トランプ関税が物価に転嫁されればインフレ。転嫁されなければインフレにならない代わりに企業収益が圧迫されます。

4月の米生産者物価は「貿易サービス」の急落で低下しました。貿易サービスとは企業マージンのこと。米企業はトランプ関税をマージン圧縮で吸収しています。その傾向は日本でも。乗用車の北米向け輸出価格が急落しています。


トランプ関税の影響は企業がマージン圧縮で吸収するからインフレ...の画像はこちら >>

※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の愛宕 伸康が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 トランプ関税の影響は、企業がマージン圧縮で吸収するからインフレは起きない? 」


米中共同声明後の米国の平均実効関税率は17.83%

 先週のレポートで米エール大学予算研究所が算出する米国の平均実効関税率を紹介しましたが、米中両政府による5月12日の共同声明(相互に課した追加関税を115%引き下げ)を受けて数字が修正されましたので、改めて見ておくことにしましょう(図表1)。


 なお、少し混乱しやすいので断っておきますと、平均実効関税率は英語でthe average effective tariff rateなので、本稿では日本の税関が公表している「実行関税率表」の「実行」ではなく、「実効」を表記に使っています。


 新たな米国の平均実効関税率は、輸入構造が変化しないケースで17.83%(図中①)、関税引き上げで変化するケースで16.38%(図中②)と、依然として第2次世界大戦前と同程度の高い水準を維持する結果となっています。


<図表1 米国の平均実効関税率(the average effective US tariff rate)>


トランプ関税の影響は企業がマージン圧縮で吸収するからインフレは起きない?(愛宕伸康)
(出所)米エール大学予算研究所ほか各種資料、楽天証券経済研究所作成

 この結果、米エール大学予算研究所では、消費者物価を短期的に1.7%ポイント押し上げ、2025年第4四半期の実質国内総生産(GDP)前年比を0.7%ポイント押し下げ、失業率は2025年末までに0.35%ポイント上昇し、雇用者数は45万6,000人減少するとしています。


トランプ関税は企業がマージン圧縮で吸収する~4月米生産者物価の示唆~

 米エール大学の試算はあくまでモデル上の解であり、実際にそうなるかどうかは物価や雇用などのハードデータを見て確認していくしかありませんが、そろそろ物価のデータには関税引き上げの影響が出始めているようです。


 まず、5月15日に発表された米国の4月生産者物価指数(PPI)。

前月比がマイナス0.5%と3月のゼロ%から急落となり、前年比は2.4%と3月から1%ポイント伸び率を縮小させました(図表2)。


<図表2 米国の生産者物価指数>


トランプ関税の影響は企業がマージン圧縮で吸収するからインフレは起きない?(愛宕伸康)
(出所)米BLS、楽天証券経済研究所作成

 関税が引き上げられたのに物価は下がっているじゃないかと、怪訝(けげん)に思われた方も多いでしょう。なぜ生産者物価が急落したのか。実は、これには大きなカラクリがあります。


 図表3の左図がPPIの前年比を財とサービスに分けたグラフですが、4月の下落はひとえにサービスの下落によるものであることが分かります。


<図表3 財・サービス別の米生産者物価と4月「サービス」前月比の寄与度分解>


トランプ関税の影響は企業がマージン圧縮で吸収するからインフレは起きない?(愛宕伸康)
(出所)米BLS、楽天証券経済研究所作成

 では、そのサービス価格が急落したのはなぜか。右の棒グラフがその寄与度分解を示していますが、4月の前月比マイナス0.7%のうち、「貿易サービス」の下落分がマイナス0.50%ポイントとそのほとんどを占めています。


 この貿易サービスとは何かというと、貿易によって卸売業者や小売業者が受け取るマージンのことで、それが4月は大きく低下したため、PPI全体を押し下げたというわけです。つまり、関税引き上げ分を卸売業者や小売業者が吸収したことを示しており、実際、5月13日に発表された4月消費者物価指数は前年比2.3%と、3月の2.4%から伸びが拡大しませんでした。


 これから得られる重要な示唆は、(1)トランプ関税による影響は企業段階で吸収され、最終消費段階の物価である消費者物価まで大きく波及することはなく、(2)従ってインフレ高伸で消費が抑制されるというより、企業収益の圧迫を通じた設備投資や雇用への悪影響が大きくなり、(3)FRB(米連邦準備制度理事会)はインフレ上振れを気にせず利下げが実施できる、ということになります。


日本の自動車メーカーもトランプ関税をマージンで吸収

 実は、トランプ関税の影響を企業がマージンを圧縮することにより吸収するという動きは、日本でも見られています。図表4は日本銀行が作成する輸出物価指数のうち、「乗用車」の北米向けと除く北米向けの輸出価格の推移です。


<図表4 日本の乗用車の北米向け輸出価格>


トランプ関税の影響は企業がマージン圧縮で吸収するからインフレは起きない?(愛宕伸康)
(出所)日本銀行、楽天証券経済研究所作成

 これを見ると、除く北米向け乗用車価格が4月に前月比0.2%と、前月からほぼ変わらなかったのに対し、北米向け乗用車価格は前月比マイナス4.6%と急落しています。これは、日本の自動車メーカーがトランプ関税の影響を輸出価格の段階で吸収していることを示唆しています。


 こうした動きが今後も続けば、乗用車の米国向け輸出量は大きく減少しない代わりに、日本の自動車メーカーの収益を圧迫することにつながり、ひいては国内生産における原価低減→賃金抑制という悪い流れに発展しかねないため、注意が必要です。


 もっと言うと、自動車メーカーに限らず、日本の輸出企業全般にわたってトランプ関税をマージンの圧縮で吸収する動きが広範化すれば、交易条件の悪化→原価低減・賃金低下→消費停滞→景気悪化・デフレという、1990年代後半からの「失われた20年」で見られた悪循環が頭をもたげることになります。


 ただ、現在と「失われた20年」との大きな違いは、人手不足によって賃金抑制が困難になっている点です。賃金抑制以外に収益確保策があるのか。そもそも価格支配力のある付加価値の高い製品を生産していればそんな憂き目に遭うことはないのですが、図表4は少し心配な動きではあります。


(愛宕 伸康)

編集部おすすめ