いまは最速の「のぞみ」と各停の「こだま」に挟まれ、やや肩身の狭い東海道・山陽新幹線の「ひかり」。一時は2階建て車両や食堂車を連結しましたが、「ひだま」と揶揄されたことも。
東海道新幹線の列車といえば「のぞみ」「ひかり」「こだま」の3種類です。「のぞみ」は最も通過駅が多い列車です。「こだま」は各駅に停まります。では「ひかり」はどんな列車なのでしょうか。「こだま」より早く着くけれど、停車駅は定まらない列車という印象がありませんか。あるいは「のぞみ」よりちょっと安い代わりに、停車駅が多い列車でしょうか。なんだか、つかみ所のない列車といえそうです。
N700Aで運行される東海道新幹線「ひかり」(2016年9月、恵 知仁撮影)。
運行本数は少なく、東京駅発の「ひかり」は1時間に1本から2本です。これは各駅に停まる「こだま」と同じ。これに対して「のぞみ」の運行本数は3倍以上です。
各駅に停まる「こだま」はそれぞれの駅に用がある人が乗降します。16両編成が満席になることは稀です。これは、長距離を移動する人が少ないため仕方ないかもしれません。しかし、筆者(杉山淳一:鉄道ライター)が「ひかり」に乗るときは、8割以上は乗っているなあ、という印象です。もっとも、筆者の「ひかり」乗車は年に数回で、朝の下り新横浜発、夜間の上り新横浜着に限られます。たいてい自由席は満席です。乗車直前に指定席を取ろうとしても、窓際は満席で、通路側があればラッキー。たいてい3人掛けの真ん中です。
「ひかり」にはどんな人が乗っているのでしょうか。
「のぞみ」に乗れないきっぷを持つ人も利用します。訪日外国人向けのJR線乗り放題きっぷ「JAPAN RAIL PASS」は、自由席も含め「のぞみ」「みずほ」を利用できません。そこで、訪日外国人が東京~京都間を早く移動する列車として「ひかり」は人気があります。筆者が「ひかり」に乗るときはいつも、訪日外国人の多さに驚きます。

新幹線の普通車自由席の様子(画像:写真AC)。
日本人向けのきっぷも「のぞみ」に乗れないものがあります。たとえば夫婦合わせて88歳以上で利用できる「フルムーン夫婦グリーンパス」です。また、JRグループの高齢者向け会員組織「ジパング倶楽部」も、「のぞみ」の特急券は割引されません。
「のぞみ」より指定席料金が安いから、という理由で「ひかり」に乗る人はいるかもしれません。ただし、自由席料金は「のぞみ」「ひかり」「こだま」どれも同じです。節約派は「のぞみ自由席」を選びそうです。
1992(平成4)年に「のぞみ」が誕生するまで、「ひかり」は東海道新幹線の最速列車として君臨しました。
「ひかり」のデビューは1964(昭和39)年。東海道新幹線開業と同時です。列車名は公募され、1位が「ひかり」でした。ちなみに「こだま」は10位。「こだま」は東海道新幹線開業まで、東京~神戸間を走った在来線特急というブランドイメージがありました。
「ひかり」を抜く「ひかり」、停車駅の多い「ひだま」開業時の「ひかり」の停車駅は、東京・名古屋・京都・新大阪でした。
開業から1年後の1965(昭和40)年、「ひかり」は毎時00分、30分発と倍増します。当初の計画通り、東京~新大阪間の所要時間は3時間10分となりました。その後、運行本数を増やしていきます。停車駅、所要時間は変わりません。

新幹線の発車案内(画像:写真AC)。
1972(昭和47)年に山陽新幹線が岡山駅まで開業しました。この時のキャッチフレーズは「ひかりは西へ」です。「新幹線は」ではなく「ひかりは」でした。山陽新幹線は「こだま」も走りましたが「ひかり」の栄光が勝ったと言えましょう。
山陽新幹線では、開業時から「ひかり」の各駅停車タイプと通過タイプがありました。
1976(昭和51)年、東海道新幹線の「ひかり」も転機を迎えます。一部の列車が新横浜駅と静岡駅に停車しました。東海道新幹線では初めて停車駅が不揃いとなります。乗客の動向を見ると、山陽新幹線と同様に、隣の駅へ行く人より、東京・新大阪・名古屋と各駅間を利用する人が多かったようです。そうした人々の乗り換えを解消するため、「ひかり」の停車駅は増えていきます。「ひかり」が小田原・浜松・豊橋・岐阜羽島の各駅に停車する一方で、「こだま」は削減。停車駅の多い「ひかり」は「ひだま」と揶揄されるようになります。
「ひかり」に100系 「ウエストひかり」「グランドひかり」へ1985(昭和60)年、「ひかり」に新型車両の100系電車が投入されます。中間に2階建て車両を連結しました。そのうち1両は食堂車、1両はグリーン車でした。
1986(昭和61)年、国鉄最後のダイヤ改正で東海道新幹線の最高速度は220km/hに引き上げられました。100系による「ひかり」は東京~新大阪間を最短2時間56分で走りました。スピードアップは航空機に対抗できるようにという、国鉄からJR東海への置き土産かもしれません。しかし、JR東海はさらなる高みを目指します。「スーパーひかり」(後の「のぞみ」)の開発です。

