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著者の愛宕 伸康が解説しています。
「 新たな段階に入ったFRB、不確実性に迷い込んだ日銀~為替を揺らす中央銀行~ 」
FRBは12月に予想通り0.25%利下げ、パウエル議長は新しい段階に入ったと言明
FRB(米連邦準備制度理事会)は17~18日に開催したFOMC(米連邦公開市場委員会)で、予想通り0.25%の利下げを実施しました。パウエル議長は直後の記者会見で、「我々は新しい段階に入った」と述べ、利下げペースを遅くすると明言しました(図表1)。
<図表1 パウエルFRB議長の記者会見における発言>

また、同時に公表された経済見通しでは(図表2)、2025年の物価(PCEデフレーター)見通しが大幅に上方修正されたほか、ターミナルレート(利下げの最終到達点)を意味する政策金利の長期(Longer-run)見通しが、これまでの2.9%から3.0%に上振れました。
<図表2 12月FOMCで公表された経済見通し>

2025年の物価(PCEデフレーター)見通しが大きく上振れた背景には、トランプ新政権による経済政策の影響を加味した参加者がいることを、パウエル議長が記者会見で明らかにしています。従って、この中央値は今後も動く可能性が高いと思われます。
また、図表2には掲載していませんが、政策金利の長期見通しの範囲(Central Tendency)は2.8~3.6%となっており、その中央値が図表2に示した3.0%ということは、中立金利を3%超とみる参加者が少数派であることを示唆しています。
しかし、市場では中立金利を3.5%程度と見る向きが多く、政策金利の長期見通しは、今後上方修正される可能性が高いとみています。そうなれば、この先のトータルの利下げ回数は減ることになります。
政策金利のドットチャートは来年2回の利下げを示唆
そして、注目された政策金利のドットチャートですが(図表3)、先週のレポートで2025年中の利下げ回数が2回に減れば、市場が長期金利上昇・ドル高で反応するかもしれないと指摘していた通りの結果になりました。
<図表3 政策金利のドットチャート>

図表3右図の今回のドットチャートを見ると、まず驚いたのは2024年末の現状維持(4.6%の位置)に四つもドットがあることですが、ともかく中央値は4.4%から2025年末の3.9%へ、0.25%の利下げ2回分低下したことが確認できます。
その2回の利下げがいつ行われるかは、パウエル議長が記者会見で述べた通り、インフレ率などのデータを見極めながら慎重に決定されることになります。ちなみに、金利先物が織り込む利下げ確率を見ると、12月23日現在、1月FOMCは現状維持93.6%、3月FOMCも現状維持56.2%となっています。
日銀は12月MPMで現状維持を決定~田村審議委員が利上げ提案~
一方、日本銀行は、18~19日に開催した12月金融政策決定会合(MPM)で、大方の予想通り現状維持を決定しました。植田和男総裁は記者会見で「利上げ判断にはもうワンノッチほしい」と述べ、来年の春闘と米新政権の経済政策を見定めたい意向を示しました(図表4)。
<図表4 植田総裁が記者会見で述べた現状維持の理由>

なお、田村直樹審議委員が、経済・物価が見通しに沿って推移する中、物価上振れリスクが膨らんでいるとして、0.25%利上げの議案を提出し、否決されました。ただ、この田村委員の議案提出は、二つの意味で大きかったとみています。
一つは、日銀と市場の考え方に大きな齟齬がないことが確認できた点です。先週のレポートで、ブルームバーグが今月実施したアンケート調査で、回答したエコノミストの86%が経済・物価情勢は12月利上げを正当化すると考えていることを紹介しました。田村委員の利上げ提案は、そうした見方が政策委員会の議論からズレていないことを示したと言えます。
もう一つは、近いうちに利上げがあるかもしれないという市場の見方を、ある程度つなぎとめることができた点です。植田総裁の先行きに関する慎重な言い回しは、1月利上げの織り込みを低下させ、為替を大きく円安に振れさせましたが、政策委員会がそうした慎重姿勢で一枚岩ではないことを、田村委員の議案提出が明確に示したことになります。
不確実性に迷い込んだ日銀~ドル/円相場の三段落ち~
上述した通り、日本時間19日午前4時に判明した12月FOMCの結果(強いドットチャート)、19日12時ごろに判明した12月MPMの結果(現状維持)、15時30分からの植田総裁記者会見を受けて、ドル/円相場は3段落ちとなり、1ドル153円台から1ドル157円台まで、3円を超える円安となりました(図表5)。
<図表5 18日から19日にかけてのドル/円相場(5分足)>

