最強の矛と、最強の矛による果たし合いだ。

 12月13日の日曜日に、柔道の総本山である講道館大道場で行なわれる丸山城志郎(ミキハウス)と、阿部一二三(パーク24)による柔道男子66キロ級の東京五輪代表決定戦(ワンマッチ)のことである。

「美」の丸山城志郎か「剛」の阿部一二三か。東京五輪出場をかけ...の画像はこちら >>

これまで激しい戦いを繰り広げてきた丸山城志郎(写真左)と阿部一二三

 だが、矛の性質はまるで違う。

 昨年の東京世界選手権王者である丸山といえば、左組みからの内股が代名詞だ。相手の隙を見つけるや、懐に素早く飛び込み、美しく相手を跳ね上げる内股は芸術的でさえある。彼が練習の拠点とする天理大の穴井隆将監督は柔道を学び始めた息子に丸山の柔道を見るように伝えているという。つまり、基本に忠実で、教科書に載っているような柔道の理想型を体現するのが丸山だ。また、時には巴投げのような捨て身技も駆使し、この技で阿部に勝利したこともある。

 かたや2017年と2018年の世界選手権王者である阿部は、その名前だけでなく柔道自体もマンガ的だ。試合の開始から猪突猛進し、相手の道着を掴むや背負い投げをはじめとする担ぎ技に入る。その柔道はあまりに型破りだが、だからこそ見る者を魅了する。

「美」と「剛」の柔道。あるいは切れ味鋭い「日本刀」と、破壊力が際立つ「なた」と両者を対比する者もいる。

 これまでの対戦成績は、丸山の4勝3敗。

ふたりの柔道は対極にあり、それでいて実力が伯仲するからこそ、代表の行方を予想することは容易ではない。

 東京五輪に臨む日本代表は、4月の全日本選抜体重別選手権を前に、男女14階級のうち、13階級で代表内定者が決まっていた。男子66キロ級だけが同大会の結果を受けて決まる予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大によって大会が延期となり、年末まで持ち越しとなっていた。

 もともとこの階級をリードしていたのは阿部だ。2014年の講道館杯とグランドスラム・東京を高校2年生で制した(いずれも史上最年少)阿部は、リオ五輪こそ逃したものの、2016年以降は66キロ級だけでなく、3歳下の詩(うた)とともに日本柔道の顔のような存在に急成長していった。世界選手権を2017年から2連覇。

このまま東京五輪まで駆け抜けることを疑う者はいなかったはずだ。

 そこに現れたのが阿部より4歳上の丸山だった。もともと実力者だったがケガで離脱していた時期が長く、阿部の後塵を拝していた。2018年のグランドスラム・大阪、2019年の選抜体重別、そして東京世界選手権と阿部に3連勝して世界王者まで上り詰めたところで、両者の立場は逆転した。

 丸山は昨年11月のグランドスラム・大阪で優勝すれば、東京五輪の代表に内定するはずだった。ところが、決勝で阿部に支え釣り込み足で倒され、さらに今年2月のグランドスラム・デュッセルドルフは古傷の左ヒザ靱帯を損傷して欠場。

この大会を阿部が制したことで、両者の立場は横並びとなった。

◆丸山城志郎と阿部一二三の交差する想い>>

「スタミナの面では丸山選手に一日の長があり、試合時間が長引けば長引くほど、丸山選手に勝機が生まれると思います。しかし、ワンマッチということもあって、阿部が試合開始からフルスロットルで向かっていくでしょう」

 代表決定戦を前にそう予想したのは、阿部が小学生時代から通った神港学園の信川厚(のぶかわ・あつし)総監督だ。短時間での決着なら阿部、長期戦となれば丸山。それが大方の予想である。

 一方で、丸山に対して辛辣な言葉を投げかけるのは、丸山の父であり、92年バルセロナ五輪65キロ級代表だった丸山顕志氏だ。

「阿部選手は身体能力が高く、体幹が強い。城志郎が阿部選手に勝った試合は、ほとんどがゴールデンスコアまでもつれ、"指導"による差で決着がついた。私から言わせれば、内容で勝っていた試合は一度もない。城志郎は阿部選手に勝てないと思います」

 通常、トーナメントで争われる柔道の試合にあって、ワンマッチは異例中の異例だ。

 試合時間は4分。本戦で決着がつかなければ、時間無制限の延長戦(ゴールデンスコア)に突入する。

柔道のスタイルは180度異なるものの、五輪切符を賭けた世紀の一戦は柔道の魅力が凝縮された至高の時間となるはずだ。