1月消費者物価の前年比が3年10カ月ぶりに日本銀行が目指す「物価安定の目標」2%を下回りました。このままどんどん伸びが縮小していくのでしょうか。
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著者の愛宕 伸康が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 タイトな雇用環境と積極財政、物価高対策によるCPI下振れは一時的 」
1月消費者物価指数の伸びが3年10カ月ぶりに「物価安定の目標」2%を下回る
1月の消費者物価指数が、3年10カ月ぶりに日本銀行が目指す「物価安定の目標」2%を下回りました。
20日に総務省が発表した1月の全国消費者物価指数(CPI)を見ると(図表1)、総合が前年比1.5%と昨年12月の2.1%から大幅に伸びを縮めたほか、生鮮食品を除く総合(コアCPI)は2.0%と12月から0.4%ポイント、生鮮食品およびエネルギーを除く総合(コアコアCPI)は2.6%と12月から0.3%ポイント、それぞれ伸びを縮小させました。
<図表1 全国消費者物価指数の前年比>
昨年末のガソリン税の旧暫定税率廃止などで「エネルギー」が前年比マイナス5.2%下落したほか、「生鮮食品」も前年比マイナス6.9%の下落、上昇が続く「米類」も1月は前年比27.9%と、前月の34.4%から伸びを縮小させました。昨年4月からの高校授業料無償化を背景とする「教育」の下落(前年比マイナス5.6%)も続いています。
2月は「エネルギー」が電気・ガスの負担軽減策からマイナス幅を拡大させる見込みであるため、前年比プラス幅は1月よりさらに縮小し、コアCPIの伸びも2%を下回る可能性があります。実勢を大きく左右する「生鮮食品を除く食料」(「米類」を除く)も6カ月続けてプラス幅を縮小させており(1月は前年比6.2%)、CPIの増勢は着実に鈍化しています。
このままCPIの伸び率がどんどん縮小していき、「物価安定の目標」2%を大きく下回る水準からもう回復してこない、というようなことになってしまわないでしょうか。以下では、すでにわが国は賃上げなしでは雇用が確保できない環境になっており、今後も賃金上昇が続く限りCPIの伸びが縮小し続けることはないということを、見ていきたいと思います。
ユニットレーバーコスト(ULC)とGDPデフレーターは上昇トレンドを継続
2月16日に2025年10-12月期の国民経済計算(GDP統計)が発表され、人件費の総額である名目雇用者報酬が前年比3.5%と、7-9月期の3.4%に続き高い伸びを維持したことが判明しました。
この名目雇用者報酬を実質国内総生産(GDP)で割ったものをユニットレーバーコスト(ULC、実質GDP1単位生み出すのに必要な労働費用)と呼びますが、このULC、インフレ率の先行きを占う上でエコノミストが最も重視する賃金指標の一つです。というのも、ULCとインフレ率はほぼ同じ動きをするからです。
簡単に説明しましょう(図を参照)。まず、ULCの分母と分子にGDPデフレーター(P)をかけます。そうすると、分母は実質GDP×GDPデフレーターですから名目GDPとなり、分子の名目雇用者報酬とあわせれば労働分配率(名目雇用者報酬÷名目GDP)になります。つまり、ULCは、GDPデフレーター(P)に労働分配率をかけたものと、整理することができます。
このことから、GDPデフレーターの伸びは、ULCの伸びから労働分配率の伸びを差し引いたものと考えられるため、労働分配率が一定なら、GDPデフレーターの伸びはULCの伸びと同じになります。
実際、グラフにしてみると(図表2)、両者は同じように推移していることが分かります。ちなみに、それらが乖離(かいり)している部分は、労働分配率の変化で説明することが可能です。
<図表2 ユニットレーバーコストとGDPデフレーター>
図表2から、2012年ごろまで下落トレンドをたどっていたGDPデフレーターとULCが、それ以降明らかな上昇トレンドに転換していることが確認できます。なぜ上昇トレンドに転換したのでしょうか。その背景を探れば、先行き上昇トレンドが続くのかどうかについてのヒントが得られるかもしれません。
ユニットレーバーコスト(ULC)とGDPデフレーターはなぜ上昇に転じたのか
上昇トレンドに転換した背景として最初に思い浮かぶのが労働需給の変化です。そこで図表2で紹介したGDPデフレーターとULCを、日銀短観の雇用人員判断DIと比較してみました(図表3)。
<図表3 ユニットレーバーコスト=GDPデフレーターと雇用人員判断DI>
