれるようにすること。それは私たち全員の責任です。雇用機会も増やさなければならない。仕事を持っているのは、わずか54%。
「最後に、言いたいことがあります。よく私は、『障害のある若者や障害のある人が自分の人生を生き始めるためのアドバイスをもらえますか?』と聞かれます。その時にはこう答えるんです。私のアドバイスは必要ないよ。何をすべきかをわかっている。これまでの人生、何をすべきかを学んできているはずだって。でも、この言葉は障害者ではない人々へのものなんです。今こそ、無意識の偏見に挑戦し、否定的な認識を捨て、障害者に何ができるかを考えて実行する時です。
話は戻って、決勝後の記者会見では、昨日、車いすテニス男子シングルスで11度目の全豪制覇、グランドスラム通算47勝目(うちダブルス21勝)を達成した第1シードの国枝慎吾(ユニクロ/同1位)など、残る選手たちにも語っている。
「シンゴ(国枝)は、どういうわけかまだプレーしているんだ。彼は約4000回もグランドスラムで優勝しているのにね(笑) ディーデ・デグルート(オランダ/同1位)は昨年、ゴールデンスラムをやったね。すでにレジェンドだけど、十分若い」と彼なりのエールを送れば、クアードクラスについては、「ニールズ(フィンク/同2位)やサム(シュローダー)は間違いない。ダブルスのパートナー(ヒース・デービッドソン/同7位/34歳)は歳上だけど、次にスラムで勝つのは彼の番だ」とアルコット。「でも、次の課題は賞金なんだ」と続けて語る。
「全豪で優勝して1,300ドルなんだ。ヨーロッパからなら、飛行機代だけで3,000ドルくらいか? 優勝しても350万ドルはもらえないんだ。健常者の1回戦敗退者(約836万円)の半分以下しかもらえない。でも、昔よりずっとよくなったよ。前は握手と冷たいスポーツドリンクだけだったから(笑) もっとよくなるように努力するしかないね。物語を手に入れるのは。
ディラン・アルコットの車いすテニス選手としてのキャリアは、今回でピリオドとなる。次に彼は何を見せてくれるのか。「みんなが言ってくれた一番うれしい言葉は、“これは始まりに過ぎない”というものだ」と語っていたが、これから予想もできないことを見せてくれる気がする。
■全豪オープン2022
日程/2022年1月17日(月)~30日(日)
開催地/オーストラリア・メルボルン:メルボルンパーク
賞金総額/7,500万豪ドル(約62.7億円)
男女シングルス優勝賞金/287.5万豪ドル(約2.3億円)
サーフェス/ハード
試合球/「ダンロップオーストラリアンオープン」
【特集】全豪オープン2022の記事はこちら