日本の消費者物価が強含んでいます。背景は米類などの価格高騰を背景とする食料価格の上昇。

小泉進次郎農相は「5キロ2,000円」にコミットし、備蓄米の放出手法改善に取り組んでいます。この小泉流インフレターゲットが奏功すれば、強含んだ消費者物価も幾分落ち着くと期待されます。消費者物価のトレンド分析と合わせ解説します。


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著者の愛宕 伸康が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 小泉流インフレターゲットで米価抑制~消費者物価トレンド2%も下振れへ~ 」


消費者物価のトレンドは2%に~「リードグループ」と「アンカーグループ」~

 物価上昇のモメンタムが強まっています。5月23日に発表された4月の全国消費者物価指数は(図表1)、生鮮食品除く総合指数が前年比3.5%と、3月から0.3%ポイント上昇幅が拡大しました。生鮮食品およびエネルギー除く総合指数も1年2カ月ぶりに3%台に乗せました。


<図表1 全国消費者物価指数>
小泉流インフレターゲットで米価抑制~消費者物価トレンド2%も下振れへ~(愛宕伸康)
(注)消費税調整済み。(出所)総務省、楽天証券経済研究所作成

  昨年9月4日のレポート で、消費者物価指数のトレンドを、景気に反応して変動しやすい品目を集めた「リードグループ」、制度的あるいは統計的な背景によって変動しにくい品目を集めた「アンカーグループ」に分けて分析しました(図表2)。


<図表2 消費者物価の「リードグループ」と「アンカーグループ」(昨年9月4日)>
小泉流インフレターゲットで米価抑制~消費者物価トレンド2%も下振れへ~(愛宕伸康)
(注)凡例の( )内はウエート。「光熱・水道」、「ガソリン」除く。消費税、教育費無償化、通信料引き下げ措置を調整済み。(出所)総務省、楽天証券経済研究所作成

 図表2には、前年比の伸び率が2%、1.5%、1%になるトレンドラインも点線で示していますが、これを見ると新型コロナ以降、「リードグループ」が2%トレンドにジャンプし、生鮮食品およびエネルギー除く総合指数を1.5%トレンドにけん引している姿が確認できます。


 この図表2を半年ぶりにアップデートしたものが図表3になります。「リードグループ」が3%トレンドに、「アンカーグループ」が1%トレンドに上振れ、生鮮食品およびエネルギー除く総合指数も2%トレンドに乗ったことが見て取れます。


<図表3 消費者物価の「リードグループ」と「アンカーグループ」>
小泉流インフレターゲットで米価抑制~消費者物価トレンド2%も下振れへ~(愛宕伸康)
(注)凡例の( )内はウエート。「光熱・水道」、「ガソリン」除く。消費税、教育費無償化、通信料引き下げ措置を調整済み。(出所)総務省、楽天証券経済研究所作成

 しかし、こうした状況が今後も続くかというと、筆者はそうみていません。少なくとも「リードグループ」の3%トレンドは持続可能ではないと考えています。背景は、端的に言えば「米類」や「生鮮食品」の先行きです。


「生鮮食品を除く食料」に偏重した今のインフレは持続しない

 まず、今のインフレが何によって発生しているのか、少し長い目で振り返っておきましょう。図表4を見てください。1980年以降の消費者物価指数(CPI)(生鮮食品除く総合)の前年比を、10大費目で寄与度分解したグラフです。


<図表4 消費者物価(生鮮食品除く総合)前年比の寄与度分解>
小泉流インフレターゲットで米価抑制~消費者物価トレンド2%も下振れへ~(愛宕伸康)
(出所)総務省、楽天証券経済研究所作成

 これを見ると、新型コロナ以降、寄与度の大半を「生鮮食品を除く食料」が占めていることが分かります。同じく高インフレが発生していた1980年代前半ごろは、「住居」や「交通・通信」など他の費目もプラスに大きく寄与しており、その違いが一目瞭然です。


 ちなみに、CPI(生鮮食品除く総合)の前年比が3.5%となった2025年4月は「生鮮食品を除く食料」の寄与度が1.8%と全体の5割を占めるのに対し、例えば前年比3.4%の1982年3月を見ると、「生鮮食品を除く食料」の寄与度は0.7%、全体の2割程度にしかすぎません。


 こうした「生鮮食品を除く食料」に偏重した近年のインフレは持続しないとみています。もちろん「生鮮食品を除く食料」の寄与度がゼロとかマイナスになるということは、人件費の高まりなどを考えると考えにくいとはいえ、今の上昇ペースは消費者の負担が重過ぎます。


小泉進次郎農相の米価抑制策はまさにインフレターゲットの手法!

