"世界のTK"髙阪剛さんインタビュー 後編

(中編:『RIZIN』に鳴らす警鐘 「日本の選手にとってマズい状況になる」>>)

 海外の団体で長く闘ってきた髙阪剛は、日本の世界における総合格闘技の進化に差を感じながらも、「競り合える日は近い」とも語る。その理由はどこにあるのか。

また今後の日本格闘技界で存在感を増していきそうな、『RIZIN.44』で対戦する牛久絢太郎と萩原京平の一戦も予想した。

「世界のTK」髙阪剛が語る、日本の総合格闘技が世界と「競り合...の画像はこちら >>

【戦略をいくつか用意するのは"日本人向き"】

――世界の総合格闘技のレベルが上がり続けている中で、日本の現在地は?

「確実に底上げはできていると思います。総合格闘技とはどういったものなのかを、競技を始める段階である程度理解している選手が多い。そこは映像の力が大きいですね。映像を見てイメージができているから、基本的な動きやテクニックはすぐに把握できて、スキルやフィジカルを高めていくことができます。

 ただ、底上げはされていても"頭打ち"感があるのは否めません。ある程度のレベルまではいけても、突き抜けるためには新たな要素が求められる。

そのひとつが、複数の攻撃パターンを持っていて、試合中に変えるといった適応能力ですね。変化をつける能力、そのための材料を持っているかどうかが、次のステージに進むためには重要だと思います。

 戦略に関しては、最低でもプランA・Bの2種類、できれば3種類は用意しておきたいです」

――以前、堀口恭司選手に話を伺った際、所属するアメリカン・トップチームで戦略を立てる際には3つ用意すると話していました。

「ひとつの戦略が機能しなかった場合、次のコマ(戦略や手段)をどれだけ持っているかが大事ですからね。そのコマが足りないと、ジリ貧になっていく。特に、堀口選手のように柔軟に戦略を変えるための準備は、必要不可欠になってくると思っています。


 そして大事なのは、試合の中でその戦略を素早く切り替えること。試合では相手のプレッシャーもあるので、冷静に『プランAがうまくいかなかったから、次はプランBにしよう』と考えている暇はありませんから」

――戦略を複数用意して、試合中に素早く、適切に切り替える。実践するのはかなり難しそうですが......。

「ただ、戦略をいくつか用意するのは"日本人向き"だと思うんですよ。真面目ですし、さまざまなアプローチを考えることにも長けているんじゃないかと。

 試合中に、『予想よりフィジカルの差が大きい、リーチが長い』といった状況には必ず直面すると思いますが、また違う角度からアプローチができれば戦えるはず。
例えば、戦略を変える時により早いテンポで変えるとか。外国人選手は、戦略を変える時に1度ステップを踏んだり、ラウンド間に変えたり、必ず"間"があるので」

【世界に追いつくために日本人選手がやるべきこと】

――試合の流れの中で、素早く戦略を切り替えることができる外国人選手は少ない?

「私が見た中では、ですが、思い当たる選手はほとんどいないです。UFCの元ライト級のチャンピオン、チャールズ・オリベイラはすごくうまかったですね。打撃一辺倒で攻撃していたと思ったら、突然組んでテイクダウンといった感じで切り替えていました」

――複数の戦略を持って試合に挑むために、普段の練習で必要なことは?

「まずは、複数の戦略が必要であることに気づくことからですね。多くの選手は、普段の練習やスパーリングで成果が出ると、その方法だけで強くなれる、勝てると思ってしまいがちです。ただ、試合では通用しない可能性がある。それを想定して準備できるかどうかですね。



 今やっている練習に加えて、もうひとつ戦略を用意しようという意識は、なかなか持てないものなんですよ。未来選手も、ケラモフ戦後にフィジカル強化を再開しました。彼は非常に頭がいい選手だから、肌感覚として『今までどおりではダメだ』と思ったんじゃないですかね」

――多くの引き出しを持つためには、全局面で強くなることが必要ですか?

「結局はそうなりますね。特に北米のトップレベルの選手たちは、試合では真っ先に相手の選択肢を潰してきます。相手の選択肢を制限してから、自分の得意な戦術で攻める選手が多いですね」

――相手の選択肢を潰すという点では、昨年末の「RIZIN vs. Bellator全面対抗戦」のクレベル・コイケvsパトリシオ・ピットブルの試合を思い出します。それまで柔術で"一点突破"してきたクレベル選手に対して、ピットブル選手は寝技を警戒して決して深追いせず、距離を取って打撃を当てて勝利しました。


「あの試合は典型的な例ですね。クレベルに『お前は何もできないぞ』と思わせてから、打撃を当てていました。やはり多角的な戦略が必要だと思いますし、全体的に能力を高めなくてはいけません。攻撃の軸となるのは何か。打撃、寝技、テイクダウンと、自分の可能性を常に探る。そのためには、日本の場合はいろんなジムに出向いてトレーニングを積む必要があると思います。


 ただ、日本人選手が世界のトップレベルと競り合える日は近いと思うんです。今後に出てくる若手選手は、いい意味で過去を知らないので、今の総合格闘技がスタンダードだと認識している。そういった選手が出てくることで、ベテラン選手も『このままじゃダメだ』と気づくはず。

 若手選手をちゃんと育てられたら、日本の格闘技界全体がバージョンアップすると思うんですよ。そういった選手の分母が増えれば、飛びぬけた選手が出てくる可能性も高まるわけですから」

――現在UFCで活躍している23歳の平良達郎選手は、いい例かも知れませんね。

「そうですね。平選手は戦略をいくつか持っていて、試合中のインターバルで『次のラウンド、これでいきます』と言っているシーンもよく見ます。戦略を微調整することもできますし、期待の選手のひとりです」

【日本と世界、総合格闘技の進化の差】

――かつてPRIDEが隆盛を極めた日本の格闘技は、現在RIZINで再び熱を取り戻しつつあります。それに対してUFCを舞台とするMMAの進化の速度はいかがですか?

