ヌートバーはなぜ日本人の心をつかめたのか? ポイントは「高校...の画像はこちら >>

WBCで多くの野球ファンの心をつかんだラーズ・ヌートバー

 WBCの興奮冷めやらぬまま、メジャーリーグが開幕。大谷翔平ダルビッシュ有、吉田正尚ら世界を獲った侍ジャパンメンバーのプレーから目が離せない。


 今回のWBC、日本において最も知名度を高めたメジャーリーガーといえば、日本人の母親を持つ日系アメリカ人、セントルイス・カージナルスのラーズ・ヌートバーだろう。

 ヌートバーは侍ジャパンに合流直後からチームに溶け込み、ミドルネームの達治(たつじ)からとった「たっちゃん」の愛称でチームメイトやファンに親しまれた。

 昨シーズンまで日本ではほぼ無名ながら、なぜこれほどまで人気になったのだろうか? 出塁率.424の活躍ぶりもあるが、それだけなのだろうか?

 メジャーリーグを取材するスポーツジャーナリストであり、コミュニケーションに関する講演も行なう瀬戸口仁さんに多角的に話を聞いた。

栗山英樹監督の心をつかんだ「高校球児感」

 WBCのメンバーが発表された今年1月末の時点で、ヌートバーを知っていた日本人はあまりいなかった。どのような経緯で侍ジャパンに選出されたのだろう。瀬戸口さんが説明する。

「今回の侍ジャパンメンバーの平均年齢は26.5歳。

栗山英樹監督は、今後も見据えて、史上最も若い代表チームをつくろうとしました。

 そんななか若い日系人メジャーリーガーも参加させ、新しい風を吹き込みたかったのでしょう。昨シーズン、メジャーで108試合に出場し、出塁率や長打率でそれなりの数字を残していたヌートバー、25歳に白羽の矢が立ったのです。

 栗山さんとヌートバーの初めての顔合わせはリモートでしたが、なんと画面越しのヌートバーは日本代表の『J』のキャップをかぶっていた。

 それも、ツバを折り曲げていたんですよ。その姿が日本の高校球児を彷彿とさせたんでしょう。
栗山さんは一目で彼を気に入ったそうです」

ヌートバーはなぜ日本人の心をつかめたのか? ポイントは「高校球児感」「泥臭さ」「笑顔」ジャーナリストが解説

スポーツジャーナリストの瀬戸口仁さん

 ヌートバーが日本代表に合流し、すぐに溶け込むことができた理由のひとつが、この帽子に象徴される"日本らしさ"だと、瀬戸口さんは考える。

「ロサンゼルスにあるヌートバー家は、2006年の日米親善野球大会で日本代表選手をホームステイさせたことがあり、ヌートバーは田中将大斎藤佑樹たちと記念撮影をしています。ツバを折り曲げた帽子は、もしかするとこの交流の影響もあったのかもしれませんね」

●日本人好みの「泥臭いプレー」

 WBCのハイライトでもよく取り上げられるのが1次リーグ韓国戦での、ヌートバーのダイビングキャッチ。前日の中国戦でもスライディングキャッチで観客を沸かせた。

「センターを守るヌートバーが、必死にボールを追いかける姿が印象的でした。ぎりぎりで捕球して、試合の流れをたぐり寄せたのはもちろん、身をていして捕りにいく勇気がみんなの心に響いたのだと思います。

 その試合は東京ドームでした。

人工芝なので、めくった下は固いコンクリートでケガをするリスクが大きいんです。土のグラウンドや天然芝に慣れているヌートバーがボールに飛びついていく姿は、彼が日本代表にかける心意気の表れでした」

 打撃でもガッツが見られた。

「注目すべきはヒットよりも、大会を通じて記録した6つの四球。ヌートバーは、南カリフォルニア大学時代から選球眼に定評がありました。

 ヒットやホームランで目立たなくてもいい。じっくりボールを見極め、なんとしてでも塁に出る。
こうした泥臭さが日本の野球ファンにはたまらない、応援せずにはいられないんです」

●明るいムードをつくる「笑顔」

 今回の侍ジャパンはチームの雰囲気が明るく、選手たちの笑顔が印象的だった。

「チームの中で最も笑顔を見せ、ムードメーカーとなっていたのがヌートバーでしょう。ペッパーミルパフォーマンスも含め、彼を見ているとこちらも楽しくなってくる。

 この明るい雰囲気づくりが日本人は苦手なんですよね。言わなくても察する能力は高いのですが、その分表情に乏しい。

 一方、メジャーリーグでは、選手の約4割がスペイン語圏の出身。

クラブハウスでは英語に混じってスペイン語がよく飛び交っています。ヨーロッパ、アジアからも異なる言語や文化の選手が同じチームで野球をするわけです。

 メキシコ戦の最終回で、ヒット後に塁上からベンチを鼓舞した大谷翔平しかり、身振り手振りでとにかく伝えるのが大事。言葉が通じない分、非言語も積極的に使いながら意思疎通をするのがメジャー流なんです。

 こうした背景があって、ヌートバーのチームメイトへの好意、仲間意識が言葉以上に伝わったのでしょう」

 一方、言語コミュニケーションも見逃せない。

「ヌートバーの言語コミュニケーションのすばらしさが詰め込まれたのが『君が代』。
英語圏で育ったヌートバーにとって、日本の国歌を歌うのはたやすいことではありません。

 『おはよう』『ごちそうさま』といったフレーズならば簡単に覚えられますが、『君が代』となると話は別。きっと時間をかけて練習をしたはず。こうした日本代表への思いがファンを虜にしたのでしょうね」

 ヌートバーは今季、どんな活躍を見せるのか。期待せずにはいられない。

【プロフィール】
瀬戸口 仁 せとぐち・ひとし 
スポーツジャーナリスト、「怒りマネジメント」ファシリテーター。スポーツ新聞社でプロ野球を11年間取材後、アメリカ・ニューヨークでメジャーリーグをはじめとした多くのアスリートを13年間取材。35年以上のジャーナリスト経験をもとにさまざまなテーマで、講演、セミナー、研修を全国で行なっている。