"世界のTK"髙阪剛インタビュー 前編

 7月30日に行なわれた『超RIZIN.2』で、朝倉未来がヴガール・ケラモフ(アゼルバイジャン)に1ラウンド一本負けを喫したことは記憶に新しい。日本の総合格闘技界をけん引してきたひとりである朝倉が"瞬殺"されたことは大きなニュースになった。



 朝倉はあの一戦で何をすべきだったのか。またトップ戦線に戻るために何が必要なのか。かつて『PRIDE』や『UFC』など、国内外さまざまな団体のヘビー級で闘ってきた"世界のTK"こと髙阪剛さんに聞いた。

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【「適正体重」の考え方】

――『超RIZIN.2』で朝倉未来選手がヴガール・ケラモフ選手に1ラウンド 2分41秒、リアネイキッドチョークで敗れました。同じ階級ながら、両選手の体の厚みや張りに大きな差があったように見えました。

「確かにそうですね。これは自分の経験上の話ですが、東欧や中東、グルジア(現在のジョージア)、ロシアといった地域の選手と練習した場合、私の体重が100kgだったとすると相手は80kg半ば、15kgくらいの体重差があってフィジカル差はトントンという感じでした。

それくらい、彼らはフィジカルが強い。ケラモフは、フェザー級(-66kg)にバッチリハマっている感じがしますね」

――ケラモフ選手の適正階級が66kgとして、未来選手はどうですか?

「そこは判断が難しいですね。選手本人が『この階級が最もマッチしている』と感じていても、周囲からは『未来選手はバンタム級のほうがいい』『ライト級のほうがいい』といった意見が出ることもある。最適な階級は選手本人が経験を積みながら探っていくべきだと思いますが、その過程で周囲からの意見やアドバイスも考慮に入れるべきかもしれません」

――日本は減量を優先する、あるいは削り過ぎる傾向があるようにも感じますが、髙阪さんはどうお考えですか?

「外国人選手、特にフィジカルが優れた選手と対戦する時の戦略のひとつとして、階級を下げることでその差を埋め、有利に戦おうとする考えがあるからだと思います。しかし大切なのは、その階級で能力を最大限に発揮できるかどうか。減量をするのか、それほど減量せずに体調を維持して戦うのがいいのか、という選択が必要になります」

【朝倉未来がまず強化すべき部分は?】

「世界のTK」髙阪剛から見た朝倉未来の誤算 適正体重や「磨いたほうがいい」技術についても語った
朝倉未来や日本の格闘技について語った髙阪氏
――自身も体感したというフィジカル差を埋めるために、髙阪さんがやっていたことはありますか?

「私もフィジカルトレーニングに力を入れていましたし、フィジカルが弱いとは思っていませんでしたが、実際に海外でトップ選手と組んで練習してみると圧倒的な差を突きつけられました。それでも私はヘビー級で戦うと決めていたので、引き続きフィジカル強化にも力を入れつつ、相手の弱点と自分の強みで勝負する"賢い戦略"が必要だと感じました」

――フィジカルで対抗するのではなく、技術や戦略で勝負すると。


「そうですね。相手がフィジカルを100%発揮できないようにすること、つまり"削る"戦術で疲れさせる。例えば、テイクダウンを成功させてからパウンドを落として、相手が立ち上がる動きを封じるとか。そうすることで、スタンドに戻った際に相手が疲れているので、次の展開が有利になります。

 ただ、最初から全員がそれをできるわけではありません。相手を疲れさせるためのさまざまな手段と戦術については、私も多くの時間を費やして練習していました」

――髙阪選手から見て、現時点で未来選手は何から強化したらよさそうですか?

「未来選手が自分から組みにいくことも必要なんですけど、単純に足を取りにいくタックルは現実的ではないかもしれません。
それよりも、四つ組から相手のバックを取る、スタンドバックを狙う動きを磨いたほうがいいかもしれない。それによって、相手がその動きを嫌って足が空き、下へのタックルも効いてくる。そういう流れも生まれやすくなると思います。

 四つ組からのスタンドバックは、今の総合格闘技ではスタンダードにはなっていますけど、それでも効果的なんです。特にストライカーが組みにいくと、相手は一瞬『打撃のプレッシャーから解放された』と感じるので、その心の隙を狙うこともできると思いますよ」

【セオリーどおりにはいかない外国人選手との試合】

――フィジカルの強さの他に、外国人選手ならではの特徴はありますか?