 その近年の「生鮮食品を除く食料」を押し上げているのが、「米類」や「生鮮食品」の価格高騰や(図表5)、人件費の高まりであり、特に米価については国を挙げてその抑制に取り組んでいます。


<図表5 消費者物価の「米類」、「生鮮食品」、「生鮮食品除く食料」>
小泉流インフレターゲットで米価抑制~消費者物価トレンド2%も下振れへ~(愛宕伸康)
(注)「生鮮食品を除く食料(米類除く)」は、公表ベースの「生鮮食品を除く食料」から「米類」を除いたもの。消費税調整済み。(出所)総務省、楽天証券経済研究所作成

 5月21日に就任した小泉進次郎農相は、23日に6月上旬にも「5キロ2,000円を実現できる」と踏み込んだ発言をして退路を断ち、26日には農水省事務次官をトップとする500人規模の集中対応チームを発足させ、「5キロ2,000円」に向けて取り組む姿勢を強調しました。


 1年かけて前年比98.4%まで上昇した「米類」の価格を、2カ月で5キロ2,000円、つまり6月の前年比をほぼゼロ%にするというわけですから、それがどれほどハードルの高いことかは図表5を見れば明らかです。

しかし、今回の小泉農相の手法、どこかで見たような…。


 そう、インフレターゲットの手法とよく似ています。金融政策のインフレターゲットとは、もともと高インフレに対応するためにニュージーランド準備銀行が始めた手法ですが、中央銀行が物価水準に目標を立てて強くコミットするのが特徴です。今回小泉農相がとった手法も、「5キロ2,000円」との目標を設定して強くコミットしています。


 小泉農相がインフレターゲットを意識したかどうかは分かりませんが、備蓄米の放出手法を随意契約に改め、小売業者に直接放出する仕組みに転換したことと合わせ、価格抑制策としては極めて合理的なやり方と言えます。2カ月で「5キロ2,000円」が実現するかどうかはともかく、米価抑制にはかなり効果を発揮するのではないかと期待が持てます。


「物価安定の目標」2%も「5キロ2,000円」も「それが実現しなければ失敗」ではない

 これまでこのレポートでも何度も述べてきましたが、「米類」や「生鮮食品」の価格高騰は、それが単発のものであれば外食など「生鮮食品を除く食料(米類除く)」の価格にそれほど影響しませんが、価格高騰が持続すればそれを販売価格に転嫁する動きが強まり、「生鮮食品を除く食料(米類除く)」の価格も上昇します。


 従って、今後「米類」の価格が落ち着いていけば、図表4で見た「生鮮食品を除く食料」の寄与度も小さくなっていき、ひいては図表3の「リードグループ」の上昇ペースも3%トレンドから下振れ、その結果、CPI(生鮮食品およびエネルギー除く)のトレンドも2%ラインから多少下振れることになると予想しています。


 しかし、そもそもインフレターゲットとは、ピンポイントで目標値に合わせに行くという厳格なルールではありません。あくまで「物価安定」を維持するための手法であって、消費者物価上昇率が2%で推移しなければ日本銀行の金融政策は失敗だ、というようなものではないのです。2%でなくても物価が安定すれば金融政策運営は適切に運営されていると言えます。


 そういう目線で見れば、仮に6月に「5キロ2,000円」が実現しなくても、米価が現在の高値から下落に転じ、例えば3,000円台に落ち着いたとするなら政策としては十分成功したと言えるわけで、それで小泉農相の責任を問うというのはナンセンスと言わざるを得ません。


 そんなことを言うなら、黒田東彦元総裁は?植田和男総裁は?という話になってしまいます。そもそも物価安定は日銀の仕事ですし。


(愛宕 伸康)

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