【繰り返される人生なら何を選ぶ?】

 11月4日にさいたまスーパーアリーナで開催された『Yuzuru Hanyu ICE STORY 2nd "RE_PRAY" TOUR』。プロアスリート転向後3回目の単独公演で、今回は初めてツアーとして行なわれる公演の初日だった。

 開場に詰めかけた約1万4000人の観客は、開演時刻の午後5時になると、ざわめきさえ抑えて静まりかえった。

羽生結弦がどんな世界を見せてくれるのか」という期待感が会場全体に濃密に漂う。

 それから5分。照明が一度消えてからショーが始まった。彼が見せたのは、ゲームの世界だった。

羽生結弦が『RE_PRAY』に込めた問いかけ「人生が繰り返さ...の画像はこちら >>
「自分自身、いろんなゲームや漫画、小説などから、人生って何だろうとか命は尊いものだなどという、皆さんが感じているようなものをいろいろ受け取っています。ただ、あらためてゲームの世界を考えてみれば、命の概念がある意味軽いというか......。
ゲームは繰り返すことができるからこそ、好奇心のままにいろんなキャラクターを使って進んでいける。でも、現実の世界に当てはめてみたら、夢をつかみにいく原動力のある人間かもしれないけど、違う観点から見たらとても恐ろしい人間なのかもしれない。でも、繰り返しできるなら、きっと人はそれをするんだろうな、というようなことを考えていて......。

 自分の人生のなかにもそうやって自分が選んできた選択肢はあって、その選択肢の先に一回破滅というルートがあったとして、すべての障害を乗り越えて夢をつかんでという人生があったとして、それがもう一回繰り返されるのなら、皆さんは何を選んで何を感じるのか。このアイスストーリーのなかで考えてもらいたいというのが今回のテーマです。ただ、このストーリー自体で答えを出してほしいというものではなく、考えてもらいたい。
考えるきっかけになってほしいなというのが、『RE_PRAY』という物語であり、作品だなと僕は思っています」

【これまでのアイスショートとは全然違う】

 まず、プロローグと言えるような静けさを感じさせる『いつか終わる夢』(『ファイナルファンタジーX』)を滑る。そのあと、般若心経で始まる椎名林檎の『鶏と蛇と豚』とともにゲームの世界が展開されていく。大型スクリーンに映し出されたのは、モノローグの映像とゲームのリプレイだった。

 第1部最後の戦いは、ファイナルファンタジーⅨの『破滅への使者』。「プログラム全体を『ラスボス』というイメージでやっていて。最後、戦いきってやっと倒せた、全部使いきったという感じ」と説明する。

 このプログラムでは、最初に4回転サルコウを軽々と跳び、続いてトリプルアクセル+2回転トーループ。

そして、3回転ループを跳んだあとにはフライングコンビネーションスピンを滑り、ステップシークエンスから4回転トーループを2本。トリプルアクセル+1オイラー+3回転サルコウに、そして、「繰り返す」イメージでオイラーから3回転サルコウをさらに続け、最後はチェンジフットコンビネーションスピンで締めた。

 それらの演技は氷上の照明をすべて点灯した大会の6分間練習のような雰囲気から続けられた。その6分間は、日常の練習の情景のような雰囲気も感じさせるものだった。

 羽生は、「6分間練習をして試合形式みたいなことをやりたいと思っていたんですけど、試合に近いプログラムにするにあたって、6分間練習も作品の一部であってほしいというのが強くあって。だから6練だけどちゃんと曲にも合って、それ自体もダンジョンというかボス戦というか、ひとつのステージみたいなものを演出としてつくったつもりです」と話す。


 勝利でその戦いをクリアした第2部。リプレイを拒否したことで暗闇のなかに落ち込む。何も見えず、誰が近くにいるのかもまったくわからない世界。『天と地のレクイエム』と『あの夏へ』(『千と千尋の神隠し』)を踊るなかで、それが何からも束縛されない自由だと気がつく。そして、「PLAY」が「PRAY」(祈り)に変わるストーリー。

「これまでやってきたアイスショーとは全然違って、一つひとつのプログラムだけじゃなくて、ひとつの作品のなかにいろんなプログラムがある。
もちろん、今までやってきたプログラムたちも入っているけど、物語のなかに入った時にまったく違う見え方があるよねって。そういったことをひとつの流れで見せることが今回の趣旨なので、自分としては全然違った心意気でこのアイスストーリーというものに挑んでいます」

 今年2月の『GIFT』の時は、大きな流れのなかに入れたプログラムでそれぞれが持つ輝きを見せることを意識した。今回は大きなテーマに合わせ、前半は新プログラムも多く演じた。

【常識にとらわれないスタイル】

 そんななかで新鮮だったのが、『破滅への使者』の前に踊った『Megalovania』だった。曲が流れる前に氷上に登場した羽生は、ゆっくりと滑りながら何度もスケートを氷に叩きつけて大きな音を出した。まるでフラメンコのステップのようなキレのある音。



 さらに力強く滑り出すと、エッジが氷を削る音が鋭く響く。スピンで回転する音さえも、独特のリズムを感じさせ、そのまま音楽がないなかで彼自身が音をつくり出した。そして、曲が流れると、ジャンプは跳ばずに何度も繰り返すスピンだけで濃密な空気をつくる滑りを見せた。

「ストーリーを考えたなかでのピースとしてのプログラムというのもあったが、あとはその原曲や原作へのリスペクトみたいなものもあって。『Megalovania』という楽曲は、『アンダーテイル』という物語(ゲーム)があって、そのなかの戦いで無音の部分があるんです。敵が必殺技を繰り出してくるけど、その敵の攻撃の音だけが聞こえるシーンで。それがカッコいいと思ったしそれを組み込んだら......。

 それまではストーリー的に皆さんが見ているなかで、プレーヤーの羽生結弦とゲーム内にいるエイトビットの羽生結弦と、滑っている羽生結弦みたいなものが分離して見えていたかもしれないけど、そこで無音のなかでつくり上げていったら、『ゲーム内のキャラだったのかな?』みたいなことが、だんだんとつじつまが合ってくるのでは、と。どういうふうに皆さんの頭のなかを整理していくかみたいなことを、演出や物語のなかで考えました」

 これまでの常識にとらわれないスタイル。採点という制約がないプロの世界だからこそ発想できる、新たな表現世界。プロアスリート・羽生結弦の世界は、これからまだまだ広がっていく。