佐賀・みどりの森球場にズム、ズム、ズム......と重低音のビートが刻まれる。北陵の2番打者・投手の石橋駿(いしばし・しゅん)が打席に入ると、韓国のアーティストグループ・BIGBANGの『BANG BANG BANG』のイントロ部分が流れた。
佐賀大会は吹奏楽部の生演奏がなく、事前に録音した音源をスピーカーから流す応援形態になっている。スタンドで応援している部員に聞くと、選曲は石橋のリクエストだという。
見るからに気が強そうな顔立ちといい、個性的な選曲といい、我が強い武闘派の人物像を思い描かずにはいられなかった。
最速143キロを誇る北陵の左腕・石橋駿
最後の夏は準々決勝敗退
そんな石橋はこの夏、潜在能力の高い左投手としてドラフト候補に急浮上している。視察に訪れたDeNAアマスカウトグループ長・八馬幹典スカウトはこう評価した。
「ハマった時のボールの質はよかったです。
最速143キロとドラフト候補としては突出した数字はないが、指にかかったボールは数字以上のスピード感と球威がある。今年1月までは身長177センチ、体重72キロと細身だったが、約半年経った今は身長180センチ、体重80キロとたくましくなった。野球選手として伸び盛り、しかも大きなスケールを感じさせる好素材なのだ。
そもそも「北陵」という高校名に馴染みの薄い野球ファンも多いだろう。
2000年までの旧校名は佐賀中央工。唐津西、佐賀東、佐賀工で指揮を執った吉丸信前監督を慕って選手が集まり、専用グラウンドなど環境面も整った。
左右二枚看板を擁して今夏の佐賀大会もベスト8まで進出したが、準々決勝の神埼清明戦で落とし穴が待っていた。
先発した石橋の制球が不安定で、1回に押し出し四球と内野ゴロの間に走者が生還して2点を失う。3回にもスクイズと内野手の頭を越えるタイムリーヒットで2失点し、石橋は降板。
試合後、意気消沈する石橋に声をかけると、その印象は一変した。
「立ち上がりが悪くて、いつもならリカバリーできるのが今日は噛み合わず、アンバランスなまま修正できませんでした」
石橋は試合ごとに自身の投球フォームを映像でチェックし、研究しているという。
「いつもは股関節を意識していれば体が前に流れることはないんですが、今日は体が流れてしまいました」
目指す人間像は黒田博樹
見た目のいかつい雰囲気と朗らかな語り口にギャップを感じずにはいられなかった。そんな印象を伝えると、石橋は「めちゃくちゃ言われます」と答えた。
「でも、自分はそこが一番の持ち味だと考えています。
冒頭の応援曲について聞いてみても、意外な答えが返ってきた。
「自分がリズムに乗れる曲というのもあるんですけど、何よりベンチ外の3年生が試合に出られなくても気持ちが乗れるように、少しでもスタンドの雰囲気をよくしたかったんです」
目指す人間像は「黒田博樹さん(元広島ほか)のような男気あふれる男」だというが、納得の答えだった。
そんな石橋について、「期待しかありません」と語るのは浦田監督だ。浦田監督は悔しそうな表情で、こうつぶやいた。
「指にかかったいい球が出る割合が、この夏は落ちていました。
手術からわずか2週間で投球練習を再開して医師を驚かせたものの、状態を立て直すまでにはいたらなかった。石橋は弁解めいた言葉は口にしなかったが、万全な調整を積めなかったのは事実だ。
高校卒業後の進路について聞くと、石橋はこう答えた。
「スカウトの方には見ていただけているようなんですが、声をかけてもらっている大学で4年間鍛えるか、プロで勝負するかこれからじっくり考えたいです」
おそらく育成ドラフト会議なら、高い確率で指名されるはずだ。あとはドラフト会議までに各球団の間で石橋の存在が周知され、評価が高まれば支配下でのドラフト指名の可能性もあるだろう。
見た目はヤンチャ、中身はクレバー。魅惑の大器はどんな道を選ぶのだろうか。