11月8日、楽天生命パーク宮城で行なわれた12球団合同トライアウト。3年ぶりに観客が戻ってきたスタンドには3141名の野球ファンが全国から駆けつけ、昨年は30名近くまで落ち込んだ参加者も、今年は総勢49名とコロナ前の空気に戻りつつあった。

 そのなかには、桜井俊貴(元巨人)、寺島成輝(元ヤクルト)など、かつての"ドラフト1位"たちの姿も見えたが、この日の最大の注目が集まった瞬間は、『カープのドラフト1位』のふたりである安部友裕(元広島)と福井優也(元広島→楽天)がグラウンドで対峙した時だろう。

トライアウトで対峙した元広島ドライチコンビのプライド。「こん...の画像はこちら >>

トライアウトで対戦した元チームメイトの福井優也(写真右)と阿部友裕

カープ黄金期を支えたふたり

 まだ声を出せないスタンドでも、拍手の大きさだけでふたりの対決の注目度の高さが伝わってくる。

「とにかく楽しく、ワクワク感を持ちながらできれば。今日の趣旨は純粋に野球を楽しんで、取り組んできたことを出すって気持ちしかなかった」

 安部はそんな思いでトライアウトに臨んでいた。

 2007年、高校生ドラフト1位で広島入り。ブレークまでには時間を要したが、カープの3連覇最初の年となる2016年にレギュラーの座を掴むと、翌17年には9月にマジックを点灯させるサヨナラアーチ、18年にも日本シリーズで1試合2本塁打を放つなど、全盛期の緒方カープを支える存在に成長した。

 そんな実績やトライアウトに参加した野手では最年長という立場もあって、この日のシートノック開始前に組まれた円陣の中心にいたのは安部だった。

バラバラなユニホームを着た後輩の選手たちからも「キャプテン」と親しみを込めて呼ばれ、一度きりの勝負の舞台で、安部はムードメーカーでもあり、大黒柱でもあるかのようだった。

 それでも安部自身は、もともとトライアウトを受ける予定はなかったという。だが、「いろんな方から話を聞いて、動けるならグラウンドでしかわからないことを見てもらいたい」という結論にいたって参加を決めた。

 一方で、安部より1つ年上の福井は「まだまだ自分はプロの世界でやれる」という思いでトライアウトまでの日々を過ごし、本番のマウンドに立っていた。

 福井は2010年に広島から1位指名を受けた。"ハンカチ王子"斎藤佑樹(元日本ハム)や6球団競合の末に西武に入った大石達也らとともに早稲田大学で活躍し、「早大三羽烏」として全員が鳴り物入りでプロの世界に飛び込んだ。

 だが、プロ入り時の期待とその後の結果が一致しないのは球界の常でもある。

 大石はケガにも悩まされ、通算5勝6敗8セーブで2019年に引退。斎藤も開幕投手を任されるなどしたものの、プロの壁を破れず通算15勝で昨年オフに現役を退いた。

 福井も2022年までの12年間で通算32勝。2ケタ勝利のシーズンは一度もなく、決して目立った成績ではない。だが広島では投手キャプテンも務め、安部と同じくチームの3連覇にも貢献した。

 広島、楽天と渡り歩きながら大学同期のふたりよりも勝ち星を重ね、気がつけばかつての三羽烏のなかで最後の現役選手となっている。

「あまり意識はしてないですかね。ふたりより長くやろうとも思ってないですし、やったからすごいってわけでもないと思うので......。でも、ふたりの声を励みにしながら12年間頑張ってこられた。トライアウトの前にも斎藤から『頑張ってね』ってLINEがきました」

トライアウトでまさかの対戦

 福井の登板は、最後のブロック。うしろから数えて4番目だ。

打者3人中、先頭の西巻賢二(元ロッテ)を幸先よくピッチャーゴロに打ちとると、打席には安部が入った。

 安部はここまで3打数1安打。スタンドに駆けつけた元チームメイトの長野久義が安部の座右の銘である"覇気"Tシャツを掲げて応援するなか、第2打席で井納翔一(元巨人)からセンター前に運んでいる。

「嫌だなと思いました。(安部は)いいバッターですし。でも、いいバッターを抑えれば評価につながるというか、『やってやろう』って気持ちでした」

 のちにそう振り返った福井は、インコースへの真っすぐ、外に落ちる変化球と剛柔自在に安部を追い込んでいく。

 安部の胸中にも去来するものがあった。

「やっぱり、思うこともありましたね。プライベートでもよく一緒に食事に連れて行ってもらったり、家族同士の交流だったりとか、本当によくしていただいて......でも(対戦は)本当に楽しかったです」

 2ボール2ストライクと追い込まれたあとの5球目。139キロの球に詰まらされた安部の打球は、センターのグラブへと収まった。

「まさかあんなシュート投げてくるとは思わなかったです」

 笑い交じりに安部は語った。

「もともと真っすぐが強くて、フォークもあって、スライダーもよくて、それでシュートも投げられる。

まだまだ福井さんはいけると、僕自身は思っているので......」

 安部を打ちとった福井は、続く3人目の宮本秀明(元DeNA)も空振り三振に仕留めると、汗を拭いながらマウンドを降りる。その先には、対戦を終えた盟友・安部が出迎えていた。

 ほんの一瞬、握手を交わしたふたりは笑顔だった。

「基本的に全球よかったかなと。内にも外にも投げられましたし、ちょっと甘めにいってもファウルとかとれたので、よかったかなと。アピールはできたのかな」とやりきった表情の福井は、「こんなあっけなく野球人生に幕を下ろすのは納得いかない」と現役続行へ向けての強い意志を見せている。

 安倍も「結果は散々でしたけど、こうやってグラウンドで野球できる喜びを噛みしめて、今日は楽しめた。(福井との対戦は)やりにくかったですけど、本当に楽しかった」と笑顔を見せた。

「(NPB以外でも)自分自身が人間として成長できる環境であれば、それは『ぜひ!』って感じです。家族もいますので、いろんな方と相談しながら決断していこうと思います」

 ドラフト1位で25年ぶりのカープの優勝に貢献したふたり。トライアウトで再び交えた縁は、今日からまた違う道へと歩んでいく。「今日は本当に幸せだった」と福井との対戦を振り返った安部が、最後にこんな言葉をつけ加えた。

「まだ一緒にユニホームを着ることができたらな......と思っています」