【五輪を獲ったような達成感】

 昨年11月の埼玉公演から今年1月の佐賀公演を経て、2月19日に最終の横浜公演が行なわれた『Yuzuru Hanyu ICE STORY 2nd "RE_PRAY" TOUR』。

羽生結弦「もっと強くなれると思う」単独ツアー『RE_PRAY...の画像はこちら >>
 最後の場内あいさつで「さみしい」という言葉を口にした羽生結弦は、胸中をこう説明した。

「完結できたなっていうくらいの達成感があったので。

皆さんにとってはイメージがしづらいかもしれないですけど、ある意味、自分のなかでは『オリンピックを獲った』くらいの勢いで(笑)。めちゃくちゃ練習してきたことが達成できた。だからこそうれしいし、そのうれしさとともにさみしさが一緒に募ってきたというか。達成してしまったなあ、みたいな感覚で、少しさみしいなとも思いました」

 横浜公演に対する思いは強かった。それは前回の佐賀公演に理由がある。羽生は「あまりにも悔しくて。

現役時代にGP(グランプリ)シリーズ第1戦のスケートカナダで惨敗した時のような感じだった」と佐賀公演を振り返る。

「ツアーということで、回を重ねるごとにいろんな課題が見つかったり、達成できたものが見つかったり、毎回進化すべきところが見つかっていく。だからある意味、とくに前半のパートですけど、競技者として戦っていくような、過去の自分をどうやって乗り越えていくのか、強くなっていくのか、ということを常に考えて、本当にストイックに自分を追い込みながら練習をしてこられた横浜公演だったなと思っています」

【選手時代よりも練習した】

 食事や睡眠などの日々の生活にも気を遣って過ごし、「これまでと比較しても一番練習をしたのではないか」と思うほどだったという。羽生は、そんな日々をこう振り返る。

「たとえばですが、朝起きて1時間ストレッチとトレーニングして。それからリンクに練習に行って3時間トレーニングとスケートして帰ってきて、そのあとも1時間半トレーニングをして、寝る前にも1時間イメージトレーニングをして、みたいな日々をずっと繰り返していました。

 現役で試合をやっている時よりも練習したし、イメトレもやってきましたが、それは本当にいいものを見せたいと思ったからというのと同時に、やっぱり自分の実力が、自分が見せたいと思っているものよりも圧倒的に劣っていることをあらためて感じたので。

だから本当に、まだまだ進化し続けたいなって思っています」

 ゲームの世界で好奇心がおもむくままに戦い続け、「リプレイ」をして何度もリセットを繰り返すなかで、破滅という選択肢が出てきたらどうするのか、と問いかける前半パート。

『いつか終わる夢』の解放された滑りから始まると、赤いレーザー光線で示された道を踊る『鶏と蛇と豚』と続く。そして、『阿修羅ちゃん』は天井から氷に突き刺さるように下ろされた10本の白い光線の檻のなか、自身の心の苦悩を表現するような熱のこもった滑りを見せた。

 さらに無音のなか、自身のスケートで音をつくり出して滑り始める『MEGALOVANIA』も気迫がビシビシと伝わってくる。後半は、連続するスピンで会場全体を空気の渦のなかに巻き込むような演技を見せた。

【試合の演技構成のようなプログラムをノーミス】

 そして、6分間練習の演出から臨んだ『破滅への使者』。「プログラム自体が『ラスボス』っていうイメージ。

最後で『クリア』が出てくるけど、それまで獲得した武器をすべて使って倒しきる」というプログラムだ。

 最初の4回転サルコウをきれいに決めると、イーグルからのトリプルアクセル+2回転トーループを跳ぶ。それから3回転ループをはさんでコンビネーションスピンからスピードを抑えた大きな動きのステップシークエンスへ。

 そして4回転トーループを跳んで勢いを増すと、自身の心象を体中から発散するかのような迫力のある滑りになって4回転トーループからオイラー+3回転サルコウを2回続ける5連続ジャンプをきれいに決める。最後にトリプルアクセルを跳び、コレオシークエンスからスピンで締める、試合の演技構成のようなプログラムをノーミスで演じた。

「やっと『破滅』をノーミスでできました」と、羽生は喜びをあらわにした。

「『ICE STORY』というのは、あらためてめちゃくちゃきついなと感じています。『GIFT』は1回公演だったというのもあるし、前半の最後の演目が試合のプログラムでしたけど、ショートプログラムだったのでまだなんとかやれていたのかなと思います。

 でも、今回は構成上、フリーとほぼ同じような演技構成に挑みたいと思ってつくっていって、本当に大変でした。ただ、ツアーという形で何回も何回も挑戦をさせていただくことによって、やっとこういうふうにトレーニングしたら結果が出せるとか、手ごたえみたいなものを感じてきた。毎回毎回レベルアップできたように、経験を積んで、またいっそういい、技術的にも高い自分を見せていけるように頑張れるんじゃないかなと希望を持てました」

 ひとりで滑るアイスショーで、これだけのジャンプ構成をノーミスで滑ることは非常に困難だ。その達成感を羽生はこう語る。

「試合みたいな感想になってしまうけど、やっと練習が報われたって思いました。曲かけの通し練習を3回やって3回ともノーミスみたいなことを毎日やっているんですけど、やっぱり前半プログラムをすべて通しきったあとでは......リンクから降りて映像が流れている時は、ひたすら着替えて靴を履いて、みたいなことをずっと繰り返していて、握力もなくなっていく。そこで滑るのは練習の時とはまったく違っているけど、そのなかでノーミスができたことは、自分がやってきたことが正しかったんだって思える瞬間でもありました」

【ストーリーに込めた祈り】

 3公演を走りきったことで、自身の進化も感じた。

「トレーニングや練習方法みたいなものが、あらためて確立されてきたのかなという感じがしています。表現面では、もう滑り込みあるのみということと、あとは作曲者の思いであったり自分がストーリーに込めたい気持ち、演出や照明をつくってくださっている方々の見せたい思いや気持ちは何だろうとすごく考えながらやったし、回数を重ねるごとにいろいろ感じながら滑れたのが大きかったのかなと思います」

 日々が続いていくなかには、刺激的な日もあれば、何もないどんよりとした暗闇や曇りが続くような日がある。羽生は「そういうなかでも生きていこうと、皆さん生きてくださいという、そんなメッセージを僕は込めているつもりです。

そのなかでも最終的に命っていうのは巡っていく。でも巡っていくけれど、たったひとつの今のこの人生をちゃんと生きてほしい。そんなに祈りを込めてこのストーリーをつくりました」と語る。

 そんな単独アイスショーを終え、「まだまだこれから構成を上げられると思いますし、もっと強くなれると思うのでもっと練習します、という感じです」と明るく宣言した。