羽生結弦「もらったものをもっともっと返したい」『notte ...の画像はこちら >>
羽生結弦notte stellata 2024』が3月8日に開幕。昨年に続き2回目で、今回も羽生結弦の故郷である宮城県のセキスイハイムスーパーアリーナが会場だ。

 出演するスケーターは、宮城に縁を持つ本郷理華や鈴木明子、競技時代から縁が深い無良崇人や田中刑事、宮原知子、ジェイソン・ブラウン。過去に羽生の振り付けを手がけたシェイ=リーン・ボーンや、スケートとフープを組み合わせるビオレッタ・アファナシバらは前回と同じメンバー。今回は、盟友でもあるハビエル・フェルナンデスも加わり、コラボレーションは女優の大地真央という出演者になった。

 2011年3月11日、東日本大震災発生後の夜、避難所で恐怖と絶望を感じていた羽生が、停電で真っ暗になっていた街から空を見上げると、満天の星空が広がっていた。その輝きに希望の光を感じたという彼が、イタリア語で「満天の星」や「星降る夜」を意味する『notte stellata』と名づけたアイスショーを行なうことで、人々に少しでも笑顔になれるような「希望」を届けたいと考えたのがこのショーだ。

【前回のショーとの決定的な違い】

 ショーは『notte stellata』の羽生ひとりの演技から始まり、続くオープニングの『Twinkling Stars of Hope(輝く希望の星たち)』はカール・ヒューゴがショーのために作曲したもので、出演するスケーターが、まるで流れ星が降ってくるように滑る。『notte stellata』とともにひとつのプログラムとして見える構成は、前年同様だ。

 しかし、羽生が踊る『notte stellata』は、昨年とは違う雰囲気を醸し出していた。

 このプログラムは2016年3月の世界選手権の会場で、フィギュアスケート界の重鎮でもあるタチアナ・タラソワから「ぜひ滑ってもらいたい曲がある」と声をかけられプレゼントされたもの。サン・サーンスの『白鳥』にイタリア語の歌詞がついたラブソングで、イタリア人歌手のイル・ヴォーロが歌う。

 羽生自身、チャイコフスキーの『白鳥の湖』をアレンジした『ホワイトレジェンド』を、東日本大震災があったシーズンのショートプログラム(SP)にしていた。その曲を翌シーズンからエキシビションプログラムにもして、2014年ソチ五輪のエキシビションでも滑っていた。

 羽生は「『ホワイトレジェンド』と同様のテーマのプログラムというのが非常に感慨深いというか、自分の胸のなかから湧き上がってくるものがありました」と語っていた。

 そしてプログラムを演じるイメージについては、「『ホワイトレジェンド』が黒紫の衣装の暗いイメージで、過去を拾い集めて、『飛び立つぞ!』というところまでを演じるプログラムだったけど、『notte stellata』はその過去を優しく包んで、しっかり前へ進んでいくようなイメージでやっています」と話していた。

 それでも、昨年のショーでは、苦しい過去や自分の感情を心の奥深くにため込んでいるような滑りで、静ひつななかにも重苦しさがあった。だが今回の滑りは柔らかく、最初から優しさがにじみ出ている感覚があった。イル・ヴォーロの歌声自体にも、希望への輝きを感じさせているような思いに包まれた。

【大地真央とのコラボ曲に込めた思い】

 その違いを羽生はこう語ってくれた。

「前回は初めて『3.11』という日に皆さんの前で演技をさせていただく経験をしましたが、正直、僕自身もつらい気持ちのままでした。あの日がまた近づくにつれて映像だったり文字だったり、写真だったりいろんなものに触れる機会が増えてくる。

そういうなかで忘れてはいけない気持ちもすごくありますが、同時につらい思いをされている方もいらっしゃるんだろうなと思い出します。僕自身も過去の記憶を思い返したりするとつらくなってしまうこともあるし、それにとらわれながら滑っていたのが前回でした。

 でもそのなかで、皆さんから希望とか勇気とか元気とか、いろんなものをいただけたショーでした。そういう意味で今回は、僕があの時にもらったものをもっともっと返したいな、希望を届けたいなと思いました。新しいプログラムの『ダニーボーイ』もそうですし、大地(真央)さんとコラボした『Carmina Burana』に関しても、曲調はたしかに強さがありますが、そのなかで立ち向かうものを感じていただけたらなと思って滑っています。そういった意味では去年とは、本当に心意気がまったく違った、コンセプト自体がまったく変わったショーになったのかなという気持ちでいます」

 大地真央とコラボしたプログラムについて羽生は、「大地さんとも何回も何回もリハーサルを重ね、本当に細部までこだわってくださってでき上がった演目なので、自信を持って皆さんにお見せできるコラボレーションになったなと思っています」と語る。

「まだ世界をちゃんと知らない無垢な少年が、幸せを感じながら生きているなか、成長していくことで運命の女神が現れてその運命にとらわれていく。自分が自由に無垢に動くだけではなく、運命の歯車に左右されて自由に動けなくなっていく。でも、最終的にはその運命もすべて受け入れて、自分が運命そのものと対峙しながら自分の意思で進んでいくんだ、というストーリー。

 僕はこのストーリーのなかに、津波だったり震災であったり、今は能登半島地震のこともありますが、天災などの人間の力ではどうしようもない、そういう苦しみを感じたとしても、そこに抗いながらもそれを受け入れて進んでいくんだ、という強いメッセージみたいなものを込めたいなと思いながら滑っています」

【過去と未来の希望を表現】

 前半の羽生ひとりで滑る部分はシェイ=リーン・ボーンに振り付けをしてもらい、大地とのコラボレーションとなる戦いの部分は、大地の舞台の振り付けをしている麻咲梨乃に依頼する冒険的なものだった。

「前半と後半のギャップがあまりないようにすることは、意識して自分のなかで滑り込んできたつもりです。陸上の振り付けになると前後の動きの奥行きがなくなったり、動き自体が小さくなりがちでしたが、それを経験することであらためて、フィギュアスケートってもっとこういうふうに表現しなきゃいけないんだな、とか、フィギュアスケートでは、もっとこういう表現にすれば陸上っぽくもなるし、逆にフィギュアのよさも出る、ということも頭のなかでいろいろ計算できました」

 そして、昨年は『春よ、来い』で表現した最後の「希望」への思いは、今回は新プログラム『ダニーボーイ』で伝えた。

「希望のなかには過去もあるし、未来もある。過去の希望は過去のうれしかったことだったり、戻りたい過去だったり。震災前の思い出や希望に手を伸ばすところもある。また逆に、未来に対して手を伸ばして、未来の希望に向かって祈りを捧げるシーンもある。それを、『現在』と設定したリンクの真ん中を起点にし、ステージから見て左側が過去で、反対側が未来というイメージで、デヴィッド・ウィルソンさんに振り付けをしていただきました」

 新たな挑戦をしながら、自分の今の気持ちをショーという形で伝えたいという思い。2年目の『notte stellata』は、それが明確に伝わるステージだった。