清水直行インタビュー 後編

WBC公式球への対応

(前編:2006年の初優勝を振り返る。福留孝介の韓国戦ホームラン、イチローに「そんなことするの?」と思った選手>>>)

 3月8日に開幕するWBCでは、MLBで使用されているボールがWBC公式球として使用されるほか、マウンドや気候なども日本のプロ野球とは異なるため、ピッチャーは短期間でアジャストしていかなければならない。

2006年に開催された第1回WBCに出場した清水直行氏(元ロッテほか)に、アジャストする上での苦労、ピッチングにもたらす影響などを聞いた。

WBC公式球に慣れるまでの苦労を、ロッテOBの清水直行が実体...の画像はこちら >>

ロッテの石垣島キャンプで、WBC公式球を使ってキャッチボールする佐々木朗希

【WBC公式球で投げづらい球種】

――WBCで使用される球はNPBの公式球と比べて「滑りやすい」と言われますが、影響を受けやすいのはどんなタイプのピッチャーですか?

清水直行(以下:清水) 個人差はあると思いますが、変化球を多く投げるピッチャーのほうが対応が難しいと思います。

――清水さんもスライダーやカーブ、シュート、チェンジアップ、フォークなど球種が多かったタイプのピッチャーでしたが、やはり対応は難しかった?

清水「指でピッと切るボール」よりも「スッと抜くボール」の対応が難しくて、特にカーブが投げづらかったです。カーブを投げる時はスピンをかけて抜くのですが、WBC球で投げると「すっぽ抜けるんじゃないか」という感覚になるんです。そのことが頭をよぎって投げられませんでしたね。

――大会中はカーブを1球も投げなかったんですか?

清水 記憶は曖昧なのですが、2次ラウンドのアメリカ戦でデレク・ジーター選手(元ニューヨーク・ヤンキース)に1球くらい投げたかもしれません。それほどに制球が難しかった。

逆に、カット系やスプリット系といった指でピッと切るボールは、そんなに苦労しないと思います。

 カーブと、あとは大きなスライダーも対応が難しいです。ダルビッシュ有(サンディエゴ・パドレス)、田中将大(楽天)もMLBでスライダーをむちゃくちゃうまく投げていましたが、あのボールであれだけ曲げた上にコントロールできるのは本当にすごい。相当な努力をしたはずです。

【常にWBC球を持ち歩いていた】

――WBC球へのアジャストに要する時間はピッチャーによって違うと思いますが、清水さんはどのぐらいかかりましたか?

清水 カーブがしっくりいかなかったことを除けば、キャッチャーを3回ぐらい座らせて投げたあとに、「これで大丈夫かな」と思えたような気がします。座らせて投げる前には、遠投でのキャッチボールや立ち投げもしました。

――キャッチャーを座らせた状態で何球ぐらい投げたんですか?

清水 あまり多くは投げなかったと思います。

ただ、キャッチボールはしっかりやりました。ボールに慣れるためには本当に大切なので。あと、練習の時以外の移動中なども含めて、ふだんから常にボールを持っていましたね。ピッチャーにとって、手のひらや指先がボールに触れる時の感覚はすごく繊細なものですから。

 チェンジアップであれば、ボールを抜く時の手のひらの質感を感覚的に覚えておきたいですし、「WBC球だから、こう投げよう」という感覚をなくして、いかに違和感なく自然に投げられるようになるかを考えていました。そのためには、常にボールに触れているのがいいだろうと。


――ヤマ(ボールの縫い目)の高さがNPB球に比べて少し低いとされていますが、そこは気になりませんでしたか?

清水 最初に持った時は「あれっ?」という違和感がありましたが、それほどの大差はありません。ただ、その感覚もピッチャーによって個人差があるでしょうね。何か嫌な感じがすると、滑らないように気を使って、いつもより力をギュッと強く入れてしまったり......。そうなると、肩や肘に負担がかかってしまいます。

――NPB球に比べて、ロジンバッグの使用頻度は増えましたか?

清水 滑ると思ったらロジンを使って、ボールをしっかりこねたりしてから投げていました。ただ、ロジンを使う頻度はそんなに変わらなかったと思います。
WBC球に慣れることも重要ですが、マウンドの硬さや傾斜、気候の違いといったことに慣れることも同じくらい重要です。

【硬いマウンドへの対応と、大会後の影響】

――マウンドに慣れるために、どんな対策をしましたか?

