阪神の捕手として4年間プレーし、1985年からセ・リーグの審判員(2011年に両リーグ審判員が統合)に転じた橘髙淳氏。昨シーズンまでプロ野球史上最長となる38年間審判員を務め、ジャッジした試合は3001試合。

そんな橘髙氏にこれまで見た投手のなかで、強烈に印象に残った投手は誰なのか。今回、「先発」「中継ぎ」「抑え」に分けて、それぞれベスト5を選出してもらった。

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1989、90年と2年連続20勝をマークした斎藤雅樹

【山本由伸は1年目から活躍の予感があった】

 まず先発投手で挙げたいのが斎藤雅樹投手(元巨人)。1989、90年と2年連続20勝をマーク。あれから30年以上経ちますが、いまだ2年連続20勝投手は出ていません。右打者に対してグッと曲がって本塁ベースの外角をかすめていくスライダーは絶品。見逃してもストライク、打ちにいっても当たらない。

同じ球が、左打者なら膝もとに食い込んできます。本人は「カーブ」と言っていたそうですが、キレは抜群でした。それにコントロールもテンポもすばらしかった。

 あの時代、巨人の斎藤投手(通算180勝)、槙原寛己投手(同159勝)、桑田真澄投手(同173勝)の先発三本柱がいずれも200勝に届かなかった。この記録がいかに難しいかというのを実感しました。

 上原浩治投手(元巨人ほか)のストレートとフォーク、そしてコントロールは驚異的でした。

球速表示は150キロに届いていなかったように思いますが、初速と終速の差が少ないのでしょうね。表示以上に速く感じましたし、キレがよかった。擬態語で表現するなら「シュルシュル」という印象でした。

 左投手では井川慶投手(阪神ほか)。阪神・野村克也監督時代の2001年、よく試合に投げていました(リーグ最多先発、最多敗戦、最多与四球)。井川投手とグレッグ・ハンセル投手が中心のローテーションでしたが、チームは最下位で、勝ち星にも恵まれませんでした。

ただ、その頃からストレートとチェンジアップは威力がありました。その後、星野仙一監督の2003年には20勝をマークして、18年ぶりの優勝に貢献。MVPにも輝きました。コントロールはかなり向上していましたね。

 山本由伸投手(オリックス)は昨季2年連続投手四冠(最多勝、最優秀防御率、最高勝率、最多奪三振)に輝いていますが、さすがそれだけの投手とあって、球威、コントロールとも最高です。

 山本投手が一軍で脚光を浴びたのが、54試合で32ホールドを挙げたプロ2年目の2018年ですが、1年目の頃からストレートの球威とコントロールは目を見張るものがありました。

長年投手を見てきた経験則から、「あの投手は必ず一軍に出てくるよ」とほかの審判に話した記憶があります。

 先発の最後は佐々木朗希投手(ロッテ)です。昨年4月10日のオリックス戦での完全試合がすべてです。あの試合、私はマスクを被らせてもらいました。ストレートは160キロ以上出ていましたし、150キロに迫るフォークもよく落ちていました。

 何もかもが規格外で、「1試合19奪三振(日本タイ記録)」「13連続奪三振(日本新記録)」というとんでもない記録も達成。

でも、昨年までのプロ3年間でまだ12勝なんですね。今後どれくらい勝ち星を積み重ねられるのか、本当に楽しみです。

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1991年にセ・リーグ新人王に輝いた森田幸一

【中日・小兵投手の強烈なストレート】

 中継ぎ投手は、まず思い浮かぶのがジェフ・ウィリアムス投手(元阪神)。岡田彰布監督時代の2005年、阪神はウィリアムス(40ホールドポイント)、藤川球児投手(53ホールドポイント)、久保田智之投手(27セーブ)による勝利の方程式"JFK"を確立させ、優勝しました。

 ウィリアムス投手は、サイドスローから150キロを超すストレートとスライダーが武器の投手で、なかでもスライダーは左打者の内角から外角までベースをまたぐくらい大きく曲がりました。それにキレも抜群でした。初見で打つのは至難の業だったと思います。

 ヤクルトが誇った石井弘寿投手(元ヤクルト)、五十嵐亮太投手(ヤクルトほか)の「ロケットボーイズ」も印象に残っています。守護神・高津臣吾につなぐ快速投手として活躍し、ふたりともストレートは155キロをマーク。変化球も石井投手がスライダー、五十嵐投手はフォークを持っていました。彼らのあとに投げる高津投手はコントロールと変化球のキレで勝負していただけに、打者は対応するのが難しかったと思います。

 1991年に新人王を受賞した森田幸一投手(元中日)も印象深いですね、173センチ、68キロと小柄な投手でしたが、ストレートに伸びがありました。中継ぎ、抑えとして活躍し、50試合の登板で10勝17セーブを挙げました。

 現役投手では、リバン・モイネロ投手(ソフトバンク)です。150キロを超えるストレートも威力十分ですが、大きくタテに割れるカーブは絶品。打者からすれば、顔の高さからストライクゾーンに落ちてくる感じだと思います。バットに当てるのも難しい、まさに"魔球"ですね。

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「火の玉ストレート」を武器に日米通算245セーブを挙げた藤川球児

【消えた岩瀬仁紀のスライダー】

 クローザーは、通算セーブ数の多い5人を挙げさせていただきます。まず通算407セーブの岩瀬仁紀投手(元中日)と言えば、スライダーです。とくに右打者は、体の近いところまできて曲がるので、「とらえた」と思っても空振りかファウルにしかならない。私たち球審は捕手のミットに入るまで球が見えていますが、打者からしたら「消える」感覚かもしれませんね。

 日米通算381セーブの大魔神・佐々木主浩投手(元横浜ほか)と言えば、フォークボールです。佐々木投手の場合、ストライク、ボールの際どいところをジャッジするというより、ほとんどが空振りストライクなので、そういう意味で球審としてラクをさせていただきました(笑)。球種はストレートとフォークの2種類でしたが、打者はなかなか打てなかったですね。

 高津臣吾投手(元ヤクルトなど)の決め球は、サイドスローからのシンカー。球審としては、横の変化よりタテの変化のほうが判定しにくい。しかも高津投手のシンカーは、高めから落ちるのではなく、低めから落ちます。打者もストライクだと思って手を出すのですが、そこから沈むので凡打になってしまう。審判にとっても、打者にとっても厄介なボールでしたね。

 藤川球児投手は、"火の玉"の異名をとったストレート一本で三振を奪うことができました。打者はストレートがくるとわかっていても当たらない。物理的に浮き上がることはないのですが、藤川投手のストレートは本当にホップするような球筋でした。私個人としては、ストッパー時代よりもセ・リーグ記録(当時)となる46ホールドを挙げた2005年のストレートが一番速かったと思います。

 デニス・サファテ投手(ソフトバンクほか)は、2017年に日本記録となる54セーブをマークしましたが、この数字は別格ですね。ちなみに、セ・リーグ最多は岩瀬投手と藤川投手の46セーブです。スピードは160キロに迫る勢いで、193センチの長身から高いリリースポイントで投げ下ろすため、打者はなかなかミートできませんでした。サファテ投手は、広島、西武にも在籍しましたが、その時よりもソフトバンク時代はコントロールがよくなって相当グレードアップしていました。チームとしては安心して見ていられたのではないでしょうか。