「希少がん」と闘う元大阪桐蔭・福森大翔の告白 全4回(第4回目)
第3回>>元大阪桐蔭・福盛大翔は「やれることはすべてやる」と覚悟を決めた
「少し前に"GIST(消化管間質腫瘍)の患者の会"に参加してきたんですけど、やっぱり僕が最年少でした」
福森大翔はそう言うと、スマホの画面をこちらに向け、当日の写真を見せてくれた。確かに、優しい表情で写る福森の周りを年配者が囲んでいた。
「GISTといっても病気のタイプや進行速度はそれぞれなんですが、年配の方はいろいろ経験されているので、参考になる話も多くありました。ただ、情報発信が得意でなかったりするので、患者の方の声を拾って、若手の自分が発信できるようになればいいな......とも思いました。また6月に集まりがあるので、もっと自分にできることがないかと考えているところです」
この厳しい状況に立たされても、「人のために......」との思いに頭をめぐらせる。誰かのために何かをするためにも、自身のコンディションが大切になる。
【困っている誰かのために挑戦したい】
昨年秋の遺伝子パネル検査でも、新たな治療に生かせる足がかりは得られず、いま行なっている抗がん剤治療でも顕著な効果が確認できなければ、病に対抗する手がなくなっていく。日々、標準治療の限界を感じている。
「だから、カードとして持っておきたいというのが正直なところです」
話題は海外の抗がん剤へとつながった。
「今の日本で僕が使える抗がん剤は4種類しかなく、そのうち2つはすでに使っています。もし残りの薬も効果がなければ、もう打つ手がなくなってしまいます。それがアメリカには5番目、6番目に使える薬がまだあるんです。ただ、それを海外から輸入するとなると、その時の為替の状況にもよりますが、月額で400万円から450万円かかると聞いていて......」
今は大手ハウスメーカーの仕事も休職中。標準治療は保険適用のため、負担額は決してラクではないものの、一定内で抑えられてきた。しかし月額400万円を超える出費となると、現実的ではなくなってしまう。
「ただ、もし僕がそうした薬を使って、根治は難しいと言われているがんに対して顕著な効果を示せたとしたら、希少がんで苦しんでいる人たちを救う道が開けるかもしれません。ほかの薬の開発や認可にも、いい影響を与える可能性があります。そう思うと、自分のことはもちろんですけど、困っている誰かのために挑戦したいという気持ちがあるのはたしかです」
保険適用外の各種自由診察にも関心はある。患者の弱みにつけ込んだような民間療法も少なくなく、賛否の声が多いことはもちろん承知している。しかし、生きるための可能性がわずかでもあるのなら試してみたい。とにかく立ち止まっている時間はない。
【クラウドファンディングを立ち上げ】
やれることはすべてやると動き続けた結果、多くの人の協力を得た。なかでも大阪桐蔭野球部OBで、不動産業の『センス・トラスト株式会社』を経営する今中康仁との縁により話が一気に進み、ネット上で賛同を呼びかけ、支援を募るクラウドファンディングを5月5日に立ち上げた。
そのサイト内には、福森の大阪桐蔭時代の同級生である森友哉(オリックス)、先輩の藤浪晋太郎(マリナーズ傘下)、澤田圭佑(ロッテ)、山足達也(広島)らのメッセージも寄せられている。
そもそも『センス・トラスト株式会社』は、2022年から京セラドームでのオリックス主催試合において、外野スタンドに自社広告を設置し、24年から本塁打の打球がその看板に直撃すると賞金を贈呈する『看板直撃賞』を設けるなど、オリックスのスポンサーを務めてきた。
そうした活動のなかで、6月15日に行なわれるオリックス対巨人戦を『SENSE TRUST DAY 2025』と銘打ち、協賛試合として開催される。当日は福森も来場し、試合前には希少がん周知のアナウンスほか、今中の始球式、福森のプレ始球式......さまざまな関連イベントを行なうことが決まっている。
「希少がんのことを多くの人に知ってもらえる貴重な場を提供いただき、ほんとに感謝しています。
