【「やっと辿り着いた」メジャー5年目の二桁勝利】

「5年目で初めてですからね......。『やっと』というところ。嬉しいです。

チームも勝ち、(自身の勝ち星も)二桁に乗って、すっきりとした部分はあります」

 節目の勝利に到達した直後、ヤンキースタジアムの通路で取材に応じた菊池雄星からは歓喜というよりも、安堵を感じた。

菊池雄星が「これでダメだったらダメでしょ」と臨んだメジャー5...の画像はこちら >>
 トロント・ブルージェイズの先発として活躍する菊池は現地時間9月19日、敵地でのヤンキース戦で今季10勝目を挙げた。8月2日のボルティモア・オリオールズ戦以来、白星から遠ざかること7戦。8度目の挑戦で自身メジャー初の二桁勝利を挙げ、噛み締めるように感慨にふけった。

「時間がかかりましたからね。家族、トレーナー、通訳とも一緒に悩んで、一緒に戦って、やっと辿り着いた。
まだまだここが天井だとは思っていないですけど、みんなで喜べるというのは嬉しいですね」

 近年のMLBでは投手の勝ち星が軽視される風潮にあるが、特に先発投手の場合、リードを保って5イニング以上を投げなければならないのだから、勝利投手になることが無価値だとはやはり思えない。いや、投手の役割分担が完全確立した時代だからこそ、先発の積み重ねた勝利数には余計に意味があるとも言えるのではないか。

 シーズン30度目の先発となったヤンキース戦でも、菊池はニューヨークの3万8545人のファンの前で6回途中1失点と好投した。今季に5イニング以上を投げて1失点以下ゲームは14度。最後は左上部僧帽筋のけいれんで降板したものの、ワイルドカード争い真っ只中で負けられないチームの快勝に大きく貢献。自身の仕事を果たしてのマイルストーン(節目の記録)到達に、試合後の笑顔は爽やかだった。


 ここに辿り着くまで、菊池はアップ&ダウンが激しい道のりを歩んできた。シアトル・マリナーズ時代の2021年にはオールスターに選出され、そのオフにブルージェイズと3年3600万ドル(約50億円)で契約。しかし、新天地での1年目となった昨季は防御率5.19と不調に終わった。シーズン中に中継ぎへの配置転換を言い渡され、その直後に訪れたヤンキースタジアムで悔しさを押し殺しながら前を向いていた姿が思い出される。

「先発として求められてこのチームに来ているわけだから、そのポジションで1年間やり通せなかった悔しさもあります。ただ、監督も言っていた通り、中継ぎに回ることで何か気づくこともあるでしょう。
それは今年だけじゃなく、来年以降も含めて、ということで」

【昨シーズンとは別人】

 あれから1年――。今季ここまでを振り返ると、昨シーズンとは別人のような数字が並んでいる。6月は5度の登板で防御率2.28と波に乗ると、オールスター以降の13登板で防御率3.25、被打率.252と安定。シーズンを通して見ると、与四球率が昨季の5.19から今季は2.55、被本塁打率が同2.06から1.44と大きく向上し、「与四球と被本塁打の多さ」という、これまで指摘されてきた欠点に改善が見られるのが何よりも大きい。

「カーブを上手に使っている。変化球で安定した形でストライクが取れるようになったから打たれなくなったのか、球のキレが増したから思い切ってストライクゾーンに投げ込めるようになったのか。そのどちらかを特定するのは難しいが、菊池の潜在能力が開花し始めた感がある」

 某MLBチームのスカウトは菊池の変化をそう分析してくれたが、実際に今季の菊池は主武器のひとつだったカッターを投げなくなった代わりに、過去3シーズンはほぼ使わなかったカーブを全体の18.9%の割合で投じている。

6月中旬、カーブを多投するようになった目的を菊池自身もこう話していた。

「スライダー、チェンジアップは球速88から90(マイル)ぐらいで球速差が小さいため、速球の後に投げても打者に当てられてしまうケースが多かったんです。そこに82、3マイルのカーブが入ってくると、相手打者のミスショットも増えたり、ウィークコンタクト(弱い打球)も増えていく。今はうまく散らせながら、というのをテーマにやってます」

 先ほどのスカウトの言葉通り、90マイル台後半の速球と82~83マイルのカーブで緩急をつけ、打者の的を外せるようになったことで制球面でも余裕が生まれたのか。それともコントロールがよくなったから、このような組み立ても生きているのか。どちらが先だったのかを判断するのは難しいが、いずれにせよ、ついに向上の術を見つけた32歳の左腕が、メジャー5年目にして自己最高のシーズンを過ごしていることは間違いない。


「いろんな経験をしたので、悔しさをオフシーズンに(ぶつけました)。オフはとにかく24時間、野球のことを考えて、やれることはすべてやった。『これでダメだったらダメでしょ』っていう感じで開き直れたんです。それくらいのことはやったから、結果はついてくるでしょっていう感じで、楽しんでやれています」

【プレーオフでの登板へ】

 背水の陣で臨んだシーズンで、菊池は自他ともに認める好成績を残している。実際に、最近の投球フォームは躍動感に溢れ、楽しんでいる印象もある。多少の時間はかかったが、こんな成功の仕方もあるのだろう。



 今季、大谷翔平千賀滉大に次いで二桁勝利を挙げた3人目の日本人投手になった菊池には、プレーオフでの登板のチャンスも見えてきている。ブルージェイズは現在、ワイルドカード圏内に入っており、上位進出の夢は膨らむ。

「(今後の登板機会でも)理想は勝っている状態でバトンを渡すこと。とにかく勝てるチャンスを残して、バトンを渡したい。先を考えずに、1球1球全力で投げていきたい」

 二桁勝利はひとつの到達点だが、大事なのはまだまだこれから。9月25日のタンパベイ・レイズ戦は4回3失点で勝敗がつかなかったが、再び前を見据えた菊池の視界に、さらに楽しみなステージがもうすぐ入ってこようとしている。