「『銀河鉄道999』現実化プロジェクト」が7月7日に発足。その記者発表会のあと「第1回空想学会シンポジウム」が開催され、学術分野から現実化の可能性が探られました。

学術分野の専門家が探る『銀河鉄道999』実現の可能性

 2015年7月7日(火)、七夕の日。「『銀河鉄道999』現実化プロジェクト」が発足し、東京・秋葉原のUDXシアターでその記者発表会、続いて「第1回空想学会シンポジウム」が開催され、学術分野から「現実化」の可能性が探られました。

 この空想学会は今回の「『銀河鉄道999』現実化プロジェクト」が最初のテーマで、正式な学術団体ではなく、みんなで知恵を出し合うサークルのような組織とのこと。しかし内容は本格的で、第1回は「機械の身体」「恐竜との会話」「スリーナイン号の食堂車」について、それぞれの研究分野の専門家が講演しました。

 1人目の登壇は比留川博久さん。国立研究開発法人・産業技術総合研究所ロボットイノベーション研究センター長で、ヒューマノイド型ロボット開発の第一人者です。同センターでは女性型ロボット「HRP-4C 未夢(ミーム)」を製作し話題となりました。

機械の身体は2050年くらいに実現できるかも?

 比留川さんは「機械の身体」について、目や耳はロボットに内蔵済みで、医療技術分野で人工心臓、人工肺、人工腎臓(透析器)は実現しているものの、ロボットに搭載するためには小型化が課題といいます。また義手、義足の技術も進歩し、末梢神経とつないで制御できるまでになったそうです。

 問題は脳です。脳だけは機械化できません。『銀河鉄道999』では、機械伯爵が鉄郎に「脳だけは撃たないでくれ」と懇願します。

機械の身体はいくらでも交換できます。だけど脳を破壊されたら“本当の死”になってしまいます。脳が活動するためには酸素、ブドウ糖、アミノ酸などの供給が必要で、そのために胃や腸など機械の内臓が必要になります。また、脳と機械の身体をつなぐ技術も必要です。

 比留川さんは1970(昭和45)年のサルの脳移植や、2017年に人間の脳移植が行われる可能性を紹介しました。しかし、脳と脊髄の接続は相当困難なため、脳から脊髄までを一体として、身体の末梢神経をつなぐほうに可能性があるといいます。そして、2050年くらいまでに機械の身体は実現できるかもしれない、と結びました。

 しかし、この講演で筆者(杉山淳一)がもっとも感心したところは「そうして機械の身体になって、その人生は楽しいだろうか」と比留川さんが疑問を呈したところです。人工肝臓でお酒に酔うことはできても、食事の楽しみはなく、スポーツはできるかもしれないけれど恋愛は微妙で、知的な趣味だけが最大の楽しみ、つまり、ゲーム漬けの人生になりそうです。

 そういえば、映画『ウォー・ゲーム』では、主人公と人工知能が○×ゲームで決着を付けようとする場面がありました。機械の身体が実現しても、その人生は楽しくないかもしれない。そのとき、人は永遠の命を望むでしょうか。

 この話を聞いて、シンポジウムに出席した『銀河鉄道999』の原作者、松本零士さんは「鉄郎が機械の身体を選ばなかった理由は(機械の身体の人生がつまらないから)ではなく、限りある命だから人はがんばるからです」と語りました。これが『銀河鉄道999』という物語の主題です。

現在の機械翻訳「旅行レベルの会話なら90%程度使える」

 2人目の登壇は中村哲さん。奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科教授で、音声翻訳の第一人者とのこと。テーマは「恐竜と会話する装置は作れるか」です。

 このテーマが選ばれたきっかけは『銀河鉄道999』の停車駅「冷血帝国」です。原始的な有尾人と、有尾人や仲間と会話のできる恐竜が住んでおり、鉄郎はメーテルから「自動翻訳機」を借りてチビという恐竜と会話。チビが銀河鉄道に乗って旅をしたいと鉄郎に頼む、という物語でした。

