山本昌×日本ハムドラフト1位ルーキー・矢澤宏太 スペシャル対談(後編)

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 日本ハムからドラフト1位指名された「二刀流」矢澤宏太(日本体育大)と、"レジェンド"山本昌による新旧サウスポー対談。後編では、二刀流の新たな可能性や矢澤の「リリーフ適性」について、山本昌が矢澤に切り込んだ。

日本ハムのドラ1・矢澤宏太が山本昌に明かした新庄監督との秘話...の画像はこちら >>

二刀流ルーキー・矢澤宏太にアドバイスを送る球界のレジェンド・山本昌氏

【50メートル5秒80の快足】

山本 日本ハムの新庄剛志監督は「二刀流いくよ?」と言っているんですか?

矢澤 はい。「自分が思ったとおりにやって。誰の言うことも聞かなくていいから」と(笑)。自分のスタイルでここまでこられたのだから、1年目はその力を試してみようという話をしていただいています。

山本 新庄監督らしいね(笑)。球界の先輩としてひとつアドバイスさせてもらえるとしたら、二刀流をするなら「どちらかがダメなら、こっちでいいや」という思いでは絶対に通用しないということ。投手で2ケタ勝利、野手で2ケタ本塁打とか、そんな活躍ができる選手になってもらいたいですね。

矢澤 ありがとうございます。

山本 その意味で、パ・リーグの球団に指名されたのは非常によかった。DH制のないセ・リーグで二刀流に挑戦するのは、かなり難しいので。僕は大谷翔平くん(エンゼルス)をルーキー時代からずっと取材していたんですけど、彼はプロに入ってからピッチャーの練習が中心になっていました。矢澤くんも今は同じような感じかな。

矢澤 そうです。

ピッチャーの練習に全部入って、野手はバッティング練習だけです。

---- 矢澤選手は以前に「ピッチャーの練習をやっていたら、高校時代より格段に足が速くなった」と言っていましたね。

山本 足は速くなるよね。タイム走とかする?

矢澤 はい。辻さん(孟彦コーチ/元中日)のメニューでダッシュをします。長い距離にしても、少ない本数を思いきり走ろうという方針です。

自然とピッチャーは足が速くなりますね。

山本 僕もプロに入った時は、50メートル走が7秒くらいだったのが、プロで2~3年やったら5秒台になりました。といっても、一歩踏み出した時点でスイッチを押す計測方法だったから、速いタイムが出やすいのだけど。50メートル走を50本くらい走った日もあって、もう死ぬかと思った(笑)。矢澤くんのタイムはどれくらい?

矢澤 大学日本代表候補合宿の時に光電管で測定したタイムが5秒80でした。

山本 えぇ~、きちっと計ってそんなに速いの? それはめちゃくちゃ速いなぁ。

矢澤 高校までも足は速いほうでしたけど、大学に入ってから「もう負けないな」という自信が出てきました。

---- 足が速くなると、投球にどんな好影響が出ますか?

山本 体幹も下半身も強くなるから、当然ボールは速くなります。下半身がしっかりして、腕も強く振れるようになるから。体幹がすごく鍛えられて、バッティングにもいい影響が出ると思いますよ。

【リリーフ向きと評した理由】

---- 山本さんは2022年のドラフト会議前の時点で、投手としての矢澤選手について「リリーフ向き」と評したことがありました。あらためてその真意を教えてください。

山本 本人は先発希望かもしれないし、あくまで僕が「一軍で大活躍するとしたら」という視点で感じたことなんです。

矢澤くんはボールのキレがあるし、三振がほしい場面で狙ってとれるスライダーもある。力投型のイメージもあるので、短いイニングで集中して抑えるイメージが湧きました。とくに今の日本球界はレベルの高い左打者が多くなっているから、左投げのリリーフは非常に重要。そう考えると、矢澤くんはリリーフならすぐに一軍に出られるかなと感じました。本人としては、やっぱり先発がいい?

矢澤 いえ、そこにこだわりはないですね。

山本 もし先発でやるなら、9割の力で放る術を覚えてほしいです。

常に全力で投げるのではなく、9割の力でピッと生きたボールを投げられれば、完投できると思います。ダルビッシュ有くん(パドレス)や田中将大くん(楽天)のように、ランナーが二塁にいくまでは球速を抑えるピッチングのほうが疲れませんから。

矢澤 今年に入ってから、球数をたくさん投げても変わらないフォームを追求するようになって、ブルペンでは7割くらいの力加減で練習していました。僕の投げ方では、今は10割の力を出すと200球も投げられない感じだったので。

---- 一方で、リリーフでの二刀流は準備が大変そうに感じますが、どうでしょうか?

