まだ周囲が寝静まっている朝4時半前──。

 昨季かぎりで通算19年間の現役生活に終止符を打ち、西武のファーム投手コーチに就任した内海哲也(41歳)は選手時代とほぼ同じ時間に起きて、埼玉県所沢市の本拠地までクルマを走らせている。

 コーチに専念した当初はもう少しゆっくり寝ていたが、通勤ラッシュとかぶると30~40分よけいに通勤時間がかかることをストレスに感じ、現役時代と同じ朝5時に自宅を出発するのが今も"ルーティン"だ。

内海哲也「選手に『ああしろ』『こうしろ』と言う必要はない」 ...の画像はこちら >>

内海哲也(右)の引退会見に登場した渡辺勇太朗(左)

「早めに来てトレーニングルームでバイクを軽く漕いだり、体幹やストレッチをしたり、たまにウエイトトレーニングをしたり。朝活ですね(笑)」

 2000年代後半から巨人の投手陣を牽引した内海と言えば、「アーリーワーク」が代名詞だった。全体練習の前、自分でやりたいトレーニングを数時間行なうことで心身を整え、2011年から左腕投手では史上4人目となる連続最多勝を獲得した。

 巨人の功労者は2018年オフ、フリーエージェント宣言した炭谷銀仁朗(現・楽天)の人的補償で西武へ。4年間の在籍期間は「何もできなかった」と振り返るほど不本意な成績に終わったが、「若手に経験を伝えてほしい」と要請を受けた西武で今年、第二の野球人生をスタートさせた。

「若い選手がよくなるために、指導者として日々努力しなければと思っています。幸いにもライオンズで今、コーチングの勉強をさせてもらっているので『教わったことを使おう』と思いながら毎日来ています」

 学んだひとつが、コミュニケーション術だ。

 たとえば前日、ファームの試合で投げた投手にどんな質問をすれば、胸のうちが透けて見えるのか。コーチの問いかけ方や、スタンスひとつで見える範囲は変わる。日々の小さなやりとりが、もしかして若手選手を大きく飛び立たせるきっかけになるかもしれない。

 今、内海が目指しているのは「よき相談相手」だ。

【名白楽・小谷正勝の教え】

「去年まで現役としてみんなと一緒にやっているので"コーチと選手"という関係になりきらず、もっと近い存在でありたいなと。『自分はコーチ』と線引きすると、選手はとっつきにくいと思うので。たわいもない話から野球の話まで、悩んでいるときにパッと声をかけてあげられるように心がけています」

 いわゆるメンターの役割だ。"上司と部下"というより、先輩として後輩をサポートしていく。

 内海は巨人時代の選手会長を務めた頃にチーム内の派閥をなくすなど、選手たちがコミュニケーションを図りやすい環境整備に努めた。球界でよく知られる"気配りの人"だけに、リーダーシップの考え方にも独特なものがある。

 そんな彼だからこそ、聞いてみたいことがあった。

選手が成長するために、コーチはどれくらい寄与できるものだろうか。

「大して多くないと思います」

 内海は即答した。

「個々の選手がやることですし、僕も現役の頃にはそう思っていました。特に今は情報量が多いので、選手それぞれが『自分はこれ』と決めたトレーニングをやっている。だからこそ、コーチが『ああしろ』『こうしろ』と言う必要はないと思っています」

 上位下達は今の時代に相応しくない。だからこそ、コーチになったばかりの内海は選手たちと絶妙な距離を保とうとしている。

「ずっと見ているなかで気になったことに対し、『俺ならこうするかな』とワンポイントでボソッと言ったことが、その選手に当てはまるケースはゼロではないと思います。そういう可能性のために毎日、まずは選手を観測することを心がけています」

 内海には指導者として大切にしている言葉がある。プロとしてやっていく自信がまるでなかった若手時代、二軍投手コーチとして大きなきっかけをくれた小谷正勝(78歳)の教えだ。

「初めは見るだけにしろ。何も言うな。とにかく見ろ」

 現役最後の2022年、西武でコーチ兼任となることが決まり、指導の極意を聞きにいった際に教えられた。

佐々木主浩、斎藤隆(ともに元横浜/現DeNA)、川崎憲次郎(元ヤクルト)など数々の投手に大きな影響を与えた名白楽は、決して押しつけるタイプではなかった。

【サードスローを提案すると...】

 まずは観察して選手の特徴を把握し、この練習をやれば上達するというメニューを与える。内海は現役時代、「サードスロー」という練習法を小谷に教えられ、投げ方のコツを体得した。文字どおり、サードで内野ノックを受けてファーストに投げるというメニューだ。

