【優勝の裏側にあった計算】

「ジャンプの成功はもちろん目指したいところでしたが、それよりも完成されているプログラムを見せることが目標でした」

 12月21日、全日本選手権のショートプログラム(SP)のあと、宇野昌磨(トヨタ自動車)は言った。自身のジャンプの状態を考慮したうえで4回転トーループからの連続ジャンプを、4回転+3回転ではなく4回転+2回転に抑え、ノーミスの滑りにして104.69点を獲得。1位発進だった。



 SPで鍵山優真(オリエンタルバイオ/中京大)や三浦佳生(オリエンタルバイオ/目黒日大高)はミスがあって93点台にとどまり、2位には94点台の山本草太(中京大)が入っていた。

 そして23日、2年連続6回目の優勝がかかったフリーでも宇野は冷静だった。

 SP6位の友野一希(上野芝スケートクラブ)から始まった最終第4組の競い合いは、日本の男子選手の充実ぶりを示すような緊張感あふれるものになった。山本は総合287.00点とし、鍵山は前回大会の宇野の優勝得点を0.37点上回る292.10点。ハイレベルな戦いになった。

宇野昌磨「ここで不甲斐ない演技してしまうとよくないな」試合全...の画像はこちら >>
「みんな本当にすばらしい演技ばかりで、たぶん、僕じゃなかったら相当緊張したと思います。
ひとり前の(山本)草太くんは、中国杯の前は(中京大のリンクで)ずっと一緒に練習していたので、感情が余計に入るというか、すばらしい演技だったので、僕は大丈夫かなって思いながら......。一番調子がよかった4回転ループを外したけど、そこからはよく耐えたなと思います。最高の演技とはいきませんでしたけど、本当にベテランなんだな、と。自分の状態がよくなくても、ちゃんとやらなきゃいけないことを的確に見極められたなと思っています」

 冒頭の4回転ループはステップアウトで4分の1の回転不足と判定されるスタートになった。だが、そのあとは宇野の計算が隠されていた。

「フリップもトーループもあんまり感触がよくなかったので、まあよく合わせたなと思いますし、コンビネーションをあえて跳ばないことで単発に集中するっていう考えで。
直前まで練習をやらなかったトリプルアクセル+ダブルアクセルに切り替えたりして、そこは自分の状態と相談しながらの構成にしました」

 基礎点が1.1倍になる後半の最後のジャンプに予定していたトリプルアクセル+1オイラー+3回転フリップをやめ、前半にトリプルアクセル+ダブルアクセルと単発のトリプルアクセルを並べ、最後は3回転ループに変更。結局、連続ジャンプは4回転トーループ+2回転トーループを含める2本を跳んだが、3連続ジャンプは入れなかった。

 宇野は「仮に300点を大きく超えている選手がいれば、跳べなくても後半に3連続ジャンプをやっていたと思います」と話した。

 結果は、後半の4回転トーループが4分の1の回転不足と判定されてGOE(出来ばえ点)を稼げず、鍵山のフリー得点に4.81点およばない193.35点。合計は298.04点にして優勝を決めた。

【世界選手権はマリニンと戦えるように】

「結果的に勝ちにいっているのは間違いないと思います。僕の考えでは勝ちにいったつもりはなかったかもしれませんけれども、結果的に今の自分の状態と、みんなの点数を見て的確に構成を組み替えたのかなと思います」

 宇野はそう言って苦笑する。

その原因は靴の状態にあった。スケート靴が柔らかくなりすぎてジャンプは毎日違う感覚で跳んでいたという。この日、朝の公式練習は感触がよかったが、試合直前の6分間練習ではふだんなら自信を持っているアクセルとトーループがうまくいかず、難易度を下げた構成を選んだ。

宇野昌磨「ここで不甲斐ない演技してしまうとよくないな」試合全体を「最高」にするため難易度を下げた構成を選んだ
 他の選手の練習を見ても調子がよく、ミスができない戦いになると思った宇野。