これを見ると、確かに労働需給がタイト化した後、少し遅れてGDPデフレーターとULCが上昇トレンドに転換したように見えなくもありません。特に新型コロナ禍以降は、労働需給のタイト化とGDPデフレーターおよびULCの上昇がフィットしています。
ただ、解せないのは、2012年ごろから新型コロナ禍直前の2019年ごろまで、雇用人員判断DIが大幅な不足超になっているにもかかわらず、GDPデフレーターとULCが低迷を続けている点です。新型コロナ禍の前と後で、なぜこうした違いが発生しているのでしょうか。可能性として考えられるのは、まず交易条件の悪化です。
GDPデフレーターの前年比は、消費デフレーターをはじめとする内需デフレーターと、輸出デフレーターを輸入デフレーターで割った交易条件に分解することができます。その寄与度分解をグラフにしたのが図表4ですが、これを確認すると、2012年ごろから2019年ごろまで、特に交易条件の悪化がGDPデフレーターの足を引っ張ったようには見えません。
<図表4 GDPデフレーター前年比の寄与度分解>
むしろ、内需デフレーターの押し上げ寄与の方が、新型コロナ禍以降と比べ圧倒的に低いことが分かります。では、内需デフレーターが伸びなかった背景は何なのでしょうか。言い換えれば、労働需給がタイト化しているにもかかわらずULCが伸び悩んだ背景です。実はこの点が、GDPデフレーターの先行きを考える上で最も重要なポイントになります。
新型コロナ禍前のインフレを抑制したのは非正規雇用の拡大、今は違う
図表5を見てください。これは、総務省の「労働力調査」から、「非正規の職員・従業員」の数と「雇用者」に占める割合を示したグラフです。
<図表5 非正規雇用者の数と雇用者に占める割合>
図に示したとおり、2012年1-3月期から新型コロナ前に雇用者数がピークを付けた2019年10-12月期までを見ると、非正規の職員・従業員は1,807万人から2,195万人へ388万人増加し、非正規比率は32.7%から36.2%へ3.5%ポイント上昇しています。
この間、雇用者数は537万人増加していますので、その72.3%が非正規雇用の増加によるものだった、ということになります。
このように、新型コロナ禍前、雇用人員判断DIが大幅な不足超になったにもかかわらず、ULCが低迷を続けた背景として、人手不足の多くを相対的に賃金水準の低い非正規雇用で賄ったという点が大きかったと見ることができます。これにより、計算上、賃金の平均水準が抑制され、ULCの伸び悩みにつながったというわけです。
その非正規雇用の伸びが、新型コロナ終息後は頭打ちとなり、非正規比率は横ばいで推移していることが、図表5から見て取れます。
すなわち、わが国の労働市場は、潜在的な労働力が乏しくなる中で、賃金を引き上げなければ人員確保ができない状況となっており、ULCおよび内需デフレーター(従って、GDPデフレーター)の上昇トレンドは、今後も続く可能性が高いことを示唆しています。
ULCが上がるとCPIも上がる~長い目で見れば積極財政で上振れリスク~
GDPデフレーターはそうだとして、同じことがCPIについても言えるでしょうか。それを説明しなければ、本レポートの話は終わりません。図表4で示したとおり、GDPデフレーターの伸びは、交易条件が変化しなければ内需デフレーターの伸びで説明できます。その内需デフレーターは、ウエートの高い民間最終消費支出デフレーターでほぼ決まります(図表6)。
<図表6 内需デフレーター、消費デフレーター、消費者物価指数の関係>
そして、民間最終消費支出デフレーターは、民間最終消費支出の名目値を実質値で割って算出されるわけですが、その実質値は各支出項目の取引額をCPIなどの価格指数で割り引くことによって作成されますので、図表6に示したとおり、結果的に民間最終消費支出デフレーターとCPIは、同じような動きになります。
このように、GDPデフレーターを介して、CPIの先行きを考える際にULCが極めて重要であることが分かります。現在、CPIの前年比は、物価高対策によって一時的に押し下げられていますが、その影響は1年で剥落します。
その後の動向は、ULCが上昇トレンドを続ける限り、それにより形成されるトレンドに復する可能性が高いと考えられます。
少し長い目で見れば、高市早苗首相が施政方針演説で「押して、押して、押して、押して、押しまくってまいります」と述べた危機管理投資、成長投資などへの積極財政政策が(図表7)、労働コストの上昇を通じてULCのトレンドを押し上げ、GDPデフレーターやCPIのトレンドを上振れさせるリスクを意識しておく必要があるように思われます。
<図表7 高市首相の施政方針演説より>
(愛宕 伸康)

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