名将たちの人心掌握術(2)
リオネル・スカローニ

 彼ほど勝ち取ったものが大きいにもかかわらず、取り上げられることが少ない監督もいないのではないか? アルゼンチン代表監督リオネル・スカローニ。経歴だけを見たら、不動の名将である。

 2018年からアルゼンチン代表を率い、2022年カタールワールドカップでは44歳で優勝。1978年以降では最も若い優勝監督になった。2026年北中米ワールドカップでも、チームを見事に決勝へ導いた。それだけでなく、2021年、2024年コパ・アメリカも連覇して南米王者になっている。これだけの実績を誇る代表監督が現役で何人いるだろうか。おそらく、匹敵するのはフランス代表のディディエ・デシャン前監督ぐらいだろう。

 にもかかわらず、スカローニのリーダー像はほとんど見えてこない。本当にベンチにいたのか。失礼を承知で言えば、ゴーストのようである。

 スカローニは、どのようにアルゼンチン代表を掌握したのか?

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 スカローニは、2018年ロシアワールドカップでアルゼンチン代表が惨敗したときのアシスタントコーチだった。そこでホルヘ・サンパオリ監督に代わり、暫定的にチームを率いることになった。それ以前、サンパオリが1シーズン弱、セビージャを率いた当時、指導者として一歩目を踏み出したスカローニがコーチとして招聘された。
そのままの流れで代表にも入閣し、まさに"棚からボタモチ"の監督就任だった。

 指導者歴わずか2年で代表監督。それもコーチ経験のみで、監督歴は一度もなし、だ。

 日本人には考えにくいかもしれないが、サッカーにおける代表監督は、監督にとって必ずしも最高のポジションではない。多くの一流監督は、クラブでの日々のトレーニングの積み重ねを毎週の試合で試し、改善することに監督の醍醐味を感じる。一方、代表監督は選手のスカウティングと国を背負う重圧を受けるのが主な仕事である。中身がまったく違う職業だ。

 その点、スカローニのパーソナリティは代表監督に最高の適応を見せたと言えるかもしれない。

【選手時代から「目立たない人」】

「監督としてのあり方は、選手時代にとても似ている」

 スカローニはそう言うが、説明が必要だろう。

 スカローニの現役時代のハイライトは、1998シーズンから2006シーズンまで在籍したスペイン、ラ・リーガのデポルティーボ・ラ・コルーニャだった。当時、デポルはラ・リーガ、スペイン国王杯優勝を果たし、欧州チャンピオンズリーグ出場の常連で、欧州でも強豪の一角の座を占めた。そこで、彼は200試合以上に出場し、アルゼンチン代表にも選出されていた。

 ただ、デポル時代のスカローニは主力とは言えない。

ずっとジョーカー的存在、いや正確には「便利屋」というべきか。各ポジションに有力な選手が揃うなか、ケガや不調などで離脱したとき、一時的にポジションをカバーした。左右のサイドバック、左右のサイドハーフなど"使い勝手がいい"選手だった。目を引く技術はなく、特別に速くもなく、高さもなかったが、堅実でしぶとく戦えたし、文句を言わないので重宝された。

 驚くべきことに、選手時代から「目立たない人」だったのである。

 筆者はスカローニの現役当時、バルセロナ在住で、デポルの中心選手、ファン・カルロス・バレロンとは個人的な親交もあり、デポルは一番取材を多く重ねたチームだった。他にフラン、ジャウミーニャ、ドナト、マウロ・シルバ、ヌールディン・ナイベト、ジョルジュ・アンドラーデ、ジャック・ソンゴオなどインタビューした選手も多い。しかし、スカローニとは挨拶をする程度で、レコーダーを向けたこともなかった。

 正直に言えば、ほとんど印象に残っていない。

 ただ、チームメイトの評判は「出場できる保証もないのに、あんなにたゆまず準備ができている選手はいない」とすこぶるよかった。また、強化責任者も「スカローニのような選手と契約できたのが幸運だった」と絶賛していた。その真面目さと敢闘精神を評価したからこそ、外国人選手ながら主力でなくても契約を更新し続けたという。

【「集団のなかでどうすれば役に立てるか...」】

「Peon de Ajedrez」

 スカローニには、スペイン語で「ポーン」という称号が与えられていた。チェスの駒で「歩兵」を意味する。転じて「捨て駒」とも揶揄される。

 その「ポーン」の精神がアルゼンチン代表監督としての成功につながっているのかもしれない。彼はまさに一兵卒として、集団の中に潜ることができた。そこで利己的な振る舞いをしない。それは監督になっても変わらなかった。

 スカローニ本人はラ・コルーニャ版『ラ・オピニオン』で現役時代を振り返り、監督マネジメントにも通じる話をしている。

「自分はその(有力選手とポジション争いする)レベルには至っていなかったと思う。だからこそ、集団のなかでどうすれば役に立てるのかを、いつだって真剣に考えていた。そうした先が見えない状況では、当然ながら迷いが出る。でも、そこで諦めずに戦い続けられるか。

"信じ続けて戦う"という姿勢は、監督として率いているアルゼンチン代表の姿にもつながっているかもしれない」

 驕りなく、チームのために献身する。彼は監督というリーダーになっても、それをやり続けた。

「ワールドカップはひとりの人間で勝ち取れるものではありません」

 スカローニは毅然として言うが、それは伝説的な活躍をしたリオネル・メッシのことではなく、己に対する戒めのようにも聞こえた。そうした無我の姿勢を指揮官が貫くのは決して簡単ではない。やはり、リーダーなりのエゴは出てくるし、それによって集団を統率する部分もあるからだ。

 しかし、スカローニは実体を見せないことで、アルゼンチン代表を束ねていた。ゴーストという表現がいき過ぎているなら、むしろ「影」とすべきか。英雄メッシに最高権力を移譲したように見せることによって、"黒幕"になれたのではないか。もちろんそれは邪悪なものではない。人生を通じた真摯な姿勢が伝わることでチームをひとつにした、という仮説は成り立たないか。

 スカローニは『ラ・オピニオン』の記事のなかでこう続けた。

「アルゼンチンのような国を率いるのは、唯一無二の経験と言えるでしょう。

正直、それ以上のことがあるでしょうか。もちろん責任は大きいし、できるだけよいものを勝ち取らないといけない。単なる監督としてだけではなく、ひとりの人間としてもクローズアップされる。そこで、どのような振る舞いをするのか。とにかくあきらめず、甘んじないことです」

 闘争は、彼の人生そのものだった。

「目立たない」

 それは監督になるのに、必ずしもネガティブな要素ではない。少なくとも、アルゼンチン代表という組織には、そのキャラクターがハマったのだ。

リオネル・スカローニ
1978年、アルゼンチン・ロサリオ生まれ。現役時代はデポルティーボ・ラ・コルーニャ、ラツィオなどでプレー。2015年に現役引退後、セビージャやアルゼンチン代表のアシスタントコーチを務める。2018年、アルゼンチン代表監督に就任。

小宮良之●文 text by Yoshiyuki Komiya

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