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著者の愛宕 伸康が解説しています。

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「 米CPIショック、本当に怖いのは今年後半? 」


米国の1月消費者物価が予想比上振れ~CPIショック?~

 2月12日に発表された米国の1月CPI(消費者物価指数)が前月比0.5%となり(図表1)、市場予想の0.3%を大きく上回ったことから長期金利が上昇。市場ではCPIショックとの声も聞かれました。


図表1 米国の消費者物価指数
米CPIショック、本当に怖いのは今年後半?日本ではデフレ脱却宣言が見えてきた!(愛宕伸康)
注:季節調整済み
出所:米BLS、楽天証券経済研究所作成

 米国で物価上振れリスクが高まっていることは、このレポートでも折に触れ述べてきましたのでサプライズではありませんでしたが、今一度冷静にデータを見る必要がありそうです。


 というのも、2月17日にFRB(米連邦準備制度理事会)のウォラー理事が講演し、「ここ数年、米国のCPIには年初に高い伸びが出る傾向があり、季節変動を完全に補正できていない可能性がある。今回の結果の解釈を慎重に検討している」と、興味深い発言をしました。


 もしそれが事実で、今後、昨年と同じように前月比が落ち着いていくとすれば、今年後半にかけて前年比プラス幅が縮小し、ウォラー理事が述べる通り、「今年のどこかの時点で利下げが適切になる」かもしれません。しかし、本当にそうなるでしょうか。


引き締まる米国の需給バランスと上振れるインフレ期待

 大きな流れを見誤らないためには、やはりマクロ経済の需給環境を押さえておく必要があります。現在の米国のGDP(国内総生産)ギャップはプラス1.8%で、マクロ経済の需給バランスはかなり引き締まった状況になっています(図表2)。


図表2 米国の潜在成長率とGDPギャップ
米CPIショック、本当に怖いのは今年後半?日本ではデフレ脱却宣言が見えてきた!(愛宕伸康)
出所:米CBO、楽天証券経済研究所作成

 また、今後、製造業の景況感が改善していけば、川上物価である輸入物価、川中物価である生産者物価は上昇幅をさらに拡大させていく可能性があります(図表3)。


図表3 ISM製造業景況感指数と米国の輸入物価、生産者物価
米CPIショック、本当に怖いのは今年後半?日本ではデフレ脱却宣言が見えてきた!(愛宕伸康)
出所:米BLS、Bloomberg、楽天証券経済研究所作成

 市場のインフレ期待であるブレークイーブンインフレ率を見ると(図表4)、新型コロナ終息後は2%台前半から半ばで推移してきましたが、足元が上振れつつあります。


図表4 米国のブレークイーブンインフレ率
米CPIショック、本当に怖いのは今年後半?日本ではデフレ脱却宣言が見えてきた!(愛宕伸康)
出所:Bloomberg、楽天証券経済研究所作成

米国のCPIショック、本当に怖いのは今年後半?

 こうしたマクロ経済環境を踏まえると、物価上振れリスクは高いとみておくべきでしょう。


 昨年9月、FRBが0.5%の利下げに踏み切った際、利下げ幅が大きすぎるとして反対票を投じたボーマン理事も17日の講演で、地政学やグローバルサプライチェーンの影響、強い労働市場、大統領選挙によって抑制されていたペントアップ需要などを踏まえると、インフレリスクの方が大きいと指摘しています。


 そこで、CPIの先行きに関する簡単な試算をしてみました。

1月の消費者物価の前月比は、ウォラー理事が指摘する通り、季節調整の問題があるかもしれませんし、小売売上高を前月比マイナス0.9%まで下振らせた寒波やロサンゼルスの山火事の影響もあるかもしれません。従って、ここ半年の前月比の平均値を使います。


 図表5に示した通り、CPI(食品およびエネルギー除く)の最近6カ月の前月比は平均0.30%、そのうち財は0.08%、サービスは0.37%です。


図表5 米消費者物価指数の指数推移
米CPIショック、本当に怖いのは今年後半?日本ではデフレ脱却宣言が見えてきた!(愛宕伸康)
注:季節調整済み
出所:米BLS、楽天証券経済研究所作成

 この前月比の平均値を使って先行きを延ばし、改めて前年比を計算した結果が図表6になります。これを見ると、今後しばらく前年比プラス幅は縮小しますが、今年の後半にかけて再び拡大していく姿になります。


