資産形成の正解は人それぞれですが、一方で、多くの人が失敗してしまう考え方や、やり方があるようです。このシリーズでは、資産形成を始める人が陥りがちな失敗事例を取り上げ、やってはいけない行動を分かりやすく解説します。


お悩み

米ドルが想定よりも円安になってしまい投資も生活も不安

尾崎匠馬さん(仮名)会社員・40歳(既婚、共働き、子ども1人)

 尾崎さんは夫婦で共働きをしていて、生活費はそれぞれの給与から一定額を出しあっていました。それとは別に将来に必要な資金のために貯蓄もしていて、これまで少しずつNISA(ニーサ:少額投資非課税制度)で積立投資をしていました。しかし、それ以外にもまとまったお金が集まってきたので、最近ネットの動画で見かけた米ドル建て債券にも興味を持っています。


 ただ、ここ最近で円安に大きく振れたことで、検討し始めた頃に比べて為替の水準が随分変わってしまい、生活費もインフレの影響か、やや増えてきていることでいまいち投資を始めることに踏み切れません。


 食費やマンションの管理費・修繕積立金の上昇は思った以上に大きく、さらにこれで為替が円高になって投資で損をしてしまったらどうしようかと二の足を踏んでいます。ついには、いったん投資を引き上げた方がいいとまで考えだしていました。


 生活自体に心配はないけれど、なかなか判断がつかない状況が続いています。

尾崎さんが現状を打破するためにはどうしたらいいのでしょうか?


主軸通貨の米ドルへの理解は投資にも家計設計にも重要

 米ドルが円安に進んだことによって、投資も家計設計についても改めて考えてみる時期になってきたようです。資産形成をする人にとっても、とても大きな変化です。


 2024年に新NISAが始まってから、インデックス投資での積立投資を始める方がより一層増えてきています。積立投資では米国S&P500種指数と全世界株式への投資が二大巨頭となり、日本人の海外投資は毎月継続的に行われています。そのどちらも外国為替の影響を受ける投資であり、主に米ドルへの投資となっています。


 また、円安は日本におけるインフレ要因の一つにもなっています。日本の輸入で代表的なものは原油やLNG(液化天然ガス)など家計において必要な物資です。

その分生活に必要なお金もさまざまなものが値上げされることによって、資産形成で重要な毎月投資に回せる余裕資金をつくる家計設計がやや難しくなってきています。


 本来適度なインフレは経済にとって良いもので、現金有利なデフレよりも投資をする時期としては良いはずです。しかし、インフレになじみがない人がほとんどの日本では、どう対応するべきかを実践できている人は少なそうです。


 私たちは否応なしに、投資にも家計にも為替の影響を受けています。今回はその中でも世界の主軸通貨である米ドルについて、知らずに投資をやってはいけないポイントをお伝えいたします。


知っておくべき米ドル建投資1: 為替が円安円高に変動する理由を知る

 円安円高といわれる時、一般的には円安米ドル高、円高米ドル安のことを意味しています。為替は日本円と相手国通貨の相対評価なので、どの通貨と比較された円安円高なのかを理解することがまず第一歩です。


 そして米ドル/日本円レートの為替が変動する理由としていくつもの要素がありますが、いま主に影響しているのは日米間の金利差です。つまり米国の金融政策や日本銀行の金融政策の実行状況とそれらへの将来の思惑ですが、それ以外にも貿易収支などの需給要因や、短期的には為替介入や投機的なキャリートレードなどさまざまな理由があります。


 まず必ず押さえていただきたいのは、米国で利上げがされだした2022年以降の米ドル/日本円レートと日米の実質金利差を比較してみると、以下の図のように非常に相関性(値動きの連動性)が高いことがわかります。ただし、過去の推移では連動性が薄いときもあることに注意が必要です。


