約半世紀にわたり三重県中部と南部を結んでいた「南紀特急バス」が、「各停」の一般路線バス「松阪熊野線」にリニューアル。本州第2位の長距離路線バスが誕生しました。

路線の維持が厳しさを増すなか、路線バスは変化しつつあります。

本州では第2位の長距離路線バス誕生

 2018年10月、三重県などでバス事業などを運営する三重交通が、「松阪熊野線」の運行を開始しました。三重県中部の松阪市から尾鷲(おわせ)市を経て、南部の熊野市までを約4時間で結ぶという長距離路線バスです。

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三重交通「松阪熊野線」に使用される大型ハイブリッドノンステップバス(須田浩司撮影)。

 この路線は、三重交通が1970(昭和45)年10月に運行を開始した特急バス(特定の停留所のみ停車する路線バス)の「南紀特急バス」が前身です。

「南紀特急バス」は当初、松阪~南紀勝浦間で運行され、のちにグループ会社の三重急行自動車も運行に参入します。数度の運行区間・経路および便数の変更を経て、一時期は高速道路経由の「津~熊野ルート」も設定されたものの、末期は松阪~尾鷲間で6往復(尾鷲市内の熊野古道センター発着4往復、瀬木山発着2往復)の体制となり、2018年9月末をもって運行を終了しました。

 これに代わる「各停」の一般路線バスとして誕生した「松阪熊野線」の系統キロは、往路134.8km、復路132.0km。キロ数としては、奈良交通「八木新宮線」(大和八木駅前~新宮駅)の166.9㎞、阿寒バス「釧路羅臼線」(釧路~羅臼)の約165km、沿岸バス「豊富留萌線」(留萌~羽幌~豊富)の約164km、函館バス「快速せたな号」(函館~八雲~せたな)の約146km、くしろバス・根室交通「特急ねむろ号」(釧路~根室)の約136kmに次ぐ長さで、本州では、奈良交通「八木新宮線」に次ぐ第2位の長さを誇ります。

「各停化」で利便性向上 車内も路線バスらしからぬ…

 三重交通はなぜ、特急バスから長距離路線バス(松阪熊野線)へのリニューアルに至ったのでしょうか。

 ひとつは、「沿線居住者の利便向上」です。「南紀特急バス」時代から、同路線は「地域間幹線系統」として国や三重県、自治体の補助を受けて運行していますが、沿線人口の減少やモータリゼーションの進展などによる利用客の減少が大きな課題でした。

 そこで、運行本数を現在の利用状況にあった本数(4往復)へ適正化するとともに、尾鷲市から熊野市まで路線を延長、さらに全停留所(119か所)での乗降扱いを行うことで、沿線居住者の利便性向上を図っています。使用する車両も、バリアフリーに対応し環境性能にも優れたハイブリッド式大型ノンステップバスを3台投入しました。

老舗路線を一新「本州第2位の長距離路線バス」誕生の背景 ローカル路線バスは変革期へ

「松阪熊野線」のバス車内。長距離運行のため、背もたれが高いハイバックシートを採用(須田浩司撮影)。
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シート背面にはドリンクホルダー、シートポケットも完備(須田浩司撮影)。
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一部座席には充電用USBポートも装備(須田浩司撮影)。

 もうひとつは、「観光利用者の拡大」です。沿線には、伊勢神宮「内宮(ないくう)」の別宮で参拝客が多いことでも知られている「瀧原宮(たきはらのみや)」(大紀町)のほか、熊野古道や荷坂峠(大紀町・紀北町境)頂上からの景色、紀北町以南の海岸線など、見どころが多い場所。これらへ「路線バスで来てもらおう」という意図が見てとれます。

 実際、運行ダイヤは長距離移動客を考慮し、一般路線バスでは珍しい途中休憩を2回設けているほか、車内にはドリンクホルダーやシートポケット、充電用USBポート(一部座席のみ)を装備。無料Wi-Fiも提供するなど、観光利用を意識したサービス内容になっています。

