約1年半ぶりに香港を再訪しました。香港の景気は総じて低迷しており、そこには、「中国版デフレ」の影響も少なからず垣間見えました。

国際金融センター、アジアのビジネスハブとしての香港はどこへ向かうのか。ヒト、マネー、ブランドにおける「中国」の影響力と浸透力を考察しつつ、街中を歩いてきました。


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1年半ぶりの香港を歩く。全体的に景気は後退、減速、低迷の様相

 現在、香港島の一角で本稿を執筆しています。


 香港は私にとって、2018年から2020年にかけて仕事で滞在した「古巣」であり、かつ中国研究を仕事にする人間として、常に「中国観察」(チャイナウオッチ)の重要拠点と認識してきました。今回は、約1年半ぶりの訪問となります。


 今回もいつも通り、香港島を拠点に、中国大陸側に位置する九龍半島や、香港に来る際には、定点観測として必ず訪れるラマ島(香港島のセントラルからフェリーで30分弱)を巡り、現地の方々の話を聞きながら、香港の現状と行方に思索を膨らませてきました。


 まず全体的な印象ですが、景気はかなり落ち込んでいるなと感じました。香港島、九龍それぞれを代表する繁華街である銅鑼湾(コーズウェイベイ)、尖沙咀(チムサーチョイ)では、コロナ禍前と比べても、明らかに観光客が減っていて、以前は中国人観光客に向けに道端で営業していた飲食やお土産など小さめのショップの多くが閉店していました。


 ラマ島では、フェリー乗り場から、その反対側にあるビーチへの散策道といったインフラを含め、かなり再開発が進んでいました。


 一方、毎回必ず訪れる、フェリー乗り場から近く、この島を訪れる観光客を狙う海鮮レストランの店主に話を聞くと、「(1)そもそも中国人観光客の総量が減っている」「(2)中国人観光客も以前ほど消費をしない」「(3)香港市民による訪問や消費はより顕著に影を潜めている」とのことでした。私もラマ島を歩きながら、同様の感覚を抱きました。


 現地の人々に話を聞くために、香港島中心地にある湾仔、西部にあるケネディタウンなどでお洒落なバーを探しましたが、以前と比べて「なかなか見つからないな」という感覚に陥りました。もちろん、バーが全くないわけではなく、中環(セントラル)を中心に、お洒落なバーが密集するエリアはたくさんありますし、打ち合わせに使えるカフェも至る所に散見されます。


 香港はやはり中心地、繁華街を中心に、極めてコンパクトかつ効率的で、その人種や言語の多様性、地理的条件、インフラの充実度や社会・市民の成熟度という観点からみても、アジアを代表するビジネスハブであり、金融センターという状況に、基本的に変わりはない(少なくとも現時点では)と改めて思った次第です。


中国本土「内巻式競争」=「中国版デフレ」の影響か?

 ここで、香港政府が発表している経済統計をいくつかのぞき込んでみましょう。


 2025年4-6月期の国内総生産(GDP)実質成長率は3.1%増で、1-3月期からは横ばいでした。失業率は5~7月、3.7%となり、4~6月の3.5%から上昇、消費者物価指数(CPI)は7月、1%の上昇、小売売上高は6月、0.7%増(5月は昨年2月以来のプラスで、2.4%増を記録)でした(数値はいずれも前年同期比、あるいは前年同月比)。


 人口が750万人しかいない香港の経済、特に内需にとって極めて重要な観光客の数を見ると、2024年は延べ4,450万2787人で、前年比31%増でしたが、コロナ禍前の2019年と比べると依然として2割下回っている状況です。


 これらの数値をどう理解するかに関しては、評価や分析が分かれるところだと思いますが、現地の政府、市場関係者や一般市民へのヒアリングを総括すると、以下のようになります。