為替に振り回されないで!ドル建て投資で知っておくべき知識3選
※リフィニティブのデータより筆者作成

 よく過去の為替を見て、いまは円安だ円高だと主張する方がいます。しかし重要なのは今の為替水準がどんな理由で動き、そしてこれからどう動きそうかを理解することです。

投資なら為替だけでなく株式や債券の値動きも重要になるので、為替の値動きだけにとらわれないようにすることも忘れないようにしましょう。


知っておくべき米ドル建投資2:外貨建て資産の評価を正しく理解する

 外貨建て資産への投資で代表的なものは、投資信託、米国株式、米ドル建て債券などが挙げられます。ここで注意していただきたいことは「外貨建て(例:米ドル)」「資産(例:株式、債券)」は為替とその投資対象となる資産の影響を受けています。


 保有資産の残高を見ると、日本円での評価が記載されているため、きちんとそれぞれ為替と資産がどう動いたのか確認しなければ分かりません。意外かもしれませんが、お客さまと保有資産状況を確認すると、評価額だけを気にする方が多くいます。


 しかし、投資で資産を増やすことを目的としているのですから、当初の運用資産または年初からいくら増減しているかなど一定期間の評価を確認する必要があります。また、保有商品の評価損益は基本的に時価評価(売買した際の譲渡所得の損益)、株式の配当(配当所得)・債券の利息(利子所得)などは含まれていません。


 投資信託なら月次レポートで損益の内容を確認し、米国株式なら為替損益と株価の損益に配当、米ドル建て債券なら為替損益と債券価格(ただし満期には100円に戻るのが基本)に利息を把握しておくことが必要です。


 慣れるまでは大変かもしれませんが、確認する項目は多くはないので一つずつ確認してみましょう。なお、年初に発行される「年間取引報告書」を見ると特定口座での年間取引損益を知ることができます。一般口座やNISAでの取引はまた別で確認しましょう。


知っておくべき米ドル建投資3: 投資だけでなく通貨分散の意味も考える

 最近円安になることによって、私たちの生活にかかる費用も増加してきています。日本のインフレ率は円安が進んだ2022年以降明らかに上昇しており、2022年は2.50%、2023年は3.27%、2024年は2.24%(IMF[国際通貨基金]の推計値)となっています。


 もちろん円安だけがインフレの原因ではありませんが、私たちの生活に密接な原油価格を代表とした化石燃料の価格上昇は光熱費に影響があります。


 また、住居などに利用する資材費の上昇によって賃料や管理費・修繕積立金の増加、輸入する食料品や肥料の値上がりで食費が上がるなど、円安の影響を受けて価格転嫁が進んでいます。企業努力によって抑えられている部分もありますが、それには限界があります。


 以前は外貨建て資産への投資は為替の水準を見て売買する方も多くいらっしゃいましたが、2022年に急激な円安が起きてからはこうした理由から米ドル建て資産を組入れするという方が増えてきました。


 今や日本円という通貨だけで資産を保有することも一つのリスクとなりました。デフレの時代は現金のままで持つという選択肢もありますが、これからは私たちの生活の軸となる日本円と、世界の主軸通貨である米ドルの、通貨分散をすることが大切な資産を守る手段の一つとなってきています。


外貨建て資産への理解は日本人の資産運用には必須

為替への理解を深めて、慌てずに投資を継続しよう

 日本人が投資をするときに購入する商品の多くが外貨建て資産です。投資信託も日本円で売買しますが、上位にラインアップされる商品のほとんどが海外への投資です。


 日興リサーチセンターによると、新NISAが始まった2024年1月にはNISA対象の投資信託で1兆円以上の資金が純流入しています。1兆円以上の純流入がどこまで続くかはまだ分かりませんが、積立投資がメインであることを考えると、どちらにせよ多額の資金で毎月円売りがされていて、日本人の日本円資産が米ドルを中心に外貨建て資産にかわっています。


 米ドルの値動きはさまざまな理由で変動していきますが、投資としてはきちんと投資した商品の値動きを理解する必要があります。それに加えて資産の通貨を分散して保有するという考え方も組み合わせて大切な資産を増やし、守っていきましょう。


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(西崎努)