山本 DHであれば、守備中に準備しやすいでしょうね。DHをやりながらブルペンに入ったり、ライトからマウンドに来たり。そんなセットアッパーがいたらカッコよくないですか?(笑) 矢澤くんは肩ができるのは早い?

矢澤 はい、すぐにつくれます。それにエスコンフィールドはブルペンが外野にあるので、肩をつくっている段階でだんだん注目してもらえたらうれしいなと。

山本 試合中に野手がブルペンに入ったら、「おい、ブルペン入ったぞ」ってスタンドもザワザワするよね(笑)。それも新しい野球の楽しみ方になるかもしれないですね。

矢澤 はい。

【休む勇気を覚えてほしい】

---- 矢澤選手から山本さんに質問したいことはありますか?

矢澤 先ほど「9割で投げる術」の話が出ましたが、山本さんはどの部分で力加減を調整していたのでしょうか?

山本 リリースの瞬間は当然、力が入るものなんですけど、そこで力任せに投げるのではなく、指にしっかりかかったのを確認しながら投げる感じです。そもそもなんで「9割」かというと、試合で「8割で投げよう」と思ったら結果的に9割くらいになるものなんですよ。試合になれば相手のバッターも、審判も、観客もいて、どうしても力が入ってしまう。僕はプロで何百試合も投げるなかで、加減ができるようになりました。

---- 矢澤選手はこれまでの言動から、「投球も打撃も、誰にも負けたくない」「誰もやっていないことをやりたい」という思いが人一倍強いように感じます。あらためて野球ファンに「プロでこんな姿を見せたい」という思いがあったらお聞かせください。

矢澤 僕は投打どちらもやらせてもらっているので、やっぱり大谷選手と比べられるのだろうと思います。でも、僕は僕ですし、新しいスタイルができてくればいいのかなと。この先、「投打どちらもやりたい」という選手が増えてくれたらうれしいですし、山本さんのように長く活躍して、野球界に貢献していきたいなと考えています。

山本 正直に言って、矢澤くんはどっちが好き?

矢澤 ......打つほうです。

山本 ハハハハ! これはあくまで「好き」の話だからね。

---- 今まで、そんなことを取材で言っていましたっけ?

矢澤 いえ、ドラフトが終わってから、ちょっと言うようになりました(笑)。

---- 最後に山本さんからアドバイスがあればお願いします。

山本 プロに入る後輩に必ず言っているんですけど、一番はケガのこと。ドラフト1位、しかも二刀流となれば、春季キャンプにはたくさんのメディアが取材に来るはずです。体のどこかに違和感を覚えても、「休みます」とは言いにくい状況かもしれない。それでも「休む勇気」を覚えてもらいたいですね。プロとアマの一番の違いは医療。医学知識のあるトレーナーやスタッフが必ずいるので、少しでもおかしいと感じたら相談して、焦らず休んでほしい。3日休めば済むものが、1カ月、半年とかかってしまう例を何回も見てきましたから。まずは1カ月やれれば、プロで通用します。そのくらいの気持ちでやってもらいたいですね。

矢澤 はい。今日はありがとうございました。

おわり


山本昌(やまもと・まさ)/1965年、神奈川県生まれ。日大藤沢高から83年ドラフト5位で中日に入団。5年目のシーズン終盤に5勝を挙げブレイク。90年には自身初の2ケタ勝利となる10勝をマーク。その後も中日のエースとして活躍し、最多勝3回(93年、94年、97年)、沢村賞1回(94年)など数々のタイトルを獲得。06年には41歳1カ月でのノーヒット・ノーランを達成し、14年には49歳0カ月の勝利など、次々と最年長記録を打ち立てた。50歳の15年に現役を引退。現在は野球解説者として活躍中。

矢澤宏太(やざわ・こうた)/2000年8月2日、東京都生まれ。5歳から町田リトルで野球を始め、中学時代は町田シニアに所属。藤嶺藤沢高では1年夏からベンチ入りを果たし、1年秋からエースに。3年夏は南神奈川大会ベスト8。高校卒業後は日体大に進学し、1年春に外野手としてリーグ戦デビュー。2年秋は外野手としてベストナインを獲得し、投手でもリーグ戦初勝利。その後も投打"二刀流"で活躍し、2022年秋のドラフトで日本ハムから1位で指名され入団。背番号は「12」。