平井デジタル改革担当大臣の「脅し」発言が話題になっています。これは、平井卓也デジタル改革担当大臣が今年(2021年)4月の内閣官房IT総合戦略室の会議で、同室幹部らにオリパラアプリの事業費削減をめぐり請負先のNECに対して行った発言です。



「脅しておいた方がよい」「完全に干す」などと、インパクトのあるフレーズが注目を集めています。今回はデジタル庁の行方なども含めて考えたいと思います。



■真相は闇の中



まず「脅し」発言の背景です。今年1月、政府は東京五輪で来日する外国人の行動管理のために、顔認証機能を伴う「オリパラアプリ」の開発を競争入札で発注し、NECを含む共同事業体1社が応札、78億円で開発契約を結びました。



これが3月になって、政府が海外の一般客の受け入れ断念との方針が浮上(3月20日に正式決定)。「無用の長物」「税金の無駄使い」との批判が一気に高まりました。



その結果、このオリパラアプリは契約済みであったにもかかわらず、5月31日に突如38億円と1/2以下に圧縮される契約に変更され、6月1日に発表されました。この時点でNECは顔認証機能の開発を終えていたとも報じられています。



ただ、今回の騒動の一方の当事者であるNECがノーコメントを貫いていますから、真相は永遠に闇の中なのかもしれませんね。以下・騒動の真相というよりは、いまの日本人のビジネス観であったり、今後のデジタル庁の方向性などについて、みていきます。



■新旧のビジネススタイルの違い!?



結局、平井大臣が「自分の真意が分かる幹部職員へ対面で檄を飛ばしたものであり、事業者への脅しでは決してありません」とテレビで釈明して、本件は終息のようです。



ネットでは、“パワハラやっといて処分ナシか" “理不尽な恫喝でドヤ顔!?"などの非難があふれていますが、一部・中高年層では問題ナシとする声もあります。



その代表例として政治評論家の田崎史郎氏のコメントを引用します。



「何が問題かずっと考えて、まだよく分からない」
「大臣が事務局に言った話。NECに直接言った話ではない。NECに実際どういう言い方をしたかは分からない。どういうことで問題なんだろうと」



概ね中高年の方々の問題ナシとする声の特徴がよく出ていると思います。やはり、新旧のビジネススタイルの違いなのかもしれませんね。数十年前のビジネスの現場では、今回の“脅しの話法"なんて、ごくごく日常的なモノだった気がします。



平井大臣は祖父・父も政治家の超良血ですが、1980~86年は電通勤務。自分は、その少し後で、広告業界の末端で社会人デビューをしましたが、「当時のノリが出てしまっただけかな」という気も、ちょっとします。あくまで個人的な感想ですが。



ただ時代は確かに変わっていますよね。1980年代の日本の職場で、パワハラなんて日常茶飯事でしたが(そもそも、そんな言葉がほとんど使われていなかった)、現在はパワハラ上司の責任が個人の問題ではなく、企業の責任として問われる時代です。



■結局、デジタル庁は“情シス"という予感



少し視点を変えて、デジタル庁の役割や今後の行方を考察してみます。昨年末に経済産業省からDXレポート2が発表されています。



このレポートでは、日本のDXが進まない原因として「DXへの誤解があった」とも分析しています。



レポートから抜粋します。『先般のDXレポートでは 「DX=レガシーシステム刷新」など、本質ではない解釈を生んでしまった』。つまり、DXがデジタルの話にすり替わってしまい、本質である企業の変革につながらなかったという分析です。



この経産省の民間への提言を指標にデジタル庁を考えた場合、どうも行政のレガシーシステム刷新を考えているだけの気がします。つまりデジタル庁は、最近、評判の悪い“情シス(情報システム部)"なのかもしれません。



デジタル庁の一丁目一番地はマイナンバー制度のはずですが、これも“利便性"だけが強調されている気がします。この6月にデジタル庁から「デジタル社会の実現に向けた重点計画」が発表されていますが、そこでも“UI・UXの実現"という話に重点が置かれています。



そもそもマイナンバー制度は、たとえば“格差が拡大して再分配が必要ならば、所得・資産の捕捉精度を上げなければ不可能"というような社会設計の基本的な考え方に紐づいているはずです。どうもデジタル庁は、レガシーシステムの話に逃げ込もうとしている気がするのです。



■音声流出だけが希望かも



日本とは異なり、北欧などの先進諸国の一部では、“所得・資産の精度の高い捕捉と再分配の実現"は合意形成が済んでいます。これは他にも、日本のコロナ禍における個人情報のデジタル活用が進まない現象等ともリンクしています。



なぜ、日本がずっと手前の地点で立ち止まっているのか。その大きな要因のひとつが政治・行政への信頼の欠如です。



ここで、冒頭の平井大臣の発言に戻ります。デジタル庁は「デジタル社会形成における10原則」を掲げています。いくつか列挙すると、「オープン・透明」「公平・倫理」「包摂・多様性」「新たな価値の創造」などです。



この今日的な原則と、組織トップの「脅しておいた方がよい」「完全に干す」という30年前のビジネススタイルから全く未更新の発言は、やはり違和感が強い。“なんだか信じられないんだよなぁ"と多くの人が思うのも自然な気がします。



前述の田崎史郎氏のTV番組コメントによると、問題の内閣官房IT総合戦略室の会議をオンラインで視聴できたデジタル庁職員は約90人とのこと。そこから音声が流出したらしい。



「会議の模様がダダ洩れで、セキュリティとか大丈夫なの」という意見もあるようですが、この音声流出には希望を感じました。

“このトップの発言は問題だ"という価値観を持った職員がいるということですから。この音声流出は、ある種の公益通報に近いと個人的には思っています。



参考資料

  • 田崎史郎氏、平井大臣「完全に干す」発言に「何が問題かまだよく分からない」( https://www.daily.co.jp/gossip/2021/06/14/0014414571.shtml )(2021年6月14日、デイリー)
  • DXレポート2 中間取りまとめ( https://www.meti.go.jp/press/2020/12/20201228004/20201228004-3.pdf )(2020年12月28日、経済産業省)
  • デジタル社会の実現に向けた重点計画( https://cio.go.jp/sites/default/files/uploads/documents/210618_01_doc01.pdf )(2021年6月18日、デジタル庁)
     
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