【競技人生に関わるジャッジを超えて】

 12月20日、長野。フィギュアスケートの全日本選手権の開幕前日の公式練習で、宇野昌磨(26歳/トヨタ自動車)は男子シングルのトップで曲かけ練習に挑んでいる。

宇野昌磨、判定基準のゆれに折り合いをつけ全日本へ「ジャンプも...の画像はこちら >>
「I love you」。
そのささやきが繰り返し無人の観客席に響くなか、静かにしなやかに体を動かした。ダークピンクのシャツ、黒いパンツ、グレーの手袋で、白い頬は赤く染まっていた。使用3年目になる黒いスケート靴は、皮が柔らかくなって体の一部のようだ。

 練習後、リンクから上がる直前だった。かつての恩師である山田満知子コーチに呼び止められる。いくつか言葉のやりとりがあって、励まされるように右手で肩をたたかれると、自然に顔がほころんだ。


「(山田コーチに)しばらく会っていなかったんで、『久しぶり』っていうのがあって。NHK杯のことも、話していただきました。それで談笑したというか」

 宇野はそう明かしている。苦笑混じりの語尾に、大会に臨む心境が映し出されていた。

 今シーズン、宇野はグランプリ(GP)シリーズの中国杯、NHK杯でともに2位。GPファイナルでは297.34点をたたき出したが、やはり2位だった。


「お互いが競い合いながら切磋琢磨して、より高いところを目指し合う環境はすごく楽しい」

 宇野がそう振り返ったように、シンプルにハイレベルな大会だった。"氷上の表現者"としての志は揺るがない。ただフィギュアスケートは順位がつくスポーツだけに、王者として消せないジレンマはあるだろう。

 NHK杯フリーで宇野は4本の4回転ジャンプで「q」(4分の1の回転不足)がつく厳しい判定を受け、ひどく困惑していた。"判定基準のゆれ"を指摘するのは正当な提言と言える。唐突に基準が変わった印象を受け、本人が「ここから改善できるものが、自分のジャンプには存在しない」と強い表現になったのも無理はない。
競技人生に関わるジャッジだったからだ。

【レジェンドに並ぶ6度目の全日本制覇へ】

「(大会前の仕上がり具合は)すごくよいわけでも、悪いわけでもないですね。あとは試合でどうなるかって感じで」

 宇野は全日本の高揚感を深いところに沈めるように、淡々とした調子で返している。シャツの上にグレーのパーカーを着込み、ファスナーを上まで締め、いつものように手を後ろで組んで次々に質問を受けた。

「一日も無駄にしないような練習はしてきたつもりです。いい時、悪い時とあって、試行錯誤のなかで今日に至るというか。

同じグループの選手たちはいい感じで仕上がっていました。例年よりもジャンプの調子もよさそうで、難しい戦いになると思います。全員が最善を尽くし、いい戦いをして、自分もいい順位をつかめたらうれしいな、と」

 そう語った宇野は、競技者として戦い方をアジャストさせている。

 この日の練習、彼はジャンプを積極的に跳んでいた。曲かけ練習では4回転フリップ、4回転トーループ+3回転トーループ、トリプルアクセルを成功。3本のジャンプを入念に跳び、精度を高めていた。
リンクサイドで動画を確認しながら、ジャンプのディテールに取り組んでいるようだった。

「GPシリーズを終えて、競技でやっていく以上は、ジャンプも結果を求めるのには必要になるな、と。表現を頑張りたいんですけどね。(結果的に)前よりもジャンプの比重が増えて、だからこそストレスを感じることも多くなりましたが」

 宇野は、正直にそう明かしている。ジャッジにも折り合いをつけて戦う準備はできているのだろう。

「自己満足」

 シーズンのテーマをそう掲げていたし、そこに揺らぎはない。
ひたすら自らの演技と対峙することになるだろう。表現者の矜持だ。

 しかし、同時に生来的勝利者としての本能もうずいているのではないか。

「(GPファイナル後)ベストだと思うことをやってきて、練習量を積むこともできました。感じたまま、演技できるところまで。なので(全日本で)できようが、できまいが、その結果をもって、自分がどうすべきかもわかるはずです」

 宇野はいつものように哲学的に言って、そう結論に達していた。

 5度の全日本優勝の記録を持っているが、じつは6度目は特別な響きがある。6度の優勝は、憧れである高橋大輔浅田真央というレジェンドの記録に並ぶ。本人はそうした数字にとらわれるタイプではないだろうが、それだけの実績を積み重ねてきた証左だろう。世界選手権に向けての選考選手の序列でも、最上位であることが発表されている。

 12月21日、宇野はショートプログラムで映画『Everything Everywhere All at Once』からの『Love you Kung Fu』で29番目に見参する。