失意のモンツァから1週間、角田裕毅(レッドブル)の周囲は騒がしかった。
来季のレッドブルのシートを巡る記事をドイツの新聞が報じ、イザック・アジャ(レーシングブルズ)が昇格して角田はシートを失う、という情報が世界中を駆け巡ったからだ。
よく読めば、それはそのメディアの推測であり、昇降格の決定権を持つヘルムート・マルコ(レッドブル・モータースポーツアドバイザー)が「すでに述べたとおり、まだ数戦の様子を見てから決める」と語り、ドイツの報道はすでに否定されている。
ただ、正確に言えば、角田自身にその「雑音」は届いていなかった。「ふだんメディアは全然見ていないので、いろんな噂があったというのは今聞きました。だけど、自分が知っているかぎりでは、今までと同じようにパフォーマンスに集中して毎戦進歩を見せ続けていくだけだと思っています。僕の最優先事項はこのチームに残ること。それだけですね」
アジャも「本当にどうでもいい。5日くらいオフで自宅にいたけど、インスタを見るよりもやることはたくさんあったから」と相手にしていない。
世間の雑音がどうあれ、本当の意味で2026年のシートを決するのは、ここからあと3戦(第17戦アゼルバイジャンGP、第18戦シンガポールGP、第19戦アメリカGP)ほどの結果だ。
どれだけレッドブルのマシンを速く走らせることができるのか。そしてポイントをチームにもたらすことができるのか。
そういう意味では、予選のペースは着実に「合格ライン」に達していると角田は感じているようだ。
前戦イタリアGPではQ3に進出し、最終アタックで先頭走者を強いられたため10位に沈みはしたものの、全体的な内容、マックス・フェルスタッペンとのタイム差、フェルスタッペン車とのフロアやセットアップの違いを考慮すれば、それはチームとしても満足のいくパフォーマンスだという。
「ショートランについては、かなり満足できるレベルにあると思います。チームもかなり満足してくれています。レースごとにマックス(・フェルスタッペン)との差は縮まっていますし、マシンの差を考えれば予選でも常に0.2秒差くらいにはいるので」
【謎のタイヤ摩耗に試行錯誤】
レッドブルが抱える問題は、ロングランのペースだ。それも「速い」「遅い」の問題ではない。
レースを戦ううえで、必要な周回数だけタイヤを保たせようと思うと、攻めることができないことが問題だ。その原因となっているのが、異常なタイヤの摩耗である。
「今、集中しなければならないのは、ロングランだと思っています。もちろんモンツァはフロアにダメージを負っていたので別ですが、ふだんから決勝でもフリー走行でもロングランに苦しんでいて、それがなぜなのかチームとしても理解できていない、説明がつかないことが最大の問題です」
フェルスタッペンは予選でパフォーマンスの期待できる薄型リアフラップを採用してポールポジションを獲得し、決勝でも勝利をつかみ獲った。
しかし、角田は削る前のフラップのまま、予選・決勝に挑まざるを得なかった。「フリー走行でのロングランの悪さを考えれば、フラップを削る決断はできなかった」と角田が語っていた背景には、謎のタイヤ摩耗に試行錯誤し続けている苦悩があった。
「マシンバランスは悪くないと感じているのに、なぜかタイヤがクレイジーなくらい磨耗してしまうんです。モンツァではFP3までいろいろとトライをして何が原因で起きているのかを究明してみたんですけど、答えは見つかりませんでした。
結果として僕は、ロングランでタイヤを保たせるために(リアウイングが重い状態にせざるを得ず)あまり好みでないマシンバランスで予選・決勝に臨むことになり、マシンパフォーマンスもかなり失ってしまったんです」
とはいえ、イタリアGPの第1スティントは集団のなかで走り、DRS(※)圏内から外れてもガブリエル・ボルトレート(キック・ザウバー)やフェルナンド・アロンソ(アストンマーティン)とのギャップは広がらず、同じペースで走ることができていた。
※DRS=Drag Reduction Systemの略。追い抜きをしやすくなるドラッグ削減システム/ダウンフォース抑制システム。
さまざまな試行錯誤を重ねるなかで、少しずつ光明は見え始めている。
「毎レースのように新しい発見はあります。それを一つひとつ説明していたら時間がいくらあっても足りませんけど、そうやっていろんなことをトライして改善を進めていくこのプロセスを楽しんでいます」
【バクーで求められる最低限の仕事】
その一方で、角田には速さだけでなく、ポイントにつなげるレース遂行能力やレース巧者ぶりも求められている。それだけに、前戦のような接触はいただけない。
「彼(リアム・ローソン/レーシングブルズ)とは話していませんけど、明日の朝にヘルムート(・マルコ)も交えて話をする予定です」
角田はそう語るにとどめたが、角田が悪かろうとローソンが悪かろうと、接触し入賞のチャンスを失ったという事実は変わらない。それはつまり、チーム全体がこのレースのために注いだ全ての努力とコストを水の泡にした、ということだ。
レッドブルというトップチームのステアリングを握り、1000人を超えるスタッフの努力の上にマシンを走らせるドライバーならば、その点はしっかりと認識しておかなければならない。
コンクリートウォールに囲まれた狭いコースを超高速で走るバクーでは、なおさらそれが重要になる。荒れたレースで生き残ることも、ドライバーに求められる最低限の仕事だ。
「バクーはいい思い出もありますし、サプライズも多くてチャレンジングなサーキットです。
シート喪失の危機に晒されて、精神的に追い詰められた過去のドライバーたちがまとっていたような悲壮感は、今の角田にはない。よくも悪くも、あっけらかんとしている。
今までプレッシャーがかかる重大な場面でも、しっかりと実力どおりの結果を示して道を切り拓いてきたのは、そんな性格ゆえだったのかもしれない。
自分が何をなすべきか、何をやってはいけないのか。それを理解しさえすれば、結果を出せるのが角田裕毅だ。
「1戦1戦が非常に重要だと思いますけど、結果を出し続けることや、光る走りを見せることに集中するしかないと思っているので。自分がコントロールできるのはそこだけですから、そこに集中するだけです。あとはそれを見て、彼らが決めるだけです」