「ここで不甲斐ない演技してしまうとよくないなっていうのはありました。もちろん自分が勝つことも大切でしたが、ここまで本当に最高の演技で、最高の試合になっていて。
ここで僕が大コケして優勝逃すってことも試合のひとつかもしれませんけど、僕もいい演技することがこの試合を最高のものにするとの考えもあった。そこにけっこう焦点を当ててジャンプにいっていました」

 全日本選手権へ向けた練習では、宇野はジャンプへの意識を高めていた。それはグランプリ(GP)ファイナルで一気に高いレベルに駆け上がったイリア・マリニン(アメリカ)の影響がある。「やっぱり競技者として彼と戦いたい」という意識になった。

「本当のことを言えば、僕は表現を頑張りたいです。ジャンプを練習するのは嫌いじゃないけど、ジャンプが今みたいに調子悪くなってしまうと、もうストレスでしかない。
フィギュアスケートはやっぱり(表現とジャンプの)両方頑張りたいっていう思いはあるけど、競技をやる以上はジャンプを頑張らなければいけない。楽しいかって言われたら、楽しくない先に楽しいこともあるっていう感想です」

 2024年3月の世界選手権へ向けては意欲をこう口にする。

「この3年のなかで一番難しい優勝というか、戦いになると思います。競技人生のなかで、最高の演技をしなければ勝てないっていうのはわかっている。だからまずは、これからの3カ月間を利用して最高の調整をして。無難な演技をしても2位、3位にしかなれないので、優勝をちゃんと狙える、マリニンくんと戦える練習をしたいなと思います」

羽生結弦に続くモチベーション】

 北京五輪シーズンが終わってから、宇野には迷いが生まれた。

それまで目標にしていた羽生結弦やネイサン・チェン(アメリカ)が競技の場からいなくなり、モチベーションが下がっていた。そんななか、4回転ジャンプ5本を入れた構成に挑戦したり、その後は4回転を抑えて表現への意識を高めたりしていた。そして、今季もGPシリーズを戦うなか、考えは揺れていた。

 それが今、マリニンやアダム・シャオ イム ファ(フランス)の急成長と、北京五輪をともに戦った鍵山がケガから復帰してきたなかで、戦う喜びを感じるようになった。

 振り返ってみれば羽生も五輪連覇を果たした2018年平昌五輪のあとはモチベーションの維持に苦労し、さまざまな迷いのなかで競技を続けていた。トップを極めた選手だからこそ、年齢とともに体が変化し始めてくる状況で、競技を続ける意味や自分にとってフィギュアスケートとは何か、などと考えてしまうのだろう。

 トップ選手の通る道なのかもしれない。とくに宇野は、平昌五輪後には自立を考えてどん底まで落ち込んだ経験もある。

「僕はたぶん、他の選手たちよりも、スケートがすごく好きではないんです。本当にスポーツとしてやってきて。スケートだからっていうのではなくて、一生懸命小さい頃からやっていることだから。性格上、やるって決めるとたぶん他の人よりも真剣にやってしまうというところもあるので、こういうところまで来られたんだと思います」

 GPファイナルの時にこう口にしていた宇野。迷いもあるからこそ、見ている側には魅力的にも映る。

 世界選手権へ向け、4回転ジャンプを増やすことについてこう語った。

「僕は競技人生に悔いを残したくないというのが一番先にあります。マリニンくんと戦うためにジャンプを増やしたい気持ちは山々だけど、表現をおろそかにしてまでジャンプをやってしまうと、昨年までと同じになってしまう。自分が悔いのない演技ができるところまで表現力をつけたうえで、余裕があれば4回転を増やす可能性もあるにはあるけど、本当にそれぐらいをしなければマリニンくんと戦うことが難しい。彼は僕よりも高難度の構成で安定感がとてつもなく高いので、彼に勝つのは本当にすごく難しいことだとは思うけど、世界選手権に向けては自分の最高のものを出せる調整をできたらなと思っていますし、そのなかでジャンプを限界まで挑戦するっていうのも、もちろん視野に入れて練習していこうかなとも考えています」

 世界選手権へ、そして、その先へ向けて宇野がどういうフィギュアスケートをつくり上げていくのか。さまざまな迷いからどういう選択をするのか。楽しみだ。