西武の大卒2年目、隅田知一郎が4月19日のソフトバンク戦で389日ぶりの勝利を飾ったヒーローインタビューのあと、一緒にお立ち台に上がった新外国人デビッド・マキノンは長いトンネルを抜けた左腕投手に握手を求め、何やら語りかけた。
「『おめでとう。
決勝2ランで援護したマキノンはそう語ると、破顔一笑した。満足げな勝利の立役者を見ていると、試合前に話していた内容を思い出した。
西武新外国人のデビッド・マキノン
【チームの勝敗を重視する日本野球】
「日本の選手たちはチームの勝敗をより重視しているように感じる。俺はマイナーリーグに何年もいたけど、決してそうではなかった。マイナーで上のレベルに上がっていくには成績を残し続けなければならない。
春季キャンプが始まる数日前、マキノンは同じような話をしていた。「チームの勝利のために」という価値観に惹かれたことが、来日を決めたひとつの理由だという。日本人選手には当たり前の考え方だが、マキノンにとっては「大学以来のことだから、楽しみにしている」というのだ。
野球とベースボールは、まるで違う──。
海を渡った日本人メジャーリーガーの多くがそう口にしている。
日米で優劣がある、という文脈ではない。たとえばマイナーリーグではいきなり解雇通告を受けることも珍しくなく、チームの勝敗より個人の成績重視にならざるを得ない。状況や考え方が変われば、同じ競技と言ってもさまざまに異なってくるのだ。
野球とベースボールの大きな違いとして、マキノンは「得点の生み出し方」を挙げた。
「日本ではバントやヒットエンドラン、盗塁など"スモールベースボール"を絡めていく。
【日米投手とストライクゾーンの違い】
今年は吉田正尚(レッドソックス)と千賀滉大(メッツ)、藤浪晋太郎(アスレチックス)が海の向こうで挑戦を始めたが、メジャーではさまざまな違いに対応しなければならない。ボールやグラウンドの質、初見の対戦相手、気候、時差、移動距離、言葉の壁などだ。
NPBに"助っ人"として加わる新外国人選手にも同じことが言える。彼らは開幕当初から活躍を求められるなか、新天地で適応するべく試行錯誤を繰り返している。
日米の違いとして、ストライクゾーンが挙げられる。3月のWBCでは、普段と異なる基準に戸惑う日本人打者がいた。アメリカから来たマキノンはどう感じているのか。
「(アメリカと比べて)左右に広いように感じる。
打率3割を残せば上出来のバッティングが難しいのは、投手のアクションに反応しなければならないからだ。
「(アメリカの投手とは)タイミングが少し違う。日本人投手が92マイル(約148キロ)を投げたとして、(同じ球速のアメリカ人投手より)対応が少し難しく感じる。ボールにスピンを効かせるのがうまいからだろうね。90~92マイルのボールでも(アメリカ人の)93~94マイルのように感じる。どのカウントでも自分が投げたいボールを投げてくるし、多くの投手は4、5球種を持っているからね。
だから、慣れていかなければならない。でも、以前にもそういう投手と対戦したことはあるから、突拍子もないことをするわけではない。一度対戦すれば、どんな投球をするのかイメージをつかめる。だからまず、できるだけ多くのピッチャーを見ていく必要がある」
異国にやって来て、ストライクゾーンが違い、初めて対戦する投手に慣れていく作業は、"元メジャーリーガー"といえども簡単にいくわけではない。日本人投手のレベルも年々上がっている。
【愚痴を言う相手がいない】
さらに、立ちはだかるのが言葉の壁だ。
「難しく感じるのは、誰かに愚痴を言いたくても相手がいないことだ。家に帰れば妻がいる。でも、試合中に打てなくてイライラしたときにチームメイトにグチを言いたくても、こぼすことができない。何か聞きたいことがあっても、少し難しい。これまで当たり前と思ってきたことが、今は少し違う。でも、ライオンズの選手はいいヤツらばかりだ。英語も少し話すしね。そういうなかでのコミュニケーションの仕方を学んでいかなければならない」
異国で外国人として暮らした経験がある者なら、マキノンの胸中を想像できるだろう。筆者は英国のサッカークラブ、セルティックに移籍した中村俊輔を追いかける通信員として4年間当地で暮らした。渡英当初は英語をほぼ話せなかったので、マンションを借りるのも苦労した。
同時に、外国人としての日々はこのうえなく面白かった。見るものすべてが新鮮だったのと、現地のスコットランド人は親切かつユーモアにあふれていたからだ。彼らの強烈に訛(なま)った英語を理解するのは難しかったが、楽しさがはるかに上回った。
2月に来日したマキノンは、日本で前向きにプレーしていると語る。
「チームの勝利を求める日本のスタイルが大好きだ。チームメイトと一緒に楽しんでいる。もう少し打てたら、もっと楽しめるんだけどね(笑)」
そう冗談めかすと、プロ野球選手のプライドを見せた。
「チームの勝利を求め、守備と走塁で全力を尽くしていく。それらは自分で能動的にできるものだ。対して、バッティングはそうではない部分もある。だから努力し続けなければならない。いつかカチッとはまり、打てるときがやって来るはずだ。
新しいリーグに移籍した時、初めて対戦する投手の投球スタイルに慣れるのは一番難しいところだと思う。自分やマーク(ペイトン)はそれをやっているところだ。足の上げ方なども調整していかなければならない。ボールはよく見えてきたけど、まだ自分のスイングではない。思うように打てるまで、チームが勝てるように守備を頑張って貢献していきたい」
4月19日のソフトバンク戦の前にそう話したマキノンは、勝負強い打撃を見せる打席もあれば、エラーで手痛い追加点を与えた試合もあった。一進一退の日々だろうが、彼には明確なモチベーションがある。
プロ6年目の昨季、初めてメジャーに昇格した。大きな夢をかなえたシーズン終了後、ノンテンダーFAとなった直後に西武からオファーが届いた。絶妙のタイミングで好条件が提示され、新天地へ移ることをすぐに決めた。
メジャーリーグからNPBにやって来て、両者の違いはどこが大きいと感じているだろうか。
「ベンチを見ればわかると思う。ライオンズの選手たちは試合にのめり込んでいる。アメリカではチームの誰かがいいプレーをした時に、そこまで喜ぶ姿はメジャーでもマイナーでもそうないと思う。メジャーやマイナーのベストチーム(うまくいっているチーム)では互いに激励し合っているけれど、すべてのチームではない。日本では、どのチームもベンチからエネルギーが湧き上がっているように感じる」
マキノンは得点を生み出してベンチに帰ってくると、両腕で力こぶをつくるようなポーズで盛り上げている。負けた試合後は、悔しさを噛みしめるような表情だ。公共交通機関を使う移動はまだ慣れていないと話したが、試合後の西武球場前駅ではファンと楽しそうに語らっている。
「チームの勝利のために」という価値観は、日本人からしたら当たり前のものかもしれない。だが、今年来日したマキノンのフィルターを通すと、プロ野球の魅力があらためて浮き上がってくる。