清水 アナハイム(エンゼル・スタジアム)で行なわれたアメリカ戦の前に、「マウンドが硬くて、あまりスパイクの歯が入らない」と聞いていたので、練習では歯をちょっと削って低くしたり、歯を少なくしたスパイクで投げました。歯が高いと引っかかっていたと思いますが、対策をしたおかげで実際に投げた時もあまり違和感がなかったです。
 
 今回の準決勝、決勝の舞台になるマイアミ(ローンデポ・パーク)もマウンドが硬めで少し高いようですし、いかにアジャストできるかがポイントです。あと、僕らが試合をしたサンディエゴ(ペトコ・パーク)は乾燥していましたが、マイアミは湿度が高い。湿度の違いでボールを持つ感覚は変わりますし、それにも早く慣れたいところですね。

――WBC球にアジャストし、大会を戦ったあとにプロ野球のシーズンに入るわけですが、ボールやマウンドが戻ることでピッチングに影響はありましたか?

清水 WBC球にアジャストする時は多かれ少なかれ苦労するピッチャーがいると思いますが、いつものボールやマウンドに戻る時は意外と大丈夫だと思います。

僕の場合はボールの感触や環境が元に戻った安堵感が大きかったですし、感覚を戻す作業はスムーズなほうだったと思います。

 ただ、先ほど話したように、カーブやスライダーを多投するピッチャーだと、NPB球の感覚を取り戻す時も時間がかかるのかもしれません。

――今回の投手陣は、戸郷翔征選手(巨人)、佐々木朗希選手(ロッテ)、栗林良吏選手(広島)、湯浅京己選手(阪神)、宇田川優希選手(オリックス)、高橋宏斗選手(中日)ら、外国人バッターに有効なスプリット、フォークを得意とするピッチャーが多く選ばれています。

清水 カーブやスライダーに比べて、スプリットやフォークは投げる上で違和感が少ないと思います。指先の感覚が慣れてくればWBC球のほうがよく落ちますし、かなり有効な武器になるはずです。

【若い投手たちはダルビッシュから学べるチャンス】

――これまではWBCでピッチャーが投げる上での課題を聞いてきましたが、逆に大会に出ることで得られるものは?

清水 トップレベルの選手たちが集まるので、キャッチボールをするだけでも得られるものがあると思います。

僕は黒田(博樹)さんや上原(浩治)、(松坂)大輔、石井(弘寿)らとキャッチボールをしましたが、「こういうところを意識してるんだな」「ボールの回転がきれいだな」といったことを感じました。

 個々が取り組んでいるランニングの方法なども参考になるはずですし、他の投手に聞いても教えてくれない、なんてことはないと思います。他にも、汗が出る時にどうやってロジンを使っているのかとか、経験のある選手たちにいろいろなことが聞けるのは、必ずプラスになると思いますよ。

――経験豊富なダルビッシュ選手が今回参加しているのは、そういう面でも他のピッチャーに好影響を与える?

清水 大きいですよ。ダルビッシュの変化球の握り方などはめちゃくちゃ参考になりますし、特に若い投手たちは彼から学べる絶好の機会です。僕のなかでダルビッシュは、昔も今も"スーパーピッチャー"。本人にも常にそう伝えているんですけど、彼は「いやいや、僕らがあるのは先輩方をはじめ、みなさんのおかげです」と謙遜するんです(笑)。

 とにかく彼は、投手としてずば抜けています。ボールをリリースする時の感覚、投げる上での心構え、準備など、他のピッチャーたちはいろいろなことを吸収してほしいですね。

――佐々木選手をはじめ、若いピッチャーも多く選ばれています。

清水 昔と比べて野球の国際大会は増えていますし、各大会のボールや環境にも慣れるのは大変かもしれません。ただ、今は昔と比べてアジャストはしやすいのかなとも思います。

 NPBでもいくつかの球場がメジャー仕様のマウンドを取り入れ、公式球は2011年から国際大会使用球に近いミズノのボールに統一されていますしね。昔は、ローリングスのボールを使って3連戦したあと、次の対戦カードではゼットだったこともありました。それでも対応していましたけどね(笑)。

 WBCで世界の強豪国のバッターと対戦できることは、自分を高めていくための絶好のステージですし、今までと違う景色を見ることができるはずです。チームを勝たせることはもちろん、個々のピッチャーのステップアップの機会にしてほしいですね。

【プロフィール】
清水直行(しみず・なおゆき)

1975年11月24日に京都府京都市に生まれ、兵庫県西宮市で育つ。社会人・東芝府中から、1999年のドラフトで逆指名によりロッテに入団。長く先発ローテーションの核として活躍した。日本代表としては2004年のアテネ五輪で銅メダルを獲得し、2006年の第1回WBC(ワールド・ベースボールクラシック)の優勝に貢献。2009年にトレードでDeNAに移籍し、2014年に現役を引退。通算成績は294試合登板105勝100敗。引退後はニュージーランドで野球連盟のGM補佐、ジュニア代表チームの監督を務めたほか、2019年には沖縄初のプロ球団「琉球ブルーオーシャンズ」の初代監督に就任した。