路線バスの「生産性」どう向上 進む変革

 しかしながら、長距離路線バスを取り巻く環境は、厳しさを増すばかりです。

 三重交通「松阪熊野線」もそうですが、複数の市町村にまたがって運行する、いわゆる「地域間幹線系統」と呼ばれる路線バスの多くは、国や都道府県、自治体の補助を受けて運行しています。そうした地域間を結ぶ「幹線」として必要不可欠な路線も、近年は利用客の減少などで赤字額が増加しており、地方部を中心に、その維持すら困難になりつつあります。

 バス事業を管轄する国土交通省も、関係自治体や団体、バス事業者に対して「生産性向上の取り組み」を求めるようになっており、2017年度以降は、都道府県協議会などで策定する生活交通確保維持改善計画において、そうした取り組みを検討し計画に盛り込み、運輸局より指導と助言を受けることになりました。

 生産性や利便性の向上を目的とした路線再編も、全国各地で行われています。重複していた区間を見直して効率性を向上させた事例や、駅や病院、高校などといった公共施設を経由する(もしくは起終点に変更する)ことで利便性を向上させた事例など、形態はさまざま。「松阪熊野線」も、こうした流れのなかで誕生したのです。

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日本第2位の長距離路線バス、阿寒バス「釧路羅臼線」。この路線に乗車できるフリーパスもある(須田浩司撮影)。
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日本第3位の長距離路線バス、沿岸バス「豊富留萌線」。同社が販売する「萌えっ子フリーきっぷ」で乗車可(須田浩司撮影)。
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愛知、岐阜、金沢、富山にまたがる外国人向け「昇龍道フリーバスきっぷ」のチラシイメージ(画像:名古屋鉄道)。

 また、利用促進策の一環として、観光客向けの広域フリーパスを販売する動きも全国で広がっています。

九州の「SUNQパス」や、北海道北部の日本海側沿岸を営業する沿岸バスの「萌えっ子フリーきっぷ」など、観光客向けの広域フリーパスは以前からありますが、近年特に増えているのが、外国人観光客を対象にしたパスです。団体ツアーからFIT(個人旅行)へシフトし、訪問先も多様化していることから、路線バスで旅をしてもらおうという意図が伺えます。

 北海道の十勝バスが販売する「VISIT TOKACHI PASS」のように事業者単位のものから、中部地方の「昇龍道フリーバスきっぷ」、北海道の「Hokkaido Budget Bus Pass」など、より広域に、複数の事業者と連携して販売するものもあります。そうしたパスを利用する旅行者にとって、長距離路線バスが重宝なことはいうまでもありません。今後は日本人観光客向けの広域フリーパスの販売、充実も期待したいところです。

路線バスはもっと変われる!

 バスの生産性を向上させる取り組みとして、近年目立って増加しているのが、バス事業者と物流事業者が連携した、路線バスによる「貨客混載」です。旅客の運送に付随して、乗車している旅客の荷物でない荷物を路線バスで運送するというもので、北海道から九州まで全国各地で広がっています。

「貨客混載」は、「輸送距離や労働時間の削減(物流事業者)」「運賃収入の増加(バス事業者)」などにメリットがある一方で、「停留所の移設、ダイヤ改正などによる調整が発生」「継続して一定程度の物量がないと事業継続が難しい」などのデメリットも。今後は、「手ぶら観光」の支援(三重交通は鳥羽駅から伊勢市駅までの回送バスで荷物配送を実施)や、買い物支援といった「貨客混載」の組み合わせによる付加価値向上、バスへの自転車積載などによる収益向上などといったレベルアップが課題といえましょう。

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北紋バスの路線バスを活用した「貨客混載」の例(須田浩司撮影)。

 そのほか、広報誌やウェブ媒体を活用したPR活動、自社ウェブサイトの多言語化、公共交通オープンデータの公開、そうしたデータのコンテンツプロバイダへの提供など、生産性向上と利便性向上の取り組みは全国各地で行われています。

 しかし、これらの取り組みがすぐに実を結ぶかといえば、必ずしもそうではありません。

大事なのは、住民、自治体、事業者が一体となって持続可能な公共交通を守り育てる活動と、地域外の人にも利用してもらえるような利用促進策の推進、そして路線再編などに見られる効率化を同時進行で、かつ継続して行っていくことではないでしょうか。

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