「異常に手足が長いといったように、骨格が日本人と違う場合も多いですね。例えば三角絞めでも、通常は相手の頭を下げてセットして足をしっかり組むんですけど、僕がベースを取っている状態(頭を上げて胸を張って三角をかけられないようにする)でも、足が長い選手に三角クラッチされて絞められたこともあります。骨格が違うとセオリーどおりにいかないんですよ」

――規格外の体格というとセーム・シュルト選手(身長212 cmで『パンクラス』『K-1』などで活躍)を思い出すのですが、そういった選手との対戦が決まっても、練習相手を見つけるのが困難そうですね。



「まさにそうですね。だから、規格外の体格やフィジカルを持つ選手に対しては、常識にとらわれない独自の戦術や戦略を準備しておかないと勝つのは難しいと思います。

 話をケラモフに戻すと、うちのジム(ALLIANCE)の堀江圭功も今年の4月に試合をしたんです(ケラモフの2ラウンド一本勝ち)。やはりケラモフにいい状態で攻撃を出させるのは危ないので、相手を疲れさせて"削る"のがいいだろうと。プレッシャーをかけてスタミナを消耗させる戦略です。相手が疲れて隙が生まれれば、カウンターを取れる可能性もありますから。


 もうひとつは、意表をついて、あえて組みにいくことも準備していました。テイクダウンを取れる・取れないは別として、相手が想定してないことをやることも大切なので」

――相手の意表を突くことの重要性は?

「ケラモフのような選手は、自分が得意な分野を相手から仕掛けられると、必死になって嫌がることがあるんですよ。斎藤選手(斎藤裕/2021年『RIZIN.28』でケラモフに判定勝利)との試合ではイエローカード(ロープとショーツを掴む反則のため)をもらっていましたが、あの時も斎藤選手から仕掛けられたことが要因なんじゃないかと。

 ただ、堀江との試合でこちらの想像を上回ったのが、ケラモフのオフバランス、つまり体勢が崩れた状態からでも強打が打てる部分です。片足タックルに入りながら殴ってきましたから」

――未来選手もケラモフとの試合では、立ち合いでもっとプレスをかけるべきだったでしょうか?

「そうですね、もう少し早めにアクションを起こせばよかったと思います。自分のペースで試合をさせたらダメなんです。
理想は、相手に試合をさせず、自分のペースで進めること。もちろんそれを実行するのが難しいんですけど、そのためには先手を打つことが重要。成功するかどうかは別として、相手の意識を揺さぶらないといけません。

 今回はそれがうまくいかなかったですね。未来選手が得意な戦術は、相手の隙を見つけて打撃を入れたり、カウンターを取ったり、リターンの時にガードが下がった隙をついて攻撃すること。あまり自分から仕掛けるタイプではないですが、今回もそういうアプローチを意識していたのかもしれません」

【朝倉未来の誤算】

――オフバランスが優れているという点ですが、ケラモフ選手は左手で未来選手の右足を取りながら、ロープ際で強い右フックを2発当てるシーンがありました。

「あのフックはダメージがあったと思います。意識が落ちるまではいかなくても、『これはまずい』『もらい続けるのはよくない』という感覚はあったと思います。その後にマウントから肘を落とされて、未来選手が立とうとしたところで、サイド、斜め後ろにつかれた。未来選手の首に右手が巻かれるんですけど、あの状態なら『まだ絞まらない』と未来選手も思っていたはずです」

――確かにケラモフ選手の腕が首には入っておらず、フェイスロックのようにも見えましたが、最終的にはリアネイキッドチョークを決められました。

「堀江も同じ状況だったんですよ。堀江は、振ってズラしてケラモフを前に落とそうとしましたが、うまくいかなかった。斜めからのポジションで首は絞まらない、と一瞬思っちゃったんですよね。でも、そこからちゃんと絞れるだけのテクニック、絞めるコツをケラモフは掴んでいたんです」

――未来選手も試合後、「背中がロープについていて、普通はあの体勢から極まることはない」とコメントしていました。

「そうですね。通常なら、その体勢から首が絞まることはありません。でも、ケラモフは絞めることができるんですよ。おそらく、未来選手はこれまでの練習やスパーリングで、背中がロープにもたれている状態でバックを取られないように工夫していたと思います。そして、ひと呼吸、ふた呼吸おいてから立ち上がって、向き合う展開を思い描いていたのかもしれません」

――あらためて映像を見ると、リング下のスタッフがロープから出そうな未来選手を押し込もうとして、少し隙間ができていました。インターネット上では、その隙間からケラモフ選手の左腕が入った、という意見も出ていました。

「その点については、断言するのは難しいです。いずれにせよ、それより前の段階で首を守りながら、ケラモフに有利なポジションを取らせないようにボディポジションを取りたかったですね」

(中編:『RIZIN』に鳴らす警鐘 「日本の選手にとってマズい状況になる」>>)

【プロフィール】
■髙阪剛(こうさか・つよし)

学生時代は柔道で実績を残し、リングスに入団。リングスでの活躍を機にアメリカに活動の拠点を移し、UFCに参戦を果たす。リングス活動休止後はDEEP、パンクラス、PRIDE、RIZINで世界の強豪たちと鎬を削ってきた。格闘技界随一の理論派として知られ、現役時代から解説・テレビ出演など様々なメディアでも活躍。丁寧な指導と技術・知識量に定評があり、多くのファイターたちを指導してきた。またその活動の幅は格闘技の枠を超え、2006年から東京糸井重里事務所にて体操・ストレッチの指導を行っている。2012年からはラグビー日本代表のスポットコーチに就任。

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