松尾汐恩~Catch The New Era 第4回

「自分の出番はなかったんですけど、それ以上に見て勉強できたことがすごく多かったので、本当にいい2日間になったと思います」

 快活な雰囲気を漂わせ、横浜DeNAベイスターズのドラフト1位ルーキー・松尾汐恩はそう語った。

DeNA松尾汐恩が経験した「濃密な時間」 大田泰示のベンチで...の画像はこちら >>

プロ入り後初めて一軍登録され、試合前に円陣の中心で声を出す松尾汐恩(写真中央)

【首位攻防戦で初の一軍登録】

 開幕以来、松尾はファームの試合に出場し、基礎から研鑽を積んできたが、6月23日、プロになって初めて一軍登録された。

 吉報が届いたのは、前日のファームでの試合後のことだった。

「明日から行ってこい!」と、チーム関係者から伝えられた。

「うれしかったですね。まず考えたのは、自分がチームにできることはあるのか、チャンスがあれば思いきってぶつかっていこうって。また、持って帰れるものを見つけて、今後の自分のプラスにしなくてはと思いました」

 高鳴る胸のときめき。当日は同じ寮生で、先輩の森敬斗と一緒にハマスタへ向かった。

「森さんには、練習から試合までの流れなどいろいろな話を聞きました。

そして『緊張すると思うけど、思いきって頑張ろう!』と声をかけていただきました」

 3月上旬のオープン戦以来となるハマスタの雰囲気。交流戦で初優勝し、阪神との首位攻防戦に挑むチームは活気にあふれていた。

「球場入りして、ロッカールームに行く時は何かワクワクしましたね。チームの雰囲気もよくて、みなさん快く迎えてくれたので、やりやすさも感じました。ただ、オープン戦の時と違うなと感じたのは、みなさんの目の色です」

 もちろんファームでも激しい競争や厳しい試合はあるが、一軍のステージで戦うことの意味、そのプレッシャーとやりがいの大きさを松尾は感じた。

 13時半からウォーミングアップをして全体練習は始まる。

各選手が守備や打撃練習をローテーションしていくわけだが、松尾はキャッチャー組に入って汗を流していた。

 オープン戦以来となる久しぶりの相川亮二チーフ作戦兼バッテリーコーチとのトレーニング。一軍合流した際に松尾は相川コーチから次のように言われた。

「いま自分の持っているモノを思いきって出してくれ」

 この言葉で松尾の気合がさらに入ったのは言うまでもない。そして練習中、相川コーチにかけられてうれしい言葉があった。

「トレーニングをしている時に、相川コーチから『キャンプの時とは別人になったな。

キャッチャーとしての動きとか、そのあたりは変わってきたと思うよ』と。ありがたかったですし、もっと努力しないといけないなって思いました」

 練習を終えると休憩に入り、軽食を摂るなどしばしのリラックスタイム。先輩たちのオンとオフの切り替えの様子をじっくりと観察した。松尾の趣味は"人間観察"である。

 太陽は徐々に傾き、試合開始時刻が迫ってくる。再びアップでグラウンドに出ると、すでに客入れは始まっており、騒めくハマスタの鼓動を感じた。

「ハマスタで初めてのナイターでしたし、すごくテンションが上がりました。オープン戦とは雰囲気がまったく違うなって」

 黄昏のなか、グラウンドには照明が灯り、カクテル光線を浴びて躍動する選手たち。さらに詰めかけたファンの地鳴りのような大声援に松尾は圧倒された。また一方で、心からこの場でプレーをして活躍したいと思った。

【いつか一軍の戦力になれるように】

 結果的に松尾は翌々日に登録抹消され、一軍帯同されたのはわずか2日間だった。マスクを被ることはおろか、打席にも立てず、チームの力にはなれなかった。それでも、冒頭で述べたように学ぶことは多かった。

 初日は今永昇太が完投勝利、2日目は東克樹の完封勝利を目の当たりにした。ふたりとも春先にファームで松尾が受けていた投手である。やはり、あの時とは見え方は違ったのだろうか。

「やはり今永さんは真っすぐの質はもちろん、マウンドでの立ち居振る舞いはさすがだなと思いましたし、東さんは真っすぐに加え、変化球の組み立てなど勉強になるところが多く、ファームで投げていた時とは一段も二段も違うなって」

 もちろん、キャッチャーのインサイドワークにも釘づけになった。

「戸柱(恭孝)さんのピッチャーへの気遣いや、(山本)祐大さんの配球。ピッチャーだけではなく、チーム全体を見ながらのプレーは勉強になりました。

非常に視野が広いと感じましたし、自分もこういう風にプレーしなきゃなって思いました。試合全体の流れというのか、キャッチャー目線でいろいろ考えながら見させてもらいましたが、"自分だったらこうするのに"と思うところでけっこう違っていたりして、配球面で学ぶところは多かったですね」

 試合をじっくりと観察する一方、ベンチでは若手らしく声を張り上げ、チームを鼓舞しようと努めた。

「大田(泰示)さんの横で声を出させてもらったんですけど、声がけひとつにもいろいろあるんだなって。大田さんのチームメイトへの目配り、気配り、確認など、声がけの種類の多さというか......やっぱこれが一軍なんだなって」

 五感で触れた一軍での時間。この2日間は松尾にとってかけがえのない経験になった。

「バッティングに関しても、いろいろな選手からお話が聞けましたし、技術的にはまだまだだなと感じることも多かったのですが、この貴重な経験をしっかり持ち帰ってファームで実践できるようにしたいですね。そしていつか先輩方と肩を並べられるように、そして一軍の戦力になれるように、これからも練習をしていきたいと思います」

 いつかはベイスターズの正捕手に。誰もが松尾の台頭を期待している。

【フレッシュオールスターでの抱負】

 そんな松尾は7月18日に富山市民球場(アルペンスタジアム)で開催される『フレッシュオールスター2023』のメンバーに選出された。有望な若手選手たちが集う祭典に挑むにあたり、松尾は次のように語る。

「選ばれたことは非常に光栄ですし、期待に応えられるいいプレーを、楽しみながらできたらなと思っています。とにかく元気にやっている姿をみなさんに見ていただけたらうれしいですね」

 対戦や再会を楽しみにしている選手はいるのだろうか。

「うーん、やっぱり高校の時からの知り合いで、たまに連絡をとる巨人の浅野翔吾選手と一緒のチームでやれるのは楽しみですね。負けないように、見ている方を魅了するようなプレーを思い切ってやりたいと思います」

 はたして、若きベイスターズの星が富山の地でどんな輝きを見せてくれるのか、今から楽しみだ。

 松尾は7月6日に19歳の誕生日を迎えた。10代最後の1年、どんな日々にできたらと考えているのだろうか。

「いろんなことを経験しながら、チャレンジ精神を持って日々過ごしていきたいですね。えっ、やっておきたいことですか? うーん、プライベートとかではあまりなくて、やっぱり野球でしっかり結果を残すことですね」

 そう言うと松尾は、爽やかな風のような笑顔を見せてくれた。刺すような日差しが厳しい夏の盛り、松尾は進化を止めることなく、今日も溌剌とグラウンドに立つ----。