鉄道車両は、運行する路線の性質にあわせてデザインや性能が決められますが、なかには特別な事情で高性能な車両が造られることもあります。それを「とんがった」車両とすると、また新たな見方のできる車両が身近にあるかもしれません。
鉄道車両を製造する際は、運行される路線の特性を考慮したうえで性能や輸送力を選定します。当然ながら経済性も考慮され、車両価格の上昇につながるような過剰な性能が付与されることは基本的にありません。
しかし運行される路線が、ほかの交通機関と激しい競合関係にあったり、勾配や急カーブが多いなどの条件下であったりすると、「車両に求められる性能」のレベルが飛躍的に高くなります。こういったケースの場合、経済性よりも性能が重視され、対象の路線に特化した、「とんがった」車両が生まれることがあります。
小型化した制御器や効率を重視したモーターなど、足回りに徹底的な見直しを図ったN700S(2019年9月、児山 計撮影)。
これらの車両の高性能、すなわち「とんがった」特徴は、求められた要求にこたえたため生まれたものであり、決して過剰性能というわけではありませんが、結果としてほかの路線よりも「熱い」走りになったり、乗車すると「何か違う」と感じる元になったりすることが多いようです。たとえば、スピードは新幹線にとって生命線ですが、同時に沿線の環境にも配慮しなくてはならず、「静かに速く走る」ために日夜研究が続けられています。
上記のような車両をここでは「とんがった車両」と定義し、以下5つ挙げてみました。
ひたすら速く静かに 見た目は変わらずとも大きく進化した新幹線N700S2020年7月のデビューが予定されている、東海道・山陽新幹線の新型車両「N700S」は、一見、従来のN700系とよく似ていますが、足回りは徹底的な軽量化と高性能化を両立。機器を小型化、軽量化することでブレーキ性能を高め、さらにノーズの形状を工夫することで最後尾にて乱れがちな空気の流れを整え、車両の振動を抑える形状となっています。性能面では、まったく別物といってよいでしょう。
旅客を乗せた営業運転での、N700Sの最高速度はN700系と変わりませんが、ブレーキ性能や乗り心地を徹底的にブラッシュアップし、最高速度で走れる時間を長くするなど、「秘めたるポテンシャル」はまさに「とんがった車両」にふさわしいものです。
新幹線に限らず、在来線でもスピードが要求されるケースは少なくありません。たとえばJR四国の特急形ディーゼルカー2000系は、土讃線や予讃線を高速で走るために開発されました。両路線とも、並行する高速道路を走るマイカーや高速バスから利用客を取り戻すべく、劇的な所要時間短縮が必要だったためです。

新型車両2700系の登場で徐々に数を減らしているが、現在も土讃線や高徳線などで活躍する2000系(2014年2月、児山 計撮影)。
しかし土讃線はカーブが多く、通常の車両では65km/h程度でしか走れませんでした。線路の改良は莫大な費用が掛かるため、車両側で急カーブを高速で曲がれるよう克服しなくてはなりませんでした。
そこで2000系は、高速でカーブを走行しても乗り心地を損ねないよう、「振り子式」と呼ばれる車体傾斜装置を採用し、1両に330馬力の強力なエンジンを2基搭載してパワーを確保。さらにエンジンのパワーを極力ロスしないよう、薄くて軽いステンレスをボディに採用するなど徹底した軽量化が図られた、レーシングカーのような車両になりました。
そのためJR四国2000系は、特急形ながら静粛性に一歩譲るところがありますが、それ以上にスピードをどん欲なまでに求めた、「とんがった」車両といえるでしょう。
強力なエンジンの理由は? JR北海道キハ201系大馬力のエンジンを搭載したディーゼルカーとしては、JR北海道のキハ201系も「とんがった」車両といえます。

