水平対向エンジンは部品点数が多くコストが高くつく
SUBARUは、左右交互に配置されたピストンが水平に向かい合う形で作動する水平対向エンジンを50年以上にわたり採用し続けている。今では世界でスバルとポルシェしか採用していない、自動車用のエンジンとしては少数派の水平対向エンジンに、頑なまでにこだわり続ける理由は何なのだろうか。
水平対向エンジンには、向かい合ったピストンが振動を打ち消しあうことで得られる回転バランスの良さや、シリンダーを横に寝かすことで天地・前後方向を短く構成でき、低重心・コンパクト化がはかりやすいなど、直列やV型よりも物理的に有利とされる点が多い。
そのため回転がスムースで高回転域での振動が少なく、バランサーは不要。アクセルを踏み込んだときの回転フィールが心地よく感じられる。また、クルマの構成パーツのなかでもっとも重いエンジンの重心が低いことは、操縦性にも良い影響を与える。この要素はクルマのスポーツ性や運動性能の高さに直結するので、クルマ好き、運転好きのユーザーから強く支持されてきた。
しかし、物理的に優れる面が多い一方で、難点もまた多い。まず、シリンダーヘッドを2つ必要とするので、直列型と比べて部品点数が多くなりコストが高くつく。そのため、廉価なクルマに搭載すると利益を圧迫、またはエンジン以外のどこかのコストを落とさないと価格面での競争力が保てない。これはV型にも言える難点だ。
また、水平対向エンジンは天地・前後方向には短くできても横方向には長くなる構造なので、この特性がクルマ用のエンジンとしては大きな足かせとなる。ボディ寸法の制約がある車体に搭載すると、吸排気系統パーツなど補器類の配置が難しくなり、設計時の苦しさが増す。とくに車体の全幅が1700mm以下の5ナンバーサイズのボディに搭載する場合、エンジンルームの横方向に空間的余裕がないため、排気の取りまわしは非常に困難だ。EJ20型のターボでは、タービンはエンジンの右奧側に上げて配置する形となり、排気管は不等長とせざるを得ない時期が続いた。

横方向へ拡大させづらい特性により、ショートストローク/ビッグボア傾向にならざるを得ない点もさまざまな制約を伴う。ショートストローク/ビッグボアのエンジンは高回転まで回すことや高出力を出すには好都合だが、ビッグボアの燃焼室の広さや形状は、基本的に低燃費化が難しい。EJ20型エンジンがついに退役するのも、これから先の時代に求められるレベルの低燃費を実現する燃焼が難しくなったからだ。ショートストロークは低速トルクを出すにも不向きということからも、中低速トルクが厚く低燃費なエンジンとするのを難しくする要因となる。新世代のFA/FB型エンジンでは、コンロッドやピストン形状に工夫を凝らすことで比較的ロングストロークとなった。

苦労を伴ってでも全車に採用するのはエンジニアのこだわり!
水平対向エンジンの特性は、スポーツカーに搭載するには理想的ながら、低燃費な実用車には不向きとなる要素が多く、コストも高くなりがち。理論上は優れた要因が多い水平対向エンジンをSUBARU以外のメーカーが新しく採用しない理由は、まさにそこにある。ポルシェでも、リアルスポーツ性能を追求する911やボクスターでは水平対向を採用し続けているが、それ以外のモデルではV型を採用。前述した理由によるところが大きい。
SUBARUは前身企業が中島飛行機という航空機メーカーだったので、航空機用エンジン「栄」など、ピストンが向かい合う形で作動する星型エンジン作りの歴史があったことも水平対向エンジンにこだわる理由のひとつだ。航空機メーカー時代から続く100年以上の歴史は、大事なアイデンティティでもある。

そんなSUBARUも、初代インプレッサの開発構想段階では直列4気筒の搭載が検討され、テストでは好結果が得られた試作車まで作られたが、やはり最終的には水平対向エンジンが採用された。
SUBARUのエンジン設計部で主査を勤めた経験をもつ野村宅志氏は、「我々はクルマに『愉しさ』を追求するメーカーなので、クルマの心臓部であるエンジンには、燃費や出力などの性能に加えてドライバーが『楽しい!』『気持ちイイ!』と感じる要素が絶対に必要不可欠。もちろん移動のための道具として優秀であることは大前提ですが、我々が市場に求められているのはそれだけではないという事実は強く認識しています。そんな我々が理想のクルマを追求した結果、今もたどり着くのが水平対向エンジンなのです」と力強く、かつ自信に溢れる様子で語った。

SUBARUのエンジニアたちは、水平対向エンジンには弱点を補ってあまりある魅力を感じており、他社が諦めた問題点にあえて挑み、克服することにもやり甲斐を見出しているのだ。
さらに野村氏は、水平対向エンジンの開発で難しいことのひとつに、「実用車ではほかにやってるメーカーがない」という点も挙げた。参考にしたり比較対象にしたりする存在がほかにないため、問題点のすべては自分たちで探し、解決して行かなければならない。わずかでも立ち止まるとたちまちライバルたちに置いて行かれ、世のなかの時流に乗り遅れてしまう怖さがある。しかし野村氏は、そこにもやり甲斐や醍醐味を見出しているエンジニアがSUBARUには多いのだという。
「他社が歩かない道を行くからこそ、SUBARUは他に類を見ない独自性を保ち、世界の強豪を相手にしても生き残ることができたのだと思います。水平対向エンジンが抱える問題点を独自に解消していくことは、難しいと同時にエンジニアとしてたいへん面白い仕事でもあるのです」

SUBARUのファンは、水平対向エンジンそのものに魅力を感じるとともに、こうしたSUBARUのエンジニアたちの想いや志に惹かれてSUBARU車を選んでいる人も多い。