 投手はマウンドからホームベースまでの18.44メートルという距離にどうしてもとらわれ、身体の動きが小さくなってしまいがちだ。そうした内海のクセを小谷は見抜き、サードスローで下半身から上半身を連動させて大きく使う投げ方を繰り返させた。直後、ブルペンに行って投球練習をすると、自然と動きが大きくなって力のある球を投げられるようになった。

 昨季終了後、若手選手たちが宮崎県で実戦経験を積む場であるフェニックスリーグに帯同した際、内海はルーキー左腕の佐藤隼輔(23歳)にこの練習に取り組ませた。オフシーズンが明けてプロ2年目の今年、シーズン序盤にセットアッパーを任された佐藤は内海との練習をこう振り返る。

「もともと上半身の力に頼るクセがあったので、下半身から連動させる意識づけをテーマに行ないました。内海さんにはブルペンでも指導してもらい、土台をつくっていただいた。それが春先の状態のよさにつながっていると思います」

 佐藤は最速155キロを計測するなど、力強いボールで打者をねじ伏せた。7月前半に状態を落として登録抹消されると、ファームコーチの内海は再びサードスローを提案した。

「一軍は試合主体になるので、練習量が二軍より落ちます。だから投げ方が凝り固まってくる。その状態で投げ続けると、投球フォームも狂ってくることが僕の経験上でもありました。

 そういう時にはサードスローをして、体を大きく使って下半身から上半身の連動をもう1回呼び起こさせる。佐藤にもそういう意図で取り組みました。それがよかったのかはわかりませんけど」

 登録抹消から13日後の7月16日に再昇格した佐藤は、一軍で再び安定感のあるピッチングを見せるようになった。

【行動するのは選手自身】

 ただし、内海が言うようにサードスローの効果かはわからない。佐藤は「DIMENSIONING」という評判のジムを運営する北川雄介トレーナーにもアドバイスを仰いでいる。つまり、どれかひとつの取り組みが好調の要因ということではなく、いくつかの手がうまく噛み合って復調したのだろう。

 誰のどの助言が、選手にうまく当てはまるかはわからない。だからこそ内海は観察を続け、きっかけを提案できるように心がけている。

「選手にたまたま当てはまるひと言を少しでも増やすために、いろいろ勉強しています。こっちから選手に言う時には、『合わなかったらやらなくていいし、ひとつのアイデアとして聞いてほしい』と言っています」

 周囲が何を言おうが、最終的に決断し、行動するのは選手自身だ。そうした文脈で、コーチにできることは「大して多くない」と内海は考えている。無理やり背中を押して取り組ませても、本人の身にならないというスタンスだ。

 その意味で、もどかしく感じているのが、2018年ドラフト2位の右腕投手・渡邉勇太朗(22歳)だ。内海と同じタイミングで西武に入団し、自主トレを一緒に行なったこともあるが、今はあえて多くを言わないようにしている。

「チャンスを掴みきれないもどかしさが本人にあって、コーチの僕らもそう感じています。もうちょっと泥臭く、課題に対して突き進んでほしいと正直思いますね。でも、『こうやったほうがいいよ』という声かけはできるけど、やるのは選手自身ですから......」

 伸び悩む若手がいる一方、周囲の何気ないひと言から飛躍のきっかけを掴んだ投手もいる。2020年育成4位で入団し、今年7月21日に支配下契約を結んだ右腕投手の豆田泰志(20歳)だ。今季途中、山本由伸(オリックス)のようなクイック投法に変えてから急に台頭した。

「バイオメカニクス(動作分析)担当の武隈(祥太)がボソッと言ったんです。それでクイックで投げ始めたら、明らかに以前と違う球を投げ始めた。少し前にどん底にいたのが、ひとつのきっかけで一軍まで上り詰めました。豆田のシンデレラストーリーを見ると、コーチという仕事はやりがいがあると思いますね」

【若手の成長を見守る日々】

 幸い、西武の一軍投手陣は充実しており、ファームでは若手をじっくり育てることができる。2021年ドラフト組の羽田慎之介(19歳)、黒田将矢(19歳)、菅井信也(20歳)に加え、高卒ルーキーの山田陽翔(19歳)も成長著しい。入団以来、大きな期待を背負う渡邉も何かのきっかけで羽ばたくかもしれない。

「三軍で投げていたピッチャーが二軍でチャンスをもらった時には、自分のことのように緊張します。二軍戦で結果を残せたら『よし!』と思いますし。豆田の一軍初登板はドキドキしながら親心で見ていました」

 内海は現役生活を終えた今も朝早く球場にやって来て、二軍のデイゲームがある日は夜7時から8時頃まで居残る日々だ。

「長い1日ですね(笑)」

 そう話す表情には、第二の野球人生で味わう充実感があふれていた。

(敬称略)