●コロナ禍以降、景気は全体的に落ち込んでいる
●職に就けない若者が増えている
●香港を離れる香港人や外国人が増え、香港への観光客が減る中、店舗をたたまざるをえない企業が増え、消費の低迷に拍車をかけている
●米中対立やトランプ関税といったリスクが、景気の不透明感を強めている


 といったところでしょうか。そして、今回の香港再訪中、随所で耳にしたのが、香港経済がいかに中国経済の影響を受けているかという視点です。


 本連載でも適宜検証してきたように、昨今の中国経済は、(1)不動産不況、(2)デフレスパイラル、(3)需要不足という「三重苦」に直面しています。その過程で、価格やサービスの品質などを過剰に下げることで、経済全体が疲弊する「内巻式競争」(内部での過当競争や消耗戦)がまん延し、習近平氏を含めた党・政府指導部の警戒心をあおっていると指摘してきました。


 中国本土でまん延する「内巻」(ネイジュエン)が香港経済にも一定程度打撃を与えているというのが現状だと、今回の香港視察で感じました。

悪循環は双方向に作用していました。一つは、中国の景気が悪く人々が消費を控えるから、そもそも香港に来ず、来ても消費をあまりしないというベクトル。


 もう一つは、経済がデフレ基調で進行する状況下、香港市民にとって、隣接する深セン市に赴いて消費をする方がよっぽど安いというベクトルです。若者を中心に、多くの香港人は週末などに、高速鉄道に乗って日帰りで深センを訪れ楽しむようになっています。


香港出張レポート:街中で景気後退を実感。「中国版デフレ」の影響も?
写真:加藤 嘉一

 


 香港経済の行方は中国経済次第。


 そうした実態、現状、構造の一端を垣間見た気がしました。


香港における「中国」の影響力に注目

 今回の香港再訪では、「中国」の影響力が香港社会にどの程度浸透しているのかという問題意識を持って考察を進めました。


 それでいうと、まず香港国際空港に降り立ち、入国審査を済ませて出口から出ると、ファーウェイの大きな広告が目に飛び込んできました。ファーウェイのスマートフォン、PC、スマートウオッチの広告は、地下鉄のホームを含め、街の至る所に見られました。


香港出張レポート:街中で景気後退を実感。「中国版デフレ」の影響も?
写真:加藤 嘉一

 印象的だったのが、近年「免税政策」を進め、外からの観光客誘致に余念がない海南島への渡航や観光を促す広告が、空港、地下鉄、バスやトラムなど至る所で見られた点です。


 実際、香港市民にどれだけ響いているかは定かではありませんが、一つ確実にいえるのは、中国政府として、香港と中国本土の間のヒトやカネの往来、サービスやビジネスの融合、状況や分野次第では、ルールやライセンスの統合を推し進めることで、香港経済・社会・市民に恩恵を与え、香港を政治的に「グリップ」したいという点だと思います。


 そして、私が近年とても注目している電気自動車・電池大手BYDの動向です。


香港出張レポート:街中で景気後退を実感。「中国版デフレ」の影響も?
写真:加藤 嘉一

 トヨタをはじめとする日本車、米テスラ、ドイツのメルセデス・ベンツBMWと比べればまだまだですが、BYDの車両も街中で徐々に見られるようになっていますし、香港島の湾仔には、BYDのディーラーが立ち並んでいました。


 また、BYDだけではなく、小鵬(シャオペン)など新興の中国自動車メーカーが、テスラやロールスロイスに引けを取らないアピールをするなど、「中国車はBYDだけではない」という雰囲気を醸し出していました。


 今回話を聞いた香港政府の幹部は「BYDが香港進出に向けて勢いを増してきたのはコロナ禍以降、まさにここ数年だ。これから間違いなく普及度を拡大していくだろう」と話していました。


 ヒトの移住、マネーの流入を含め、香港における「中国」の影響力と浸透力を従来以上に注視することで、香港経済の行方を見守っていく必要があると今回の再訪を通じて思いました。


(加藤 嘉一)

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