民間船を始め自衛艦の多くも、艦内に神棚や神社を設け、航海安全を祈願しています。なかでも南極観測船「しらせ」は、静岡県の神社を祀っているとか。

どういった経緯でつながることになったのでしょうか。

南極に神社ってあるの?

 海上自衛隊が運用し、南極観測隊の人員や物資を輸送している砕氷艦「しらせ」。一般的には南極観測船として知られる同船は、毎年、年末ごろに南極へ到着し、昭和基地へ物資の搬入を行っています。

 同艦は日本屈指の過酷な任務を背負った船といえるでしょうが、その船内に実は乗組員らが安全を祈願するための“神社” があります。ただ、その由来がちょっと不思議なのです。「しらせ」は神奈川県の横須賀を母港としているのに、艦内で祀っているのは静岡県の富士山本宮浅間大社。

なぜ「しらせ」には、この神社が選ばれたのでしょうか。

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南極に到着し、ペンギンの歓待を受ける海上自衛隊の砕氷艦「しらせ」(画像:海上自衛隊)。

 そもそも「しらせ」の艦名の由来は南極にある白瀬氷河です。ともすると、日本人で初めて南極探検をした白瀬中尉のように捉えてしまいそうですが、日本では旧海軍時代からの伝統で、艦船の名前に人名を採用していません。

 海上自衛隊では、砕氷艦を含め、練習艦や訓練支援艦、補給艦など、いわゆる補助艦と呼ばれる艦艇には名所旧跡の名を付けると規定しています。だからこそ、少々アクロバティックな解釈ですが、それに準拠するよう白瀬氷河を由来にする形を採ったといえるでしょう。

 なお、2023年現在、運用されている「しらせ」は2代目。先代「しらせ」の名前を引き継ぐ形で2009(平成21)年5月20日に就役しています。

 そのため、前出の艦名由来の紆余曲折があったのは1982(昭和57)年11月に就役し、2008(平成20)年7月に退役した先代「しらせ」の方になります。ただ、同艦はその艦名ゆえ艦内に祀る神社に難儀しました。なぜなら艦名由来の場所は南極であるため、神社が存在しないからです。

 そこで、頼ることになったのが、海上自衛隊初の砕氷艦(南極観測船)となった「ふじ」でした。

伝統を引き継ぎ3隻目

「ふじ」は、日本の南極観測船としては海上保安庁の「宗谷」に次ぐ2代目。極地観測用として、初の本格的な国産砕氷艦として誕生した経緯があり、建造費用も文部省(現在の文部科学省)予算からねん出されました。そのため、艦名も一般公募したうえで選考という形が採られており、他の自衛艦とは異なっています。

 結果として艦名は、日本の最高峰である富士山が由来となっています。就役は1965(昭和40)年7月15日。それから1983(昭和58)年4月まで運用されたのち、先代「しらせ」と入れ替わる形で1984(昭和57)年4月に退役。

2023年現在は名古屋港ガーデン埠頭にて、名古屋海洋博物館に付随する博物館船として係留・公開されています。

 新造時、「ふじ」に艦内神社として祀られることになったのが、富士山を御神体とする富士山本宮浅間大社でした。本宮は静岡県富士宮市の市街地にありますが、奥宮は富士山の山頂に鎮座しています。

 この「ふじ」に祀られていた富士山本宮浅間大社が、伝統を引き継ぐという意味も込めて先代「しらせ」で祀られることになり、そのまま現在の2代目「しらせ」にも引き継がれているのです。

「南極へ行く前に“富士山へ登る”」観測隊の伝統のナゾ 南極観測船「しらせ」に受け継がれた数奇な縁
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千葉県の船橋港に係留されている初代「しらせ」。退役後は「SHIRASE5002」という名前になっている(咲村珠樹撮影)。

 筆者(咲村珠樹:ライター・カメラマン)は以前、しらせの艦長経験者に話をうかがったことがありますが、毎年南極へ出発する前には、艦長ら主要な乗組員が富士山本宮浅間大社の本宮を参拝し、航海の完全を祈願するとともに新たなお札を授けてもらうのが恒例となっているのだとか。また乗組員の有志は富士登山をして、奥宮まで参拝することも伝統となっているそうです。

 しらせは今年(2023年)、11月10日に母港の横須賀を出港しました。11月25日にはオーストラリア西岸のフリーマントルに入港して、空路オーストラリア入りした南極地域観測隊を乗せ、11月30日に昭和基地へ向け出航しています。富士山本宮浅間大社の加護を受け、順調ならば12月下旬にも昭和基地近くの定着氷に「接岸」する予定です。

 ただ、「しらせ」は南極まで行くのが任務ではありません。

その後は同じく1万4000kmの旅路で日本に戻ってくる必要があります。つまり往復で2万8000kmを航海します。しかも、その間には氷に阻まれたり荒天での航海が要求されたりと幾多の試練も待ち構えています。

 富士山本宮浅間大社のご加護の下、安全に任務を全うすることを遠く離れた日本から筆者も祈っています。