図表6  米消費者物価指数の先行き
米CPIショック、本当に怖いのは今年後半?日本ではデフレ脱却宣言が見えてきた!(愛宕伸康)
出所:米BLS、楽天証券経済研究所作成

 もちろん、前月比が過去半年のペースよりも低下していけば、前年比プラス幅は縮小していくと考えられますが、景気が大幅に減速するか、輸入物価が大きく低下でもしない限り、今年中に2%に収束していくのは厳しいと考えられます。


 いずれにせよ、今後数カ月は計算上前年比プラス幅が縮小していく蓋然(がいぜん)性が高いと考えられるため、CPIがサプライズになることはしばらくないとみていますが、本当に怖いのは製造業の回復が明確になると予想される今年後半にかけてかもしれません。


日本の2024年10-12月期実質GDPは予想以上に強い結果

 一方、日本のマクロ統計に目を転じると、2月17日に内閣府が発表した2024年10-12月期実質GDP(1次速報値)が前期比0.7%(前期比年率2.8%)と、予想以上に堅調な結果になりました。


 GDP統計の場合、前期比で見るより前年比で見た方がイメージをつかみやすいため、図表7にGDP(実質、名目)の前年比を示しています。これを見ると、2024年10-12月期は実質GDPが1.2%、名目GDPが4.1%と、いずれもしっかりした伸びとなっています。


図表7 日本のGDP
米CPIショック、本当に怖いのは今年後半?日本ではデフレ脱却宣言が見えてきた!(愛宕伸康)
注:シャドーは景気後退期
出所:内閣府、楽天証券経済研究所作成

 今回のGDP統計で筆者が特に注目したのは、名目雇用者報酬(労働を提供した人が受け取る報酬の総額)です。賃金と支出の好循環が機能するためにはこれが伸びる必要がありますが、結果は前年比5.8%(図表8)。1991年10-12月期(前年比6.0%)以来の高い伸びとなりました。


図表8 名目雇用者報酬
米CPIショック、本当に怖いのは今年後半?日本ではデフレ脱却宣言が見えてきた!(愛宕伸康)
注:シャドーは景気後退期
出所:内閣府、楽天証券経済研究所作成

ユニット・レーバー・コスト(ULC)とGDPデフレーター

 この結果、名目雇用者報酬を実質GDPで割って算出するユニット・レーバー・コスト(ULC:単位労働費用)も前年比4.2%という高い伸びとなりました(図表9)。


 図表9にはGDPデフレーターの前年比も掲載しています。これは、詳しい説明は割愛しますが、労働分配率が一定なら、GDPデフレーターとULCの伸びが同じになるという関係があるからです。グラフからGDPデフレーターの伸びも高いことが確認できます。


図表9 ユニット・レーバー・コストとGDPデフレーター
米CPIショック、本当に怖いのは今年後半?日本ではデフレ脱却宣言が見えてきた!(愛宕伸康)
注:いずれも原系列前年比
出所:内閣府、楽天証券経済研究所作成

GDPギャップもようやくプラスに浮上

 今回、10-12月期の実質GDPが前月比0.7%(前期比年率2.8%)となったことにより、このまま2次速報で下方修正されなければ、内閣府推計のGDPギャップは0.1%程度のプラスになると見込まれます(図表10)。


図表10 GDPギャップ(内閣府)と需給ギャップ(日本銀行)
米CPIショック、本当に怖いのは今年後半?日本ではデフレ脱却宣言が見えてきた!(愛宕伸康)
出所:内閣府、日本銀行、楽天証券経済研究所作成

 図表10には、内閣府の潜在成長率(前期比年率0.5%)を横ばいと仮定して計算した2025年中のGDPギャップも青色の点線で示しています。結果は、2024年10-12月期に0.1%とプラスに転じた後、0.2%→0.3%→0.4%と着実にプラス幅を拡大していくことが見込まれます。


 このように、政府がデフレ脱却を判定する際に重視する4指標(消費者物価、GDPデフレーター、GDPギャップ、ユニット・レーバー・コスト)のうち、唯一マイナスだったGDPギャップがプラスに転じる可能性が高まる中で、いよいよ政府のデフレ脱却宣言が見えてきたと言えそうです。


(愛宕 伸康)

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