東京駅で発車を待つ100系の博多行き「ひかり」(1990年8月、草町義和撮影)。
一方、JR西日本は「ひかり」の魅力アップに着手します。山陽新幹線では0系電車の普通車の座席を2+2列にした「ウエストひかり」を運行開始。食堂車「カフエウエスト」、映画会を開催した「ひかりビデオカー」を組み込みました。さらに、2階建て車両(100系)を4両にした「グランドひかり」を新製し、東京~博多間を最速のダイヤで走らせます。このころが「ひかり」でもっとも華やかな時代だったかもしれません。
300系「のぞみ」誕生 減る「ひかり」1992(平成4)年、300系電車による「のぞみ」が誕生します。最初は東京~新大阪間のみ。朝と夜にそれぞれ1往復でした。停車駅は東京・新横浜・名古屋・京都・新大阪です。ただし、朝の下り1本は名古屋と京都を通過し、地元から反発された時期があります。航空会社間で路線や便数などを設定できる航空自由化によって、東京~大阪間の航空運賃が下がっており、JR東海は所要時間短縮を図ろうと対抗していました。しかし、その切り札は「ひかり」のスピードアップではなく、300系「のぞみ」でした。

東海道・山陽新幹線を走る300系(2011年10月、恵 知仁撮影)。
300系「のぞみ」は東京~新大阪間の所要時間を2時間半に短縮しました。最速ランナーの座は「ひかり」から「のぞみ」へ。「ひかり」は「ひだま」中心のダイヤとなって、徐々に運行本数を減らしていきました。東海道新幹線にとって、東京~名古屋~新大阪間の需要がとても大きく、需要と供給のバランスが問題になっていたわけです。
現在、東海道新幹線の「ひかり」は1時間に2本。利用ぶりは盛況ですが、その背景には「JAPAN RAIL PASS」「フルムーン夫婦グリーンバス」などの利用者が、2本の「ひかり」に集中しているからとも言えます。
「リニア中央新幹線の開業」で「ひかり」増発?今後「ひかり」はどうなるでしょうか。JR東海は2020年春のダイヤ改正で「のぞみ12本ダイヤ」を完成させます。ただしこれは「ひかり」「こだま」を「のぞみ」に交代させるからではありません。東海道新幹線の車両がすべてN700Aとなるからです。等しく高性能な車両で統一させると、すべての列車を等間隔で運行し、列車数を増やせます。
運行間隔を詰め、効率よく運用するとなると「のぞみ」「こだま」の2種類の方が良さそうです。通勤路線も運行本数の多い時間帯は種別が絞られる傾向にあります。しかし、筆者が体験した範囲で現在の「ひかり」の利用状況を考慮すると、「ひかり」はこれ以上減らせません。もっと増やしても良いくらいです。

リニア中央新幹線の山梨実験線(2016年6月、恵 知仁撮影)。
しかし「ひかり」の増発はしばらくの間は難しいでしょう。「しばらく」という理由は、将来は増発の可能性もあるからです。その理由は「リニア中央新幹線」です。2020年に東京~名古屋間でリニア中央新幹線が走ると、現在の東海道新幹線の最速列車「のぞみ」の役割、東京~名古屋間の最速移動はリニア中央新幹線が担います。
東京~新大阪間の需要もリニア中央新幹線、名古屋乗り換えに移るかもしれません。そうなると東海道新幹線の需要は低下し、運行総数は減るだろうと予測します。そこに「ひかり」を増発するチャンスがあります。「ひかり停車駅」の人、「JAPAN RAIL PASS」「フルムーン夫婦グリーンバス」の利用者、ジパング倶楽部の割引を利用する人にとっては、リニア中央新幹線より東海道新幹線の方が乗りやすく便利になりそうです。
「ひかり」全盛期の復活。できることなら、N700Sに2階建て車両を追加して「グランドひかり」も復活させてほしいと思います。さて、2020年の初夢の話はここまでにしておきましょう。