創造的に、生化学的に、あるいは情動的に、プレミアリーグ王者リバプールは違って見えた。ひとつひとつのキックやコントロールが自在で、体をぶつけ合うとフィジカルは強くしなやかで、声援に呼応するプレーと大観衆の呼吸が一体化し、その姿は半ばバケモノじみていた。

端的に言えば、"違う次元にいる"のだろう。

「2段階、3段階は上」

 ゴールを決めた横浜F・マリノスのFW植中朝日の試合直後のコメントは象徴的だろう。1-3の負けでスコアは拮抗していたが、同じピッチで戦えば、その差は肌で感じられる。相手が本気を出していないこともわかっただろう。リバプールはだいたい30%程度のコンディションで、余力を残しながらプレーしていた。底知れない強さだ。

リバプールの何が特別だったのか 横浜F・マリノスの選手たちが...の画像はこちら >>
「純粋にすばらしいチームでした。すべてにおいてクオリティが高い。リバプールの力で、これだけの人をスタジアムに集められたわけで......(観客数6万7032人はJリーグ主催試合では過去最多)」

 横浜FMのキャプテンである喜田拓也はそう言って、悔しさも滲ませていた。自分たちのホームスタジアムが赤一色にジャックされて、複雑な気持ちだったはずだ。

「相手が世界ということはわかっているけど。自分たちのホームだし、自分たちがその注目度を集められるように......。

比べたら笑われるかもしれませんけど」(喜田)

 いや、それは笑うべきことではない。相手との力量差を知ったうえで、少しでも近づき、食らいつけるか。そこにスポーツの、サッカーの本質はあるからだ。

 では、リバプールは何が特別だったのか?

 リバプールは開始10分ほど、駆け引きのなかで横浜FMの選手とチームの特徴を見極めている。

「(横浜FMがリーグ下位で残留争いをしている)その状況は知らなかった」(リバプール/アルネ・スロット監督)

 リバプールの選手にとって横浜FMのプレーはほとんど初見で、素早くデータを取っていった。たとえば全力に近い激しいチャージにいって、相手の強度も試していた。あるいは、危険なハイラインを敷きながら、カウンターに対処。ギリギリのラインで腹を探り、距離感を見つけ、自分たちの優位なポイントを見つけていった。

【可能性を感じさせた先制のシーン】

 品定めが終わると、前半15分過ぎからは完全に圧倒した。

 リバプールは横浜FMのプレッシングを解除していった。ヨーロッパでは「プレッシングが通じるのは凡庸な敵だけ」とも言われるが、それでもプレッシングをかける体力トレーニングが推奨され、そうしたチームが勝ち上がっている。つまり、プレッシングやトランジションの体力や戦術はベースで、リバプールの選手は適応力があり、その強度のなかで高い技術を出せる選手を揃えているのだ。

「プレスが早く、切り替えも早く、すべてのレベルの基準が高かったです。ビルドアップも、すべての動きがつながっていて。誰がどう動くべきか、トレーニングされていることが伝わってきました」

 喜田はそう説明していたが、有機的な動きは"赤い血液が流れている"ようだった。その活気が相手を凌駕した。

「前半で、カウンターを決められていたら」

 横浜FM側から見れば、そんな意見もあるかもしれない。しかし、そんなジャンケンのような了見では、リバプールのような敵には一矢を報いるのが精いっぱいだろう。横浜FMのいくつかあったカウンターは、駆け引きのなかで生じた、もしくはコンディションの問題によるものだった。それもフィルジル・ファン・ダイクのディフェンスやギオルギ・ママルダシュビリのセービングで完全に封じられていた。

 一方、後半10分に横浜FMが先制できたシーンは、彼らの可能性と言える。大げさに言えば、日本サッカーの希望だろう。攻守が入れ替わるなか、左サイドからボールを運んでラインを押し下げ、インサイドに入ったサイドバックがボールを受ける。一瞬、リバプールの足が止まったところを植中がラインブレイクする走りを見せ、スルーパスを角度がないところから蹴り込んだ。

〈しっかりとボールを握り直し、押し込み、スペースを作り、使い、精度の高いプレーで得点を決める〉

 それは横浜FMが模索し、日本サッカーが真剣に構築すべきプレーだろう。カウンター一発に頼って、「勝った」「負けた」と騒いでいるところから脱し、サッカーで上回る瞬間を多く作れるか。なぜなら、「世界」はそれを突き詰めているからだ。

「失点してから、すぐに得点できなかったことは反省すべき」

 スロット監督がそう言って不満を示したように、リードを許した後、リバプールは明らかにギアを上げた。

 そして後半17分、相手のパスを自陣でカットすると、猛然としたカウンターで敵陣へ。右サイドのモハメド・サラーに渡ると、それを中に折り返し、スペースに入ったフロリアン・ヴィルツが決めた。後半23分にも交代出場のジェレミー・フリンポンが寄せの甘さを見透かし、FKのような弾道のクロスをファーに送り、18歳のトレイ・ニョニが押し込み、あっさりと逆転した。

 極めつきは、後半42分の3点目だった。

 その直前、ボールの"主人"は3度、4度と入れ替わっている。しかし、リバプールがそれを制すると、16歳のアタッカー、リオ・ングモハに出た瞬間だった。リオを含めて6人が猛然と横浜FMゴールに迫った。数的有利だけでなく、ポジション的優位、かさにかかったスピードでも圧倒し、最後は16歳がひとりで持ち込んで決めた。

 リバプールの選手たちは骨の髄まで、"自分がゴールを決める"という意識が刷り込まれていた。だからこそ、全員が猛々しく敵陣に殺到した。コンビネーションも使えたが、そもそも個人が敵を制していた。

 全員がボールプレーヤーとして90分間、やり合い、対峙し続けられるか。それは日本サッカーがいつかたどり着くべき"場所"だろう。少しでもそこへ向かう努力を怠ったら、いつまでも蜃気楼のままだ。

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