NHKで好評放送中の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」。“江戸のメディア王”と呼ばれた“蔦重”こと蔦屋重三郎(横浜流星)の波乱万丈の生涯を描く物語は、快調に進行中。

幕府の財政再建を目指す老中・田沼意次(渡辺謙)は、抜荷(ぬけに=密貿易)を口実に松前家から蝦夷地の上知(あげち=領地の没収)を画策。その前に立ちふさがるのが、松前家当主・松前道廣だ。松前道廣を演じるのは、子役時代から民放の「渡る世間は鬼ばかり」(90~19)など多数のテレビドラマで活躍し、これが大河ドラマ初出演となるえなりかずき。初登場となった第21回の“暴君”ぶりも話題を集めた松前道廣役の舞台裏を聞いた。

-人間を的に火縄銃を発砲する余興を楽しむ第21回の道廣の初登場は、えなりさんのイメージを覆すほどの強烈な印象を残し、SNSでも「サイコパス」などと話題になりました。そういった反響をどのように受け止めましたか。

 普通はそう思いますよね。放送を見た知り合いもたくさん連絡をくれましたが、皆さん必ず「ものすごく怖かった」とコメントしてくださるんです。僕も「悪役」と言われるような役は初めてだったので、最初は悪代官が登場するような時代劇をいくつか見た上で打ち合わせに臨んだんです。でもそこで、チーフ演出の大原(拓)さんから「怖い人物と思わないでほしい」というお話がありまして。

-どういうことでしょうか。

 「道廣本人にとっては、ごく普通の日常的なことだから」と。

そのお話を伺ってからは、自分の中で「悪役を演じる」という考え方は捨て、今まで演じてきた善良な青年と同じように演じた方が、怖く見えるのでは…という結論に達しました。人間を銃の的にするのも、道廣にとってはただの趣味に過ぎず、そういうことが好きなだけなんだろうなと。そう考えたら、ふに落ちました。

-役作りの参考にしたものなどはあったのでしょうか。

 大原さんが参考に挙げてくださったのが、三池崇史監督の『十三人の刺客』(10)で、稲垣吾郎さんが演じた極悪非道な殿様です。「あんなふうにニコニコしながら人を刺す感じで」というので、実際に映画を見てみたら、本当に「怖い!」というのが第一印象で。同時に、これからこのくらいのことを自分はするんだと、気合が入りました。

-それを踏まえて、本番を迎えたわけですね。

 といっても、「人間を銃の的にする」というシチュエーションは変わらないので、本番ではなかなか“悪い大名”というイメージを払拭できませんでした。そのため、大原さんから何度も「力を抜いて、もっと楽しく、もっと明るく」というディレクションがあり、何度もテイクを重ねて、ようやくOKをいただきました。最終的には『幸楽』でラーメンを運んでいた時と同じようなニュアンスでせりふを言うようになって。完成した本編でもそのテイクを採用いただいたので、「こういうことだったのか」と納得しましたし、演じていて楽しかったです。

-あのシーンに臨むに当たって、準備したことはありますか。

 銃を撃ったことがなかったので、個人的にグアムで本物の射撃を体験してきました。ただ、そのときは防音用のイヤーマフをつけていたので銃声が聞こえなかったんです。それが本番では、耳元で発射音を聞くことになって。実は僕は、クラッカーも鳴らせないほどの怖がりなので、その音に驚き、何度かやり直す羽目になりました(苦笑)。

-同じ場面で、えなりさんの道廣と生田斗真さん演じる一橋治済が、渡辺謙さん演じる田沼意次を軽くあしらうようなお芝居も見ものでした。

 実際の官位は田沼の方が上なのですが、道廣としては田沼を見下すくらいの尊大な気持ちで接しなければいけません。ただ、大先輩の渡辺謙さんと本気で向き合うと、どうしても気後れしがちなので、そこをぐっとこらえて、ニコニコしながら演じるのには苦労しました。

-渡辺謙さんや生田斗真さんとの共演はいかがでしたか。

 とても勉強になりました。渡辺謙さんも生田斗真さんも、空気感を作る上でそれぞれのアプローチの仕方があり、その中でふっと緊張感のある瞬間が訪れるんです。さらに、「良い映像を撮るぞ」という真剣勝負のような空気も現場に生まれ、スタッフの皆さんのお力によって世界観に没入することができ、大げさでなく本当に江戸時代にいるような気持ちになりました。

そういう空気に包まれたおかげで、自分の中でも渡辺謙さん、生田斗真さんというお名前が消え、役になりきれた気がして。それは、今思い出しても幸せな瞬間で、自分の役者人生の宝物になりました。

-渡辺謙さんから「ベストキャスティング」というお言葉もあったそうですね。

 最初の収録の時、そんなふうにお褒めの言葉をいただき、すごくうれしかったです。しかも、それから1カ月くらい経った頃、くりぃむしちゅーの上田(晋也)さんから、「(三浦庄司役の原田)泰造が、謙さんから『えなりの殿様怖いぞ』と言われたらしいよ」と伺ったんです。周囲の方にそういうお話をされていたことを知り、あの言葉は決してお世辞ではなかったんだなと、さらにうれしく、ありがたい気持ちになりました。

-第24回も、弟の松前廣年(ひょうろく)を火縄銃の的にする、吉原で宴会を開く、大文字屋市兵衛(二代目/伊藤淳史)に抜荷を持ち掛けるなど、道廣の見せ場が満載でしたが、特に印象に残ったシーンを教えてください。

 大文字屋に「琥珀(こはく)で大儲けせぬか」と抜荷を持ちかけるシーンは、演じていて楽しかったです。道廣としては、田沼に尻尾をつかまれそうになりながらも、政治家らしく巧みにそれをかわそうとするわけです。僕は、時代劇も政治的な謀略ものも好きなので、そんな駆け引きができたことがうれしくて。しかも、伊藤敦史さんとお芝居したのも、子役時代以来、33年ぶりでしたから。

-伊藤さんとはどんなお話をされましたか。

 お互い、これまでどんな人生を送ってきたのか語り合い、連絡先も交換しました。おかげでその後、趣味のゴルフも初めてご一緒させていただくことができました。そんな再会の喜びもあり、本当にありがたかったです。

-現場で大河ドラマらしさを感じたことはありますか。

 こんなに素晴らしいセットや照明の中でお芝居できるのは大河ドラマならではだと、幸せな気持ちになりました。でも同時に、好きなようにお芝居してくださいと、セットに問いかけられているような、気圧される感じもあって。実は撮影初日、そういう圧に負け、本当にせりふを忘れそうになったんです(笑)。初めての経験で、「こんなことがあるんだ!?」と、自分でも驚きました。

-演出の大原さんとのやりとりのお話もありましたが、現場の様子はいかがですか。

 監督とのコミュニケーションも非常に密ですし、渡辺謙さんがお芝居のアイデアを出される一幕もあるなど、皆さんが一丸となって作り込んでいく様子を目の前で見ることができ、貴重な経験をさせていただきました。僕の中の「プロジェクトX」として、きちんとファイリングしたいと思います(笑)。

-これからも道廣は活躍していきますが、意気込みをお聞かせください。

 道廣が初登場したときの皆さまのお声を聞いていると、自分の芝居に確信が持てないときに評価をいただけたりする反面、意気込んで芝居をしたときになんの反応もなかったりすることもあり、お芝居の面白さや難しさを実感しています。まだまだ道廣は活躍しますので、これからも応援よろしくお願いします。

(取材・文/井上健一)

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