力・仕事・仕事率・エネルギーの理解が重要
専門家でもパワー(馬力)とトルクを正しく理解することはむずかしい。そこにはかなり専門的な物理学の知識が必要だからだ。最近のクルマの新車カタログを見ると、パワーのところにPS(馬力)とW(ワット)という2つの単位が書かれている。
しかもEVのモーターは馬力(PS)は使わずに、W(ワット)を使うし、ハイブリットの場合は、エンジンとモーターが合算される領域があるので、W(ワット)で統一したほうが、分かりやすいだろう。ここでは普段あまり聞き慣れない単位を分かりやすく説明することにしよう。
試乗記などのリポートでは自動車のエンジン(モーター)の性能を示す単位として、馬力(パワー)が一般的に使われているが、最近はトルクという言葉も見られるようになってきた。「このクルマ、パワーがあるな!」とか「このターボは低速のトルクが大きい」とか。リポーターは感覚的にパワーとトルクを使い分けているが、物理的には異なる単位なのだ。
たとえば「500馬力」と書かれると、凄いパワーだ! とイメージできるが、370kWと書かれても、イメージできない。日頃から「100馬力=74kW」という換算式を覚えておくといいだろう。
パワーとトルクの違いを理解するには、基本となる力・仕事・仕事率・エネルギーという専門的な言葉の意味をしっかりと理解することが必要だ。エンジンはガソリン(ディーゼルでは軽油)を空気と一緒に燃やして、その熱エネルギー(シリンダー内の圧力)でクランクシャフトを回して、動力を得る。エンジン式発電機ではエンジンの回転力でモーターを回し、電気を発電する。
まず、一般的に使われている力について考えてみよう。日常的にはモノを持ち上げたりするときの「力」はイメージしやすい、筋肉が力を発生するのだ。これを物理学的に定義すると、力(フォースであって、パワーではない)とは、モノの状態を変化させる原因であり、その大きさを表す物理量である。力はパワーではないということを理解してほしい。その力が連続してある重さのモノに加えられ、どのくらい移動したのかを考える時に仕事という概念が使われる。ちなみにトルクとは仕事のことを指すが、回転するエンジンの場合に限って、エンジンの仕事をトルクという。詳しくは後ほど。
パワーは「仕事率」を表す!
具体的には1kg(キログラム=質量)の重さが1m移動したときに仕事をしたといえる。どんなに筋肉を持っていても、ある重さのモノを持ち上げたりして初めて仕事をしたことになる。単純に1kgの質量を1m動かすのが仕事だが、その仕事は時間を決めていない。
ここまでをまとめると:力→仕事→仕事率。
この仕事率の単位「W(ワット)」は絶対に覚えておきたい。
それではW(ワット)と馬力(PS)の関係はどうなのか。馬力という言葉が生まれたのは、蒸気機関が考案され大昔のこと。蒸気機関の仕事を馬に換算してみると、一頭の馬の仕事率がだいたい740Wとなった。そこで100馬力のエンジンはWに換算すると
740W x 100馬力 =74000W=74KW
となる。台所にある電化製品は500Wから1500Wのものが多いことを考えると、いかにエンジンが大きな出力(パワー)を発揮するか理解できる。

ここまで仕事率について説明してきたが、仕事のなかでも、エンジンのようにクランクシャフトが回転する場合はあえてトルクと呼ぶ。
1kg x 1m = 1kg・m
しかし、1kgの重さは地球上のことで、同じオモリを月で持ち上げると6分の1になる。そこで地球の重力加速度(9.8m/s²)を考慮する必要があるから、1kg・mに重力を掛けると9.8となる。単位はN(ニュートン)となる。
つまり、1kgの重さを1m持ち上げるときの滑車の回転力「1kg・m」は地球上では「9.8Nm」となる。約10N(ニュートン)と理解しておくと、トルク20Kg・mのエンジンは約200Nmと理解できる。
クルマのカタログを見るときのポイントは、パワーは仕事率なので単位時間の仕事の効率(速さ)を意味し、トルクはクランクシャフトの回転する仕事だということだ。
最後にエネルギーについて説明しよう。これはズバリ、仕事をすることのできる能力のことを指す。エンジンの場合はガソリンが燃えるときのエネルギーであるが、これは化学的な燃焼という反応で生じるので、エネルギーはガソリンに内蔵されていると考えることができる。
順番に書くとこうなる。
エネルギー→力(フォース)→仕事(トルク)→仕事率(ワット)
R35型日産GT-Rを例に出すと、ガソリンは膨大なエネルギーを持っているし、それをターボエンジンで燃焼させると大きな力を発生する。で、実際に走ってみるとその仕事(トルク)の大きさに驚くが、単位時間の仕事の効率(パワー)が優れているので、筑波サーキットを1分以下で走り切ることができるのだ。