僕も病気になるまでは、健康に対する意識がほんとに低かったと痛感しています。でも、健康は人間が生きるうえでの基本。今回のプロジェクトが健康を考える機会になって、先々重い病気やがんで苦しむ人が減ってくれたら......と強く願っています」
【好きな言葉はパイオニアの真意】
人々の病を治し、健康を支えることを自らの使命のように語る福森に、どうしても聞いてみたいことがあった。
今回、全4回にわたって掲載した第1回目の冒頭で触れた12年前の高校野球雑誌には、大阪桐蔭の紹介ページがあり、メンバーのプロフィールやアンケートが掲載されている。
福森の欄には<野球以外の特技:ラグビー><尊敬する人:福森健(父)><好きな食べ物:オムライス><将来の夢:野球の仕事>などが並んでいた。そしてもうひとつ「好きな言葉」という質問に対し、多くの選手が「鍛錬千日勝負一瞬」「一球同心」「感謝」「日々成長」などと回答しているなか、福森は「パイオニア」。
今回、福森への取材の準備を進めるなかでその言葉を目にした時、なんとも言えない気持ちになった。まさに今、希少がんと闘いながら、新たな治療法を求めて、道なき道を進んでいる福森の姿が、その言葉と重なったからだ。
そもそも、なぜ「パイオニア」という言葉を選んだのか。
これには「どうだったんですかね」と誌面に目を落とし、「言葉の意味もちゃんとわからず、なんとなく書いたのかも......」と首をひねった。12年前のアンケートだ。覚えてなくても不思議ではないが、根が真面目な男は答えを必死に探そうとしていた。
「関係するかわかりませんが、子どもの頃から『自分だけがよかったらいい』という考えは嫌だったんです。たとえば、先生が授業中に『このあたりがテストに出ます』と言ったら、それを聞いてなかったヤツにも教えたくなるタイプでした。別にいい格好をするわけじゃなく、みんなでよくなりたいというのが根本にあって、自分だけいいというのは、逆にストレスになるんです」
神社や寺で願い事をする時も、周りの幸せを祈ってから自分の願いを浮かべると言った。私の頭のなかに、福森が今も尊敬してやまないと語るラガーマンの父と、その父が語ったラグビーの精神を表す"あのフレーズ"が浮かんできた「One for all, All for one」。それを伝えると、今度は福森の顔が「あっ」という表情とともに、何かを思い出したかのように明るくなった。
「それはあると思います。子どもの頃から、父親にはずっと言われていましたから。『自分ひとりじゃ生きられへんぞ。周りの人がいて、おまえがおるんやから。独りよがりにならんと、周りの人の力になってあげたら、必ず自分に返ってくる。そういう人間になれよ』って。
私のなかで、すべてがつながった。常に人を気遣い、誰かのために行動しようとする。そんな思いを胸に過ごしていた17歳なりの解釈の先に、「パイオニア」という言葉が思い浮かんだのだろう。

【「粘って、粘って、後半勝負や!」】
「野球で言うなら、9回2アウトです」
その言葉を、福森はまるで明日の天気の話でもするかのように、会話のなかで2度、3度、さらりと口にした。ここで打てなければ試合は終わる──そんな覚悟を抱いた打席が、これからも続いていくだろう。
すっかり昼時を過ぎたところで店を出ると、駅まで見送りに来てくれた福森と、再び野球の話になった。隣で語られる青春時代の思い出に耳を傾けていると、懐かしいグラウンドの風景が目に浮かび、福森のもうひとりの師の気合いのこもった声が重なって聞こえてくるようだった。
「粘って、粘って、後半勝負や!」
これまで数々の土壇場でドラマを生み出してきた大阪桐蔭野球部に受け継がれる精神は、語りの名手としても知られる監督・西谷浩一の筆頭語録である。野球も人生も、最後まで何が起きるかわからない。だからこそ──。
甲子園の2大会で19打数9安打。大舞台で結果を残してきた男は、今日も逆転の一打を信じて打席に立ち続けている。
福森がこれまで周囲に向けてきた数々の思いや行動が、この窮地を救う力となって、今こそ彼のもとに返ってきてほしい。