「MMAに向かっての"加速"は、北米のほうが速かったと思います。

 私は1998年にアメリカに渡ってUFCに参戦したんですが、その前年、練習のためにシアトルのモーリス・スミス(キックボクシング王者/元UFCヘビー級王者)のところに行ったんです。そしたら、当時からUFCを目指す若手選手がゴロゴロいたんですよ。1998年の3月にUFCデビュー(『UFC 16』でキモに判定勝ち)をした後に、ビバリーヒルズ柔術クラブでの練習があった時も、『練習やろうよ!』と練習生が近寄ってきました。

 ニューヨークのヘンゾ・グレイシー(PRIDEのリングで菊田早苗、桜庭和志らと戦った)のところに練習に行った時も、『DREAM』にも出たジェイソン"メイヘム"ミラーから『TK、ちょっとスパーリングやろうぜ』って。こっちは誰だか知らないけど、向こうは私がUFCに出ている選手だと知ってるから、その空気を体感したかったんでしょう。そのくらい、当時から熱があった。だから日本に空白期間があったのではなく、北米を中心にMMA熱が高まるのが早かった、という感覚です」

――UFCの第一回大会が1993年。髙阪さんがアメリカを拠点にした1998年は『PRIDE.2』が行なわれた年ですから、日本で格闘技人気に火がつく直前という時期ですね。

「そうですね。UFCは立ち上げ以降、回を重ねていく中でその舞台を目指す選手が芋づる式に増えていきました。私がアメリカに行った時は、北米だけでも目指している選手が多かった。貧しい生活を変えるために格闘技に賭ける、といった人たちが、日本と比べると圧倒的に多い国でもありますからね」

――そういった選手がUFCに集まってレベルが上がっていった?

「そうですね、日本のMMAの進化も完全に止まってはいなかったけど、スピードは遅かった。一方のアメリカは加速し続けたので、その差が今になって現れていると感じます」

【新しい環境で自身を磨く、牛久vs萩原の展望は?】

――練習環境を変えるという意味では、アメリカントップチーム(ATT)に移籍した牛久絢太郎選手と、萩原京平選手(SMOKER GYM)が『RIZIN.44』(9月24日・さいたまスーパーアリーナ)で対戦します。

「牛久選手は、クレベル、未来選手に連敗していて、一方の萩原選手は前回カイル・アグォンに勝った。正直、MMAは牛久選手のほうが技術もフィジカルもしっかりしていますが、たまに一点張りになっちゃうところもある。それに対して萩原選手は余計なことをせず、必要なことをしっかりやろうという感じ。勝つための最短のルートを、最近の試合で捉えた感じがしますね。

 牛久選手が主導権を握ってコントロールしたら、萩原選手は厳しいと思う。ただ、牛久選手が萩原選手にとって想定内の攻撃を繰り返したりすると、萩原選手にチャンスが生まれると思います」

――ATTに移籍後、初戦となる牛久選手がどう戦うのか注目されますね。

「たぶん、いろいろと"いじられて"いるはずです。ATTは専門のトレーナーがしっかりサポートしてくれるので、新しい技術や戦術が取り入れられている可能性が高い。問題は、それをどれだけ試合で活かせるかどうか。新しい環境で学んだことをどれだけ自分のものにできているかですね」

―― 一方の萩原選手も、今年2月から土居進トレーナー(魔裟斗、内山高志らのフィジカルトレーナーを務めた)の下でフィジカル強化に励んでします。2人とも上に行くために変化を求めました。

「確かに、牛久選手がATTに移籍したのは、何か新しい風を取り入れたい、何かを変えたいという意志があったから。そういった変化への思い、これからどこを目指していくのかといった意志、そのエネルギーは試合に直結するものです。その点では、牛久選手はかなり期待できると思います。

 萩原選手も、総合での戦い方を深く見つめ直していると感じます。前回の勝利も、そういう自己探求の成果だったんじゃないかと。だから、彼の試合に対する意欲、能力もまだまだ成長していると思います。お互いに新しい何かを持ってこの試合に臨むわけですから、非常に見ごたえのある戦いになるでしょうね」

【プロフィール】
■髙阪剛(こうさか・つよし)

学生時代は柔道で実績を残し、リングスに入団。リングスでの活躍を機にアメリカに活動の拠点を移し、UFCに参戦を果たす。リングス活動休止後はDEEP、パンクラス、PRIDE、RIZINで世界の強豪たちと鎬を削ってきた。格闘技界随一の理論派として知られ、現役時代から解説・テレビ出演など様々なメディアでも活躍。丁寧な指導と技術・知識量に定評があり、多くのファイターたちを指導してきた。またその活動の幅は格闘技の枠を超え、2006年から東京糸井重里事務所にて体操・ストレッチの指導を行っている。2012年からはラグビー日本代表のスポットコーチに就任。

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