海の向こうのメジャーリーグでは、どこよりも早い開幕戦に向けて調整を行なっていたチームがある。史上初めて韓国・ソウルで公式戦を行なうドジャースとパドレスだ。

大谷翔平と山本由伸の日本人ふたりが加わったドジャースは、アリゾナでキャンプを張る15球団のなかでも、とくに注目を集めた。

 ドジャースは、州都フェニックス郊外のキャメルバックランチの施設をホワイトソックスと共用している。「共用」といっても、試合が行なわれるメイン球場はともに主催ゲームで使用するが、広大な敷地は細長い人工池によって二分され、西側の球場6面をホワイトソックス、東側の球場6面をドジャースが使っている。

 メイン球場以外は完全に分かれているため、このキャンプでの両チームの注目度の高さは、わかりすぎるほど顕著だった。

 とにかく、ドジャース側の施設周辺には黒山の人だかりができており、やってくるファンの大多数のお目当てが大谷であることは、彼らが身にまとっているレプリカジャージやTシャツからうかがい知ることができる。

山本由伸「オープン戦の成績はよくなかったけど...」 ドジャ...の画像はこちら >>

【不安の残るオープン戦最終登板】

 キャンプをほかのチームよりも早く打ち上げるドジャースにとって、3月13日(現地時間)のマリナーズ戦はアリゾナでの最後の試合となった。この試合に先発したのは、昨年まで沢村賞を3年連続で獲得するなど、日本球界では無双していた山本だった。

 ソウルでの開幕シリーズは、3月20、21日の2連戦。この2戦目に先発することが決まっている山本にとって、この日の先発は開幕前最後の登板となる。

 この日まで山本は2試合に登板。初戦のレンジャーズ戦は2イニングをきっちり抑えたものの、2戦目となったホワイトソックス戦では3イニングで6安打、3四球、5失点とらしくない結果となった。試合前、球場のビジョンには彼の顔とともに防御率9.00という数字が映し出されていた。

 現地の多くのファンは、報道などで山本の存在は知っているものの、その力量についてはまだ全幅の信頼を置いているわけではないようだった。

熱心なファンなら、大型契約を結びながら、いまだその力を見せてもらっていないという厳しい眼差しを向けているだろう。

 そのマリナーズ戦、山本はそれらの眼差しを封じ込めるかのような立ち上がりを見せた。開幕を見据えてレギュラークラスを並べたマリナーズ打線に、三者三振という完璧な投球。2回も二死から四球を出したものの、ゼロに抑えた。3回まで1安打、1四球、無失点。三振は5を数えるなど、完璧な投球と言ってよかった。

 しかし、ふた回り目に入ると、ピッチングは急変した。いや、変わったのはマリナーズ打線だろう。ひと回り目から思い切りよく振ってきた打線だったが、山本の投球にすんなり順応し、ストレートをミートするようになっていた。

 4回、3番からの3連打で無死満塁のピンチを迎えてしまう。ここで踏ん張りたい山本だったが、タイ・フランスに三遊間を破られ、2点を献上。それでも次打者を三振に打ちとり、後続もなんとか抑えてこの回を2点で切り抜けた。

 しかし5回も、先頭のジャン・ポール・クロフォードに三遊間を破られると、つづくフリオ・ロドリゲスにもライト前に弾かれる。さらに3番のホルへ・ポランコへの2球目がワイルドピッチとなり、無死二、三塁。ポランコは三振に仕留めたが、4番のミッチ・ガーバーにはレフト線へ二塁打を打たれ2失点。次の5番、ニッチ・ハニガーをショートゴロに打ちとったところで交代を告げられた。

【オープン戦で得た課題と手応え】

 4回2/3、74球を投げて8安打、4失点、7奪三振。これでオープン戦3試合の防御率は8.38となった。

試合後、クラブハウスに姿を見せた山本は、この日のピッチングを淡々と振り返った。

「球数もしっかり投げられたので、よかったと思います」

 多くのファンは不安に思ったであろう4回以降のピッチングについても、山本自身は納得しているようだった。

「やっぱりボールが少し甘いところにいったので、とらえられてしまいました。ゴロで抜けていった打球が多かったんですけど、それもコースが甘かったり、低めに投げきれずに少しずつ真ん中寄りにいってしまったからなんでしょうね。甘い球は詰まっても、いいコースに転がりますから。そこをしっかり投げきることができれば、アウトをとれると思います。

次はもっと球を操って、コントロールしていったらいいピッチングができると思います」

 セットポジションからのピッチングが課題だと指摘され、5回にはピッチクロック違反を取られてしまったが、それについても前向きにとらえていた。

「セットポジションについては、(ランナーを多く出したことによって)今日もその場面がたくさんあったので、ある意味よかったと思います。ピッチクロックについては、ちょっと球を長く持ちすぎましたね(笑)。でも、日に日によくなってきていると思います」

 報道陣からは、自軍の攻撃の際にベンチ前でキャッチボールができないという環境の変化がピッチングに影響しているのではないかという質問が飛んだが、これに対しては「問題はない」ときっぱり答えた。

「4失点しているので、投球としては決してよくはないんですけど、感覚的にいいところもありましたし、しっかり練習して来週に備えたいですね。キャンプではすごく濃い練習ができたと思います。オープン戦の成績はよくなかったけど、そこはオープン戦なんで。公式戦では落ち着いて、いい方向に行くようにしたいですね」

 山本の口からは、何度も「来週」という言葉、つまりソウルでの登板のことが出てきた。オープン戦の成績はともかく、チームからの信頼は揺るがないようだ。デーブ・ロバーツ監督からは、降板時に「しっかりソウルでの2戦目に備えてくれ」という指示があったという。

 日本を離れて1カ月、再び太平洋を越える長時間のフライトに身を委ねることになったが、その移動でさえしっかり睡眠をとって、楽しみたいとポジティブな姿勢は崩さなかった。

 オープン戦最後の結果を受けて、山本のピッチングに不安を抱く声がメディアでも行き交っている。しかし、「日本最強投手」の真髄を見せるのは本番だけでいい。

 振り返れば、昨年の日本シリーズ。第1戦で炎上した山本だったが、阪神に王手をかけられて臨んだ第6戦は、圧巻のピッチングを披露した。修正力こそが、山本の真骨頂とも言えるのである。

 あれから4カ月。ソウル・コチョクスカイドームでも「無双」のピッチングで、不安の声をかき消してくれるはずだ。