この記事をまとめると
■走行するクルマに対して上下方向に作用する空力用語として「リフト」という言葉がある■モータースポーツの世界では安定性を実現するために空力性能が必須だった
■ノーズリフトが問題になった1960年代にはポルシェがフロントバンパーに工夫を凝らした
クルマに使われる「リフト」という単語にはどんな意味があるのか
車両に作用する空力を総称して「空力6分力」という言葉で表現される。読んで字のごとし、車両に働く6つの空力を表したもので、前後、左右、上下3方向に働く力と、これら3方向の軸まわりに発生する3つのモーメントを合わせ、空力六分力と呼んでいる。
このうち車両の上下方向に働く力をリフト(揚力)と呼んでいる。
このダウンフォースが働くと(ウィングなどで得る)、走行中の車両は地面に押し付けられ、コーナリングを例に挙げれば、ダウンフォースが得られた分だけ車両のグリップ限界が上がり、結果的に速いコーナリング、安定したハンドリングが可能となる。
ダウンフォースの考え方(生かし方)は、限界領域での走行が結果に直結するモーターレーシングの世界で重視され、1960年代には車体後部に大きなウイングを装着してグリップ力を上げ、コーナリング速度を稼ぐスタイルが一般的となっていた。

しかし、これとは反対に、走行速度が上がると車体を持ち上げる(浮かせる)空気流が発生する場合もある。車体前部での話が主体となるが、走行車両の速度が上がると空気流の作用する力は大きくなり、これが車体を持ち上げる力として作用するため、リフト(揚力)と表現されている。
飛行機が飛ぶ原理を思い浮かべてもらえば話は早いが、飛行機はプロペラあるいはジェットエンジンの推進力で前に進んでいる。この際、飛行機は空気中を進む動きのなかで翼に揚力が発生し、この力が機体を空中に浮かせることで飛ぶことができている。

では、なぜ揚力を得ることができるか、ということになるが、これは翼の断面形状を見れば明らかだ。空気中を翼が進む場合、空気の流れは翼の前端で翼の上面を流れる空気と翼の下面を流れる空気に二分され、翼の後端で上面流と下面流が再び合流することになる。
ここで翼断面の話になるのだが、翼上面と翼下面の形状を変えることで、上面を流れる空気と下面を流れる空気に流速差を作るのである。翼の上面を弧を描く形状とし下面をフラットな形状とすれば、上面を流れる空気流の流速が速くなり、こちら側の圧力が低くなって翼を上方に押し上げる(吸い上げる)力が発生する。
レースの世界ではクルマの接地を安定させることは絶対条件
飛行機にとっては、機体を浮かす力として必要不可欠な揚力だが、自動車にとっては逆の働きをすることになる。とくに車体前部で発生した場合、フロントが浮き上がって前輪の路面接地が危うくなり、ステアリングが効かなくなってしまう。市販車の場合は空力を意識した極端なボディ形状はないが、レーシングカーの場合は、歴史的にフロントのデザイン処理をウェッジ形(くさび形)とし、より空気抵抗が小さくなる形状を採用してきた。
しかし、空力対策が重視され始めた1960年代後半、空気抵抗を小さくする形状に発展するにつれ、フロントフロア下部に巻き込む空気流によってノーズリフトの発生が問題となってきた。超高速で走るレーシングカーにとって接地の安定化は絶対的な条件で、これがおぼつかなくなると、速く安定して走ることができなくなる。このフロント(ノーズ)のリフトを抑えるため、フロントスポイラー、ノーズスポイラー、ノーズフィンが考え出され装着されるようになった。その発端となる例がポルシェ906のノーズフィンである。

また、走行に伴うノーズ先端の角度(仰角)の変化でリフト量が大きく変化する場合があり、仰角変化によるリフト量の変化を抑えるため、ノーズをウェッジ形状からダル(鈍い)形状に変化させ、高速ハンドリングの安定化を試みた歴史がある。
ポルシェの空力対策車として知られるポルシェ917/20(ザルツブルグポルシェ、通称ピンクピッグ)で、従来型の形状では仰角1度の変化でダウンフォースに数10kgの違いが生じていたという。

現代の市販車両では、車両に発生するリフト(揚力)の問題は設計段階から織り込み済みで、コンピュータシミュレーションによって最適なボディ形状が採用されている。可能な限り空気抵抗を小さくし(Cd値の良化、前面投影面積の低減化)、かつ車体前後に発生するリフト量の適正バランスを得る傾向で設計されている。