錦織圭という奇跡【第50回】
ゲイブ・ハラミロの視点(3)

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◆ゲイブ・ハラミロの視点(1)>>アガシやシャラポワと同じ「王者の資質」を見た
◆ゲイブ・ハラミロの視点(2)>>アマチュア時代の錦織圭には「とても手を焼いた」

 錦織圭の最も突出した才能とは何か──?

 これは、本連載『錦織圭という奇跡』にて指導者や関係者たちに話をうかがうなかで、必ず尋ねてきた問いだ。ある方は「フォアハンドのストローク」だと言い、ある方は「環境や出会い」に解を求めた。

 IMGアカデミーのディレクターとして、13歳から18歳までの錦織を導いてきたゲイブ・ハラミロ氏は、どう見ているだろうか?

「聡明さです」

 熟練のコーチは、即答した。

錦織圭の最も突出した才能は「頭脳」 世界1位になった11人の...の画像はこちら >>
「ケイのすごさを語る時、多くの人は『バックハンドだ』『フットワークだ』と言うでしょう。ですが、私が思うケイの最高の才能は、頭脳です。私はこれまで、11人の世界1位になった選手たちを見てきました。そのなかでも、ケイは最もスマートだと断言できます。彼の認知能力は突出していました」

 錦織が着実に成長できた理由を、ハラミロ氏は本人の知性に見出す。そのことを顕著に物語る例として、ハラミロ氏は次のようなエピソードを聞かせてくれた。

「ケイは、非常に物静かです。ですが、強くなるために必要だと思ったことは、しっかり自己主張していました。わかりやすい例が、コーチの変更です。

 選手によっては、キャリアを通じてひとりのコーチに師事し続ける人もいます。それが最適なケースもあるでしょうが、コーチに申し訳ない、本人に言いにくいという理由で変えられない人も少なくありません。

 ケイは違いました。彼は自分のレベルが上がるたびに、私のところにきて『コーチを変えてほしい』と言うのです。たとえばジュニア時代のコーチには、ヒッティングパートナーとしての役割が求められていました。でも、ケイがある程度強くなれば、ヒッティング以上のことが求められます。ケイの要望に応じて、私は別のコーチに変えました。

 それから1年ほどして、ケイがATPチャレンジャーでプレーするようになった頃、彼はまた私のオフィスに来て言うのです。『彼はジュニアレベルではすばらしいコーチだが、チャレンジャーに出ている選手たちのことは知らない。もっと経験や知識のあるコーチが必要だ』と。

 そこで新しいコーチを任命しましたが、また1年ほど経つと、『次のステージに対応できるコーチをつけてほしい』と言う。そこでケイがプロになった頃に、グレン・ワイナーにケイを見るように言ったのです。

 当時のグレンは、フィリップ・ベスター(カナダ)という期待の若手を指導していました。ただ、残酷なようですが、私はベスターよりケイのほうが将来性があると思っていた。

そこでグレンを説き伏せたのです」

 戦いのステージが変われば、コーチに求める能力や知識も変わってくる。錦織はそのしかるべき時期を自ら察し、コーチを変えてきたという。なお、錦織が18歳でATPツアー初優勝を成し遂げたのは、ワイナーのコーチ就任から3カ月後のことだった。

 2026年10月6日──。有明コロシアムで開かれた錦織の引退セレモニーに、ハラミロ氏もアメリカから駆けつけた。

「久々にケイに会って、いろんな思い出話に花が咲きましたよ」と、ハラミロ氏は優しく目を細める。

「楽しいことも、たくさんありました。なかでも思い出深いのは、私の母国コロンビアで開催されたATPチャレンジャーに一緒に行った時のことです。圭は1回戦で、トーマス・ベルッチ(ブラジル/錦織より2歳年長で自己最高は世界21位)に接戦で敗れました。開催地のボゴタは標高が高いので、プレーが難しい地でもあります。

 その翌日、私はケイをクルマに乗せ、行き先を告げずに出かけました。1時間半ほどドライブして着いた先は、シパキラという町の「塩の大聖堂」。

巨大な岩塩山の地下の洞窟内に建てられた、有名なカトリック教会です。

 何も知らずに洞窟に入ったケイは、あんぐりと口を開け、目を輝かせながら教会を見渡していました。岩塩の洞窟内に巨大な十字架があり、本当に美しい光景なんです。

 私とケイは遠征に行くたびに、必ず町や観光地も見るようにしていました。実はそれは、盛田(正明)氏の願いでもあったのです。盛田氏から『ケイにはいろんな世界を見せてあげてほしい。ホテルと試合会場を往復するだけの選手にはなってほしくない』と言われていました。

 盛田氏は、ケイにはテニスだけでなく、訪れた国のことなども英語で話せるようになってほしいと願っていた。そうすることで、日本を世界にプレゼンできる存在にもなってほしいと思っていたのです。それだけのスターになれると、盛田氏は信じていたのだと思います」

 聡明さに加え、テニスと外の世界をつなぐ知識や対話力も備えた錦織には、指導者になることを望む声も多い。

 ハラミロ氏は、錦織の未来に何を見るだろうか?

「ケイには間違いなく、すばらしいコーチになる資質があります」と、ハラミロ氏は明言する。

「ただコーチは、選手時代とはまったく別の考え方やテニスへのアプローチが求められる立場です。

果たして、ケイがコーチをやりたいのか? それはわかりません。もしかしたら、テレビコメンテーターのような仕事が向いているのかもしれません。すべては彼次第です。

 ただ、確信を持って言えるのは、やがて必ず『テニスが恋しくなる』ということです。引退した選手は誰しも、最初のうちは『もうテニスは十分だ』と感じるでしょう。でも1年もすると、戻ってきたくなるものです。指導者なのか、解説者なのか......それはわかりませんが、いずれにしてもケイは必ず、テニス界に戻ってくるでしょう」

 ハラミロ氏も出席していたセレモニーの最後、錦織は1万人のファンに「ちょっと休ませてください。必ず、戻ってきて何かはします」と約束した。

 何が自分に向いているのか、何が最適な道なのか──?

 その命題への解も必ず、いずれ彼は自分で見つけるだろう。聡明さこそが、錦織圭の最も突出した才覚なのだから。

(つづく)

◆伊達公子の視点(1)>>


【profile】
ゲイブ・ハラミロ
コロンビア・カリ出身のテニスコーチ。ニック・ボロテリーの右腕として約30年間活動し、1985年から2009年までIMGボロテリー・テニスアカデミーのテニスディレクターを務めた。

アンドレ・アガシ、ジム・クーリエ、ピート・サンプラス、モニカ・セレシュ、マリア・シャラポワ、錦織圭ら、数多くの世界トップ選手の育成に携わった。四大大会すべてでコーチを務めた経験を持ち、32カ国で選手・指導者らを対象としたクリニックを展開。現在は米フロリダ州のRPS AcademiesでCEOを務め、選手育成や指導者教育に取り組んでいる。

内田 暁●取材・文 text by Akatsuki Uchida

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