錦織圭という奇跡【第47回】
杉山愛の視点(4)

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◆杉山愛の視点(1)>>私の助言も「あ、本当だ」と素直に耳を傾ける
◆杉山愛の視点(2)>>錦織圭の魅力をどのようにテレビ番組で伝えたか
◆杉山愛の視点(3)>>ベストタイミングでマイケル・チャンをコーチに選んだ

 杉山愛さんが、錦織圭の引退の決意を知ったのは、本人のソーシャルメディアでの発表を通じてだったという。

 錦織の決意に触れ、杉山さんはすぐにLINEで連絡を入れた。

「今、SNSで知りました、というふうに連絡をしました。なんて書いたかな......。『難しい決断だったと思うけど、残りの試合を、圭らしく戦えることを願っています』みたいな感じのことを、たしか送ったと思います。

 最後はやっぱり苦しんで、がんばり疲れたのかなっていうのを、もらった返事を見て感じました。もうこれ以上は、がんばれないんだろうな。逆に言えば、限界までがんばったんだなというのが、メッセージを見て思ったことでした」

引退の錦織圭は「めちゃくちゃ頭がいい」 杉山愛が指導者として...の画像はこちら >>
 杉山愛さんは、シングルスで世界最高8位、ダブルスでは世界1位に輝いた日本テニス界のレジェンド。2023年からは、女子国別対抗戦『ビリー・ジーン・キング・カップ』の日本代表監督を務めている。

 現役時代にはケガの少ない選手として知られ、グランドスラム62大会連続出場という当時の世界記録も打ち立てた。「健康な体を授けてくれた両親に感謝」と笑う杉山さんは、それだけにケガに泣く多くの選手も見てきた。だからこそ、ケガを抱えながら世界のトップで戦い続けた錦織の偉大さを知る。

「すごく大変なんです、ツアー生活って。毎週のように移動しながら、世界各地をぐるぐる回るだけでも大変ですよね。

それこそ時差ボケだってきついです。

 そこに加えてテニス選手は、自分のテニスの調子、体、心のすべてを整えて、ベストのパフォーマンスをコート上で発揮しなくてはいけない。その生活を年間11ヶ月くらいやりながら、自分の平均値を上げていくというのは、本当に容易ではないんです。

 そのなかで圭はケガとの戦いもあったのだから、本当に心が折れそうな時はたくさんあったと思うんです。それでも圭は、常に質の高いテニスを追求し、コート上でそれを見せてくれた。日本人選手が、これだけのことをできるんだと証明してくれたことで、本当に大きな夢を多くの人たちに与えてくれたと思います」

【指導者としても秀でたセンス】

 身長178cmと、決してフィジカル的に恵まれていたわけではない錦織が、世界4位まで上り詰めたことで、日本のみならずアジアの多くの選手や少年・少女たちが、自分を錦織に投影できただろう。だからこそ杉山さんは、「指導者」としての錦織にも大きな期待を寄せる。

「指導者としてのセンスが、圭にはあると思うんですよね。本当に着眼点もいいですし、基礎的な体の動かし方についての造詣が深い。『どう打てばボールに力を伝えられるか』『どのような動きをしていると、体のどの部分に負荷がかかり、ケガになりそうか』というのも、彼は自分の経験も含め、深く理解していると思うんです。

 テニス面では、攻め方、ポジショニング、球威......テニスっていろいろな要素が必要なのですが、それをひとつずつ、すべて理解していると思います。それら全部がわかっている人は、なかなかいない。コーチングの資質を、圭はすべて備えていると思うんです。

 だからやっぱり圭には、将来的にはコートに戻ってきてほしいなと思います。あそこまで『見る目』がある人も、そういないと思うので。

 彼は、天性の感覚や才能を持っています。間違いなく天才は天才なんですが、同時にめちゃくちゃ頭がいい。テニスのレベルがずば抜けて高いのはもちろんですが、常に自分を客観視する目を持ち合わせているんです。

 自分のフィジカル的な感覚に加えて、理論もある。その両方を兼ね備えているからこそ発揮できる、ハイレベルのパフォーマンスだと思います。指導者としても、秀でたセンスを持っているのは間違いありません」

 10月1日──。錦織圭は「日本テニス界の聖地」こと有明コロシアムで、現役最後の試合を終えた。

 プロ転向から、足掛け20年。錦織は、コートを駆ける姿で、ボールと戯れるようなプレーで、そして未踏の地を切り開いて進むその背中で、多くのファンや関係者に希望を与え、世界への道を示してきた。

 その旅にひとつの区切りをつけ、新たなチャプターを開く錦織圭に、杉山さんは何を期待するだろうか。

【本当に大事なことが見えにくい時代】

 その問いに杉山さんは、「彼しかしていないこの経験を、多くの人に伝えてほしい」と明言した。

「日本人で、グランドスラムのシングルス決勝の舞台に立ったのは、(大坂)なおみと圭だけ。その経験を、後進や関係者たちに語り伝えてもらえたらうれしいなと思います。

 今はSNSに多くの情報があふれていますが、それだけに、本当に大事なことが見えにくくなっている側面もあると思うんです。テニスでは、技術を磨くことはもちろん大切です。ですがそのためには、毎日の取り組みや、苦しい時の考え方などが重要になってくるんです。

 単にコート上だけではなく、コート外での要素が、実は大きいんですよね。それはトレーニングだったり、ウォームアップだったり、試合前の準備の仕方だったり。先ほど言ったように、ただでさえ大変なワールドツアーを転戦していくうえでのコツもあると思います。そういう本当にベーシックな部分の積み重ねが、最終的には大きな差を生むと思います。

 フォアハンドの打ち方がどうとか、サーブのフォームをどう変えるとか、選手として技術を追求していくことは、もちろん重要です。でも正直、それってわかりやすい部分なんですよね。

それだけだと、自分の足りないところは補えない。

 課題をクリアするまでがんばる力......それこそ、レジリエンス(ストレスへの耐久力・精神的回復力)などの本質的な部分が必要になってくる。圭だったらそのことを、彼の言葉や方法で伝えられる。彼のアドバイスは、どんな人にも刺さると思いますから」

 日本テニスの革命家である錦織も、松岡修造氏やマイケル・チャン氏ら、かつての開拓者たちの意志を継ぎ、一時代を築いた。その彼もやがては、後進たちに叡智(えいち)を授け、時代を動かす歯車となり、そうして新たな歴史は紡がれていく。

(つづく)

◆伊達公子の視点(1)>>


【profile】
杉山愛(すぎやま・あい)
1975年7月5日生まれ、神奈川県横浜市出身。4歳でテニスを始め、15歳で日本人初の世界ジュニアランキング1位となる。1992年にプロ転向。WTAツアーでシングルス6勝、ダブルス38勝を挙げ、世界ランキングはシングルス8位、ダブルス1位を記録。四大大会では女子ダブルスで3度、混合ダブルスで1度優勝。四大大会シングルスに62大会連続出場し、男女を通じた世界最高記録(当時)を樹立する。オリンピックには4大会連続(1996年、2000年、2004年、2008年)で出場した。

2009年に現役を引退し、2023年度から国別対抗戦「ビリー・ジーン・キング・カップ」日本代表監督に就任。身長163cm。

内田 暁●取材・文 text by Akatsuki Uchida

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