 中村さんは、これまでの言語学者や機械翻訳の取り組みを紹介し、現在の機械翻訳のレベルについて「基本的な旅行会話についてはTOEICスコア900点程度」に到達しているといいます。2007年に京都で実験したところ、日英翻訳については60%以上の会話が「ほぼぜんぶ理解できる」でした。「半分くらい理解できる」を含めると90%以上の理解度となります。英日会話もほぼ同じレベルとのこと。

 その研究結果がスマートホンアプリ「VoiceTra」になったそうです。2010年公開の無料アプリで、iPhone、Androidに対応します。筆者が後に試してみたところ、道を尋ねる、食事を注文する、きっぷを買うなどの会話で十分使えそうでした。これで海外の乗り鉄も安心です。良いものを教わりました。

 肝心の「恐竜との会話」について、中村さんは犬の鳴き声を翻訳する装置「バウリンガル」を例に挙げ、「行動様式がパターン化され統計を取れるなら可能」「恐竜については文字も発音も、言葉を発する状況もない」として翻訳は難しいといいます。ボディランゲージや脳波を分析する方法を検討したほうが良いかもしれない、と助言しました。

 おそらく中村さんは「冷血帝国」をご覧になっていらっしゃらないようです。ちょっと残念ですが、中村さんはかつて地球に存在した恐竜を復活させると想定されているようでした。しかし「冷血帝国」の恐竜チビと恋人のレーデは会話していますから、バウリンガルの手法で意思の疎通はできそうです。

 なにより、メーテルが持っていた自動翻訳機は「VoiceTra」で実現できています。「VoiceTra」大宇宙対応版があれば、銀河鉄道の旅で困らないでしょう。

重力がなければ食堂車もトイレも不可能

 3人目は小林智之さん。元JAXA所属で、現在は名古屋工業大学にてシニア・リサーチ・アドミニストレータとのこと。国際宇宙ステーションに関わった経験から、銀河鉄道の列車サービスの可能性を探ります。

 小林さんは人類の宇宙進出の歴史を振り返り、宇宙ツーリズム時代が到来していること、また現在に至るまでの宇宙滞在技術を紹介しました。そのなかで、宇宙が人体に与える影響とその対策が、銀河鉄道の列車サービスに関わるだろうと予測します。

 宇宙長期滞在について、もっとも重要な課題は「排泄」だそうです。宇宙空間には重力がないため、身体が排泄物を下へと送っていく機能が弱くなります。また、身体の外に出た排泄物の処理も問題です。アポロ計画、ミールに搭載された便器などの仕組みが紹介されました。

 重力がなければ、食堂車に座って食事ができません。ましてや料理もできません。『銀河鉄道999』に登場した合成ラーメンも厚切りステーキも調理できません。

小林さんは「食事は宇宙飛行士にとって、栄養補給、ストレスの軽減、気分をリフレッシュしてパフォーマンスを向上する、という目的がある」と語り、いままでに28品目の日本食を開発したそうです。

 ここまでのお話で、宇宙旅行の最大の問題点は「重力がない」に尽きると感じました。筆者は「重力を作ってしまう技術は開発されないのですか」と質問しましたが、解決方法は遠心力で、SF映画に出てくるような、大きなドーナツ型で回転する宇宙ステーションが想定されるそうです。なんだか、かなり大がかりで、維持も大変そうです。現在の宇宙開発は、重力の問題を認識しつつも、その問題を回避する技術の開発を優先しているように感じました。

 銀河鉄道の列車で重力を発生させるなら、列車は常にらせん状に走り、重力を確保しつつ前進するという仕組みが必要です。その場合、車窓の星たちは常にぐるぐる回っていますから、かなり酔いそうです。

『銀河鉄道999』はSFではなくファンタジーですから、物語の成立に都合の良い科学や原理がたくさんあります。同じものを実現できません。しかし、現実とファンタジーを結びつける遊びのような議論のなかで、もしかしたら宇宙旅行の実現に向けた画期的なアイデアや発明が生まれるかもしれません。頭の体操として、空想学会に参加してみても良いかもしれませんね。

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