電車並みの性能をディーゼルカーで実現したキハ201系。しかし製造費も相応に上がってしまった(2013年6月、児山 計撮影)。
キハ201系は、函館本線の倶知安(くっちゃん)駅から札幌方面へ直通する列車の車両として開発されました。函館本線は札幌駅から途中の小樽駅までは電化されており、電化区間は電車と連結して運転、小樽駅から先の非電化区間はキハ201系が単独で走行するという運行形態です。
電車とディーゼルカーは基本的なメカニズムがまったく異なり、連結して走行する際は、それぞれに特性のある走りを同期させる必要がありました。こうした理由から、ディーゼルカーであるキハ201系は450馬力のエンジンを2基搭載し、さらに多段変速にすることで電車と歩調を合わせています。さらには車体傾斜装置も取り付けられ、カーブ通過性能も向上しました。
これによって、当初のコンセプト通りの「電車に匹敵する高性能なディーゼルカー」という目標は達成しましたが、装備が特殊なこともあり、車両価格は1両約4億円と一般的なディーゼルカーの倍近い価格となり、4編成の製造にとどまりました。
地下鉄 登山電車 路面電車をひとつに! 京阪800系京阪電鉄800系は、京阪京津線と京都市交通局東西線が直通運転を行う際に造られた車両です。
京津線は最大61‰(パーミル。1000m進むと61m上る、の意)の急こう配を持つ登山鉄道でありながら、上栄町~びわ湖浜大津間は道路上を走る路面電車、さらには半径40mという急カーブまであります。
加えて、乗り入れ先の京都市交通局東西線は自動運転を行う地下鉄なので、自動列車制御装置(ATO)の搭載も必要です。したがって、800系には地下鉄、登山電車、路面電車に必要な機能や性能をすべて搭載しなくてはなりません。
急カーブ、急勾配、路面軌道すべてを走破する京阪800系(2004年1月、児山 計撮影)。
800系の車体は幅2.6m、全長16.5m、車輪の直径66cmと、一般的な在来線の車両よりも小型です。しかも、直通先の地下鉄がミニ規格のため、車高にも厳しい制限があります。
こういった制限のなか、800系は性能面ではまったく妥協せず、薄型、小型の機器を開発して高性能を確保。連続勾配を70km/hで駆け上る高性能を獲得しました。国道1号線と並走する勾配区間でも、クルマにまったく引けを取らない速度で走行できる登坂性能は、まさに「とんがった」車両にふさわしい走りを見せてくれます。
未来の鉄道車両を見越し設計思想を変えたJR東日本209系JR東日本の209系は、これまでの車両のつくりをいちから見直して、製造や整備の方法を全面的に改めた、新しい設計思想のもとに造られました。
外板や固定窓を限界まで薄くし、乗り心地をある程度に留めた軽量化、製造後13年をめどに廃車か改造かを決定するという「寿命」の概念、さらには廃車した際も徹底的にリサイクルが可能なように製造段階で考慮するなど、これまでの鉄道車両とはまったく異なる思想で製造されています。

「新世代車両」の名にふさわしく鉄道車両のあり方を1から見直し、現代の鉄道車両のスタンダードを確立した209系(2006年10月、児山 計撮影)。
同時に209系は、将来の鉄道車両のあるべき姿を模索するためにさまざまな新機軸が導入されました。なかには固定窓のように、通勤輸送の実情と合わないために後継車両では採用されなかったものもありますが、軽量化した車体や、メンテナンスの手間が極力かからない機器類などのように、徹底的に「未来の鉄道車両」を模索したデザインは、間違いなく「とんがった」車両といってもよいでしょう。
現在の首都圏を走る通勤形車両の多くは、209系で試みられたシステムを多かれ少なかれ採用しています。209系の設計思想は目論見どおり、次世代通勤形車両のスタンダードに昇華しました。
209系のように、一見普通の通勤形車両に見えて実は「とんがった」車両であるケースも少なくありません。普段利用している車両も、調べてみると意外な「とんがった」ところが見つかるかもしれません。