特に、植田総裁の記者会見は、1月利上げを示唆するのではとみていた市場の予想に反し、かなりハト派的な内容であったため(図表6)、ドル/円相場は会見が進むにつれて2円程度円安に振れる展開となりました。
<図表6 植田総裁が記者会見で述べた金融政策の先行き>

図表6に示した記者会見の内容を踏まえると、1月利上げの可能性はかなり低くなったと考えざるを得ず、早くても来年春闘の第1回回答集計結果が連合から出た後の3月MPM(18~19日)か、あるいはトランプ新政権の政策次第ではそれ以降との印象を受けます。
利上げが早まるとすれば、為替が再び1ドル160円を超える円安となり、それに背中を押されるという7月のようなパターンがあり得ますが、いずれにせよ、利上げに向けたコミュニケーションの再構築があるのかどうか、12月25日の植田総裁講演、1月14日の氷見野良三副総裁講演に注目することにしましょう。
為替を揺らす日米中央銀行~2024年ドル/円相場の振り返り~
さて、今年最後のレポートということもありますので、2024年のドル/円相場を振り返ってみたいと思います。図表7には、今年に入ってからのドル/円相場(青線)、米国の10年金利(赤線)、日米金利差(10年金利、緑線)を示しています。
<図表7 2024年のドル/円相場>

図表を見ると、改めてドル/円相場と米国の長期金利、あるいは日米金利差との相関が高いことが分かります。図表では、ドル/円相場と米国10年金利が直接比較できるように縦軸を調整していますが、相関の強さは日米金利差で見てもほとんど変わりません。
長期金利は、金融政策だけでなく、景気やインフレなどによって変動します。特に、今年前半は、米景気の上振れおよびインフレ高止まりを受けてFRBの利下げ観測が後ずれし、米国長期金利が上昇したため日米金利差が拡大し、円安が進行しました。
秋以降も、米景気やインフレ動向に従って変動する米長期金利にきれいに連動するかたちでドル/円相場は推移していますが、その間、すなわち6月から7月にかけて、ドル/円がピークを付けるタイミングで一時的に相関が崩れた期間があります(図中シャドーの部分)。その時、いったい何が起きていたのでしょうか。
当時の背景をまとめたものが図表8になります。これを見ると、特に何かのイベントに反応したわけではないことが分かります。米国の長期金利が多少低下したところで日米金利差が開いた状態は変わらないという雰囲気がまん延し、米国長期金利の低下には反応しないが上昇には反応するという、ある種特異な状況が現出していました。
市場でよく言うセンチメントというやつかもしれません。株式市場でもそうですが、相場がオーバーシュートするときは、えてしてセンチメントが片方に傾いているものです。今年の6~7月は、そうした「円安傾向は崩れない」というセンチメントを、日米中央銀行の政策運営姿勢が醸成した可能性があります。
このように、今年は中央銀行が為替を揺らした1年だったわけですが、政治情勢や地政学リスクなど一段と不確実性が高まる2025年は、新たな段階に入ったFRBと不確実性に迷い込んだ日銀が、もっと為替を揺らすことになるかもしれません。
<図表8 2024年6月~7月の米国長期金利とドル/円相場を動かした背景> 2024 米10年金利
(%) 背景 2024 ドル円
相場
(円/ドル) 背景 6/11 4.404 欧州議会選で極右が勢力拡大。マクロン仏大統領が下院解散発表。欧州金利上昇し米国債に波及。 6/12 156.72 11日の米長期金利低下を受けて、日米金利差縮小を見込んだ円買い。 6/12 4.316 5月CPIが市場予想を下回り債券買い。もっとも、6月FOMCは予想通り現状維持も、ドットチャートで24年中利下げ回数減り、FRB利下げ慎重との受け止め。 6/13 157.03 6月FOMCの結果を受けてFRBが利下げに慎重との見方が材料視され、日米金利差は大きく開いた状態が続くとして円売り優勢。 6/13 4.244 5月PPIが市場予想を下回り、前日のCPIとあわせFRB利下げ転換期待再燃から長期金利低下。 6/14 157.40 6月MPM現状維持、7月から国債買い入れ減額決定。日米金利差を意識した円売り。 6/14 4.221 ミシガン大学の6月消費者態度指数低調。
(愛宕 伸康)