モーターは動き出す瞬間から最大トルクを発生する

新型コロナの影響で、自動車業界の将来的な方向性も大きく変化していきそうな状況だが、それでもEV(電気自動車)へシフトしていくのは既定路線と言えるだろう。



クルマ好きにとってガソリンエンジンのサウンドは大きな魅力であり、EVの静粛性は社会に融合できてもクルマ好きのマインドには響きそうにない。また3ペダルのMT(マニュアルトランスミッション)を操ることもドライビングの醍醐味であるとするなら、トランスミッションを持たない点もEVに魅力を感じさせないポイントとして上げられる。



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では何故EVにはトランスミッションを装備させないのだろうか。それはトランスミッションの役割を考えてみればわかる。トランスミッションはパワーユニットが発する動力を出力軸から伝達する動力伝達装置といえるが、変速機と言われるように歯車を組み合わせ、回転数を変速して速度や力の伝達量を調整するための機構なのだ。



ガソリンエンジンには最高出力や最大トルクといった出力特性があり、仕様によって特性が異なる。それを幅広い速度域や走行抵抗に応じて効率よく発進や加減速させ、速度を高め維持するためにトランスミッションが必要になる。ハイ/ローの2段変速の時代から進化し、現代では7速のMTも登場している。



「MT」の「EV」を作ったら面白すぎた! なぜいまの市販EVはトランスミッションを積まないのか



素早く発進し、急勾配もスムースに登る為にはトルクを引き出す高い減速比の歯車を組み、最高速を高めるためには低い減速比を組む。こうして燃費を高めたり最高速を向上させたり、加速性を良くしたりと走行スタイルを変化させ、ドライバーが自ら操作し操る楽しみを与えてくれているわけだ。



だが現在のEVは、アメリカのテスラにしても日産リーフにしても、このトランスミッションを装備していない。走行用のセレクターをDレンジにし、アクセルを踏めば誰でも簡単に走り出せ、駆動力も速度もモーターの回転数とアクセル開度だけで制御できる。難しさが一切なくビギナーにも優しい使い勝手の良さがトランスミッションの無いEVの美点になっているともいえる。



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それには電気モーターの特性が影響している。

広く知られているように電気モーターはゼロ回転からすぐに最大トルクが引き出せる。ガソリンエンジンであれば3~4000回転まで回転速度を上げ、負荷を加えないと得られないような大きなトルクが、すぐに引き出せるので発進用の高いギヤを必要としない。



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そしてそのままモーターの回転数を高めれば、最大トルクのまま車速も上がっていくので変速機が必要ないとされているのだ。一般道ユースを考えるなら国内の場合は市街地で60km/h、高速道路でも120km/hという速度制限があり、実用上それ以上の速度を引き出す必要がない。環境性能を高め、人や社会に優しいモビリティとしての観点からEVが注目されたことも理由になるだろう。



MTの電気自動車を実際に作ってみたら楽しかった!

平均的なEVとして日産リーフで見るとモーターの回転数9000回転で130km/hの巡航を可能としている。しかし、欧州の、とりわけ独・アウトバーンのような高速社会にも迎合されるには実用最高速度の向上は不可避と考えられ、200km/h巡航も可能とする超高回転型モーターの開発も始まっている。



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米・テスラ社のモデルSはモーターの最高回転数が16300回転まで高まり、リダクションギヤ(減速歯車)を組み込んで最高速度200km/hオーバーを可能としているのだ。またEVではないがホンダNSXの前輪駆動モーターも15000回転まで回せるように進化し、200km/hまで駆動力が得られるようになるなど高速化に対応し始めている。



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このようにメーカー各社はモーターを高回転化することで車速レンジを高めていっているのだが、それには極めて高度なモーター開発力が求められる。トランスミッションを増設することは、コストだけでなく重量やスペース効率も悪化するので、モーター自体の性能向上で対応しようとしているわけだ。



だが、じつはEVはトランスミッションを搭載しても成立する。

僕自身かつてトランスミッションを装備したEVを製作したことがある。1977年式の旧型VW(フォルクスワーゲン)ビートルをベースにエンジンを降ろし、そこにベルトコンベアなどに使われる工業用の低回転型モーターを搭載。クラッチを介してMTを連結し走らせてみたのだ。



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工業用モーターなので最高回転速度は3~4000回転程度。ゼロ回転から最大トルクが引き出せるのは電動モーターとして必然だが、幅広い車速レンジでスムースに走らせるには変速機が必要だった。ビートルは3ペダルの4速MT仕様。大トルクが引き出せるので平坦路では4速発進も可能だが、登り勾配では1速から丁寧にシフトアップして加速させるほうが効率がよい。



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そして4000回転で4速に入れると160km/hで走行できた。いわゆるコンバートEVだったのだが、オリジナルの空冷フラット4ガソリンエンジン搭載時には最高速度110km/hだったのがEV化で160km/hも出たので驚いた。この経験からモーターにコストかけるより安価な一定速のモーターにMTを組み合わせて走らせることも面白いと思ったものだ。



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環境、モビリティ社会、人に優しいなどの従来的な思考回路でなく、電費を気にせずドライビングを楽しむという視点を重視するならMTのEVも大いにありえる。大手自動車メーカーではなくても、コンバートEVを手がける技術があればポルシェ911のMT・EVもすぐにできるのだ。



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リッター2~3kmの極悪燃費だがハイパワーを発揮するマッスルカーを好む人がいるように、EVだってドライビングを楽しめるモデルがあってもいい。MTのEVが登場する